レジ袋有料化の怪(・・;)🛍

なんか変だな・・・

と思うことを

「怪シリーズ」と

タイトル付けして5回目。

今回は来年4月に施行予定の

「レジ袋有料化義務化」だ。

全てのスーパーやコンビニでもらえるレジ袋が対象。

「容器包装リサイクル法」の省令を改正し

主に海洋汚染が問題になっていることを受け

その対策のためにプラスチックの廃棄を減らそう

というのがその目的だ。

大局を見ながら

一人ひとりが問題に真っ向むき合い

身近なところからできることを

日常の中で変えていこう

と呼びかける。

なるほど

政府、市民が一丸となって環境問題に取り組んでいるな!

そんな印象はさわやか^^;。

スーパーやコンビニでの買い物という

最も日常的な消費場面で

スーパー側、客側が一体となって

環境負荷を考えて行動する空気感は自然に広がり

そうしないではいられない威圧感で攻めてくる。

随分前からあちこちのスーパーで有料化され

「レジ袋を持参しましょう」

という放送や

「レジ袋不要カード」が

レジ横の目立つところに引っ掛けてあったりします。

おしゃれなマイバッグがずらりと店の入り口付近に

陳列されている店も少なくありません。

ええ~、わざわざこれを買って買い物かあ。

消費者も今では当たり前のように

「レジ袋不要カード」をカゴに入れると、

スマートにマイバッグを取り出します。

「レジ袋削減にご協力ありがとうございます!」

とレジでは高らかにこやかにぺこり。

おお!みなさん、意識が高いですね!

とちょっと意地悪な私。

私などは最初から

レジ袋お願いします

とお願いするし、

うっかり言い忘れると

「袋は要りますか?」

と聞かれ、

はい、お願いします

とあえて胸を張ります。

これって反社会的?

そのうち白い目で見られるようになるかも。

これ、実は密かな抵抗なんです。

レジ袋有料化が数年前に始まった瞬間から思いました。

家庭ごみを入れるのにレジ袋は大活躍。

これぞリサイクル!

そのまま捨ててしまうなんて

穴が開いたりしない限りありえない。

ポイ捨てなんてもってのほか。

レジ袋、リユースしてますよ。

堂々ともらって(すでに3円払わされる店もあるが)帰ります。

わざわざゴミ袋を買う必要はほとんどありません。

究極のリサイクル、環境対策!

「スーパーさんのお買い物袋LL(幅30X高さ53cm、広げた時に中央にマチがあり15cmの厚みまで広げることができます)」

を買うと

35枚入りで100円。

一枚2,8円ということになる。

これは100円ショップで買った時の値段で

薬局などで買ったらもっと高い。

レジ袋をもらうのをやめたって

その代わりに

「ゴミ袋」として改めて

「スーパーさんのお買い物袋LL」

を買わなくてはならない。

これって全然!

資源の削減になってない!

しかも調べたところによると

廃プラの国内排出量は年間900万トン。

それに対しレジ袋は20~30万トン程度。

焼け石に水の感あり。

ペットボトルや食品容器などの対策に

意識を変えたほうがいいんじゃないの?

しかもしかも、

消費税は10%に上がって袋代2~3円取られちゃう(~_~;)。

(~_~;)(~_~;)(~_~;)(~_~;)(~_~;)

そもそもポイ捨てするから

環境汚染が起こるんじゃないの?

政府はポイ捨て対策を

そして企業は

消費者に負担させる前に

パッケージを環境に優しい素材に変えるなど

まずは取り組むべきなんではなかろうか。

「怪シリーズ」バックナンバー・・;)👇

✔️ 2019/1/28投稿〜 優先席の怪・・;)

✔️ 2019/2/12投稿〜駅ホームエレベーターの怪・・;)〜

✔️ 2019/2/25投稿〜ホームドアの怪・・;)

✔️ 2019/3/13投稿〜バリアフリーの怪・・;

 

ノーベル平和賞の行方🍀

世の中には数えきれないほどの課題が

ひしめいています。

環境問題

紛争

貧困

教育

差別

保健・医療

根っこにあるのは

経済至上主義

巨大企業によるグローバル化。

ここから環境変動が起き

様々な問題を引き起こしている

という論理がありますが

私も迷わず納得しているところ。

しかし

グローバリゼーションに

価値を置く時代から

ローカルな経済へ。

一人ひとりが希望を追求できる社会へ

変わり始めているような気がしています。

度を越した経済活動が

環境変動を起こし

様々な問題にまで波及していることに

たくさんの人たちが気づき始めたからです。

だから

国連加盟193か国が

2016年から2030年の15年間で

達成するために掲げた17の目標として

SDGsを採択したのだと思います。

その目標とは

貧困 人権

教育 衛生

格差 エネルギー

そして

気候変動までに及んでいて

その発端が

根っこでつながっていて

最終的な目標は

世界平和

という一つのゴールに向かっている

という趣旨であることは

大きな希望を与えてくれます。

目の前の問題をかたっぱなしから片付けようとしたら

イタチの追いかけっこ。

何が気候変動を引き起こしているか

行き着く先はどうなるかと危惧する

トゥーンベリさんの主張は

もっと大局を見ようよ、

自分たちの生きる地球を守り

持続可能な発展を実現していこうよ

と根本を見据えています。

まさにSDGsの趣旨に合致しています。

「大人たちは経済発展の名の下に

未来ある若者を裏切ってきた」

という彼女の主張は

手厳しくもあり

言い得て妙。

しかし

大国のリーダーたちは

彼女を見下し、

偏った考えの人たちは

誹謗中傷を繰り返し

世界中の若者たちのムーブメントを

潰そうとする。

だいの大人の方が大人気ない。

トゥーンベリさんは

ノーベル平和賞候補に

一旦は名が挙がったけれど

気候変動と紛争解決は

必ずしも結びつかない、

という理由で

除外されたと知りました。

SDGs の趣旨が

ストンと腑に落ちた直後

なんとも裏切られたような気持ちです。

ノーベル委員会が

巨大企業に忖度しているなどとは

決して考えたくないことですが。

子どもが変わる!家族が変わる!現場が変わる!

〜アートが引き出す子どもの内なる力〜

とでも副題をつけましょうか。

病室のベッドに横になる子どもに

生き生きとした表情が生まれるとき

それは何よりの家族の喜びです。

音楽の力、そしてファシリテーターとしてのアーティストの力を

強く感じるエピソードが愛知地区から届きました。

♫   🎶  ♩  🎶  ♪  🎶  ♬  🎶

音楽家のアーティスト2名

スーハーハーこと

箕浦恭代さんと千葉昌代さん。

プレイルームでの活動が終わり

各個室を訪問した時のこと。

大きな瞳を見開いて虚空を見つめている、

ピンク色の肌をした可愛らしい赤ちゃんのベッドサイドで。

「見えているのか分からないです」

「この子に音楽が分かるのかどうか・・・」

と付き添いのお祖父さんは、

いきなり現れたアーティストの受け入れに、

最初は消極的な様子でした。

「聞こえているのかも・・・とにかく反応がないので」

そこでアーティストは

赤ちゃんから少し離れたところで、

赤いシェーカーを振ってみました。

向かって右。そして左側。

すると眼では追わないものの、

かすかに「はっ!」と表情を変えたかに見えました。

確かに音に反応しているように見えたのです。

歌い始めると、

赤ちゃんはしきりに声をあげはじめました。

しかもちゃんと歌の音階にあわせて。

とても積極的に

声だけでなく、

腕を動かしたり、顔の表情を変えたり。

ふとお祖父さんを見ると

涙をしきりに拭っていました。

「この子のこんな様子を初めて見ました。

こんなに反応するなんて」

そこに居合わせた

チャイルドライフスペシャリストや

保育士さんらもみな

涙を落としていました。

さらにアーティストは、

その子が

「もっと歌って!私わかるから!私も歌えるから!」

と言ってくれているようにしか見えなかった

といいます。

「人の声のぬくもり」

「機械再生ではない、生の歌声」に

どれだけ力があるのか、

小さな命に教えてもらっていると。

♫   🎶  ♩  🎶  ♪  🎶  ♬  🎶

子どもの見える、聞こえるにさえにも

諦めと悲嘆を隠さなかったお祖父さん。

でも心の中では

誰がなんと言おうと

絶対に聞こえている、

見えている

と家族は確信しているのです。

私もそうです。

反応が感じられないなど

見た目で決めつけることはしたくない。

そもそも誰が決めることではないんです。

医療者に聞いたとしましょう。

「明るさぐらいはわかると思います」

「耳はわずかに聞こえているようです」

ぐらいの返答しか、経験上ありませんでした。

授業を組み立てるために

生徒の情報が欲しくて主治医を捕まえて聞くことは

しょっちゅうでしたが。

そして家族はといえば

とかく身内を低く見積もってしまいがち。

障がいが重いため

「見えているのかわかりません」

「聞こえていないと思う・・」

そんな一瞬のやりとりで

私たちが活動をストップしてしまったら

そこでおしまい。

たくさんの可能性を秘めているのが子ども。

そこを敬って大切にして

感性に触れるアートのシャワーを浴びせたいのです。

子どもの少しの変容も見逃さず

確かに参加しているのを感じとった時

家族はこどもの可能性に気づき

諦めや悲嘆など拭い去り

どんな状態だって子どもは成長することを確信するでしょう。

私たちもそこを信じて家族も巻き込んでいけたらと思っています。

わずかな反応しかないように見える子どもも

周りの働きかけ次第で変わります。

そしてそれを見た家族も変わります。

現場の保育士や医療スタッフも

目の前の子どもの変容から

これまで見ることのなかった内なる力に感動します。

そして

私たちアーティストとスタッフは

その場の空気の変化の中で

子どもたちから学びのプレゼントを

いただいています。

Smiling Hospital Japan Official Website

 ”ママは身長100cm”

友人の伊是名夏子さんが

本を出しました。

・・抱っこもできないママだけど・・

と副題がついています。

伊是名さんらしいユーモアに

ほっこりします。

伊是名さんは骨形成不全症で

電動車椅子ユーザーです。

右耳にも障がいがあり

しかし重複障がいをものともせず

バイタリティに溢れています。

2児のママとして子育て奮闘中です。

この本には

生い立ちや家族

障がいのこと

恋愛、性教育など

多岐にわたるエッセーが散りばめられています。

中でも一番印象に残り

そうだそうだと頷きながら読んだところ

そして

なるほど!

とインスピレーションをくれたテーマは

”子育て”と

”性教育”。

まず

子育ては

褒めて育てるのが良い、

とよく言われます。

一人でできると

「偉い!」

と褒められると

子どもも嬉しいでしょう。

私は以前

同じように「褒める」ことについて綴りました。

→2018/2/15投稿~褒めること、共感すること

褒めることには罠がある

と言ったような内容でした。

・・挨拶したり

・・お年寄りに席を譲ったり

褒められたいがために良いことをするようになってしまう。

まるでしてはいけないことを

なぜしてはいけないのかを考えさせる前に

「怒られるからやめなさい」

と制止するのと同じです。

考える習慣と主体性が育ちません。

伊是名さんはここで

一人でできると「偉い!」と褒めることの弊害を書いています。

一人でできることがいいこと

になると助け合うことができなくなってしまうと。

一人でできることを大切にするのではなく

一人でできなかったらどうやったらいいか考え

人と助け合うことの方が大事。

子供は手伝ってもらえるからこそ

自然に相手に手を貸すようになり

お手伝いが大好きになる、

といいます。

大人になっても

「一緒にやろう!」と人に寄り添うことができる人になるために

子供が望んだらできるかぎり手を貸す子育てをされています。

なるほど

伊是名さんの

並大抵の苦労ではない日々が培った

懐深さ、そして

愛情は人一倍です。

もう一つ我が意を得たり!

という内容がありました。

ズバリ!性教育。

→2018/11/1投稿~性教育って何?

→2019/2/21投稿~性教育って何?2

に思うところを綴っています。

日本の性教育には

行為についてにばかり目が行き

赤面しながら行うという幼稚さ

を常々感じていますが、

まず根底にあるのは

愛。

相手を愛すること。

そして

性教育=自分を大切にし相手を大切にすること

と述べました。

→2018/8/9投稿~小学校の科目に「からだ科」なんてどう?

そして伊是名さんは著書の中で

性教育=セックス

ではなく

性教育=自分を大切にすること

とはっきり書いています。

おお!

全く同じ意見

共感に心踊りました。

今日は

笹川保健財団による公開講座

を聴きに行きます。

講演は伊是名さんと

やはり友人の本間りえさん。

重度障害の人たちの暮らしに焦点を当て

より良い未来を切り開くため、

当事者、家族、支援者

がそれぞれ講演した後

パネルディスカッション

となります。

書籍販売コーナーにて

お手伝いを申し遣わされました。

”ママは身長100cm”

壮絶なはずの生い立ちが

爽やかに

愛情深く

そしてユーモアたっぷりに

書かれていてオススメです。

楽しみながら

当事者の生活や視点を知り

改めて

重度障害の方達の素晴らしさを

確認し

尊敬の気持ちが再燃しました。

コラムニスト伊是名夏子ブログ

SDGsと16歳の活動家が目指すもの

〜持続可能な地域の作り方

未来を育む「人と経済の生態系」のデザイン(筧裕介著 英治出版)〜

を読んで(分厚い本なのでまだ半分)

つかみにくかったSDGsについて

目から鱗の学びがありました

(完全理解までは程遠い^^;)。

SDGsとは

「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」

の略称。

SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、

国連加盟193か国が

2016年から2030年の15年間で

達成するために掲げた17の目標です。

17の目標とは

貧困 人権

教育 衛生

格差 エネルギー

そして

気候変動までに及んでいます。

クローズアップ現代の前キャスター

国谷裕子氏は尊敬する人の一人ですが

この本の中で

国谷さんがナイジェリアのチャド湖に起こった

地球温暖化による激変を通して

SDGsが最終的に目指すもの

についてわかりやすく説明しています。

〜 〜 〜 〜 〜

チャド湖は豊かな水をたたえる広大な湖でした。

しかし30年にも及ぶ温暖化によりその水が干上がり

まるで水たまりのようになってしまいました。

そしてその後の悲劇とは・・

フローにまとめてみました。

地球温暖化

異常気象

豊かだった湖の水位が下がる

自然の生態系が壊れる(自然破壊)

水不足(生活の質低下)

遠くから水を運ぶ作業に子どもが駆り出される(教育機会の喪失)

湖の恩恵を受け農業や漁業に従事していた多くの住民が失業(食糧難 失業 飢餓)

人々は土地を離れ都会へ(大都市に貧困層が増加)

街のスラム化(治安の悪化 衛生環境の劣化)

多くの若者がイスラム過激派組織の勧誘を受けテロ活動へ(平和への脅威)

〜 〜 〜 〜 〜

”気候変動”と”世界平和”

一見無関係な2つの問題には大きな因果関係があった!

地球上の様々な社会課題が根底でつながっていて

互いの影響や相互作業を考えながら

解決していかなくてはならない

というのがSDGsの本質だと国谷さんは言います。

ただし

17に分かれているテーマが相互作用することで

持続可能な発展と平和を!

とか

戦争のない地球を!

という文言は

残念ながら関連サイトを見ても

見当たりませんでしたが

当然のこととされているからだと

願います。

じじつ、

誰ひとり取り残さないことを目指し、

先進国と途上国が一丸となって達成すべき目標

と、国連サミットで世界のリーダーたちが

宣言していますから。

そして、とりもなおさず

国谷さんが解説しているように

一つひとつの解決は

”平和”に結びついているのですから。

最近テーマに綴っているスウェーデンの

グレタ・トゥーンベリさんが

気候変動を

テロ活動にまで結びつけていたかどうかはわかりませんが

少なくとも

気候変動がもたらす危機をいち早く察し

平和を、

と純粋に願っているのでしょう。

地球を救うのに残された時間は10年

→9/26投稿~FridaysForFuture 2

という見方もあるなか、

SDGs・・10年後の2030年までに達成するべき目標・・

と悠長なことを言っていていいのですか!

という

グレタさんの声が聞こえてきそうです。

子どもの素直な直感は

何にも勝る羅針盤なのかもしれません。