“小児病棟の白い壁を明るくポップに”!Before & After

クラウドファンディング達成につき実施した

子どもたちと叶えるプロジェクト

「病棟の白い壁をステッカーアートで明るくポップに!」

Before & Afterをレポートします。

色を選んで塗る楽しみ・・

自分だけのデザインを施す喜び、

仕上げにイニシャルを入れる達成感。

ステッカーに加工されるのを待つワクワク、

そしていよいよ自分のアートを病棟の壁に貼るドキドキ!

子どもたち、SHJスタッフ、アシスタントボランティア、病棟保育士さんやお医者さんも一緒に賑やかに、

“これはここ”

“それはもう少し上”

“これは少し右ね・・”

“それはもうちょっと左のほうがいい”

などとワイワイ言いながら貼っていきました。

仕上がるほどに患者さん家族も病棟スタッフも集まり歓声をあげました。

1 病棟の入り口扉は海中をイメージ

これは保育士さんによるアイデアです。

この病棟の入り口はガラス扉なので

外からも内側からも見ることができます。

ここに子どもたちやお母さんたち、

そして保育士さんたちが自由に塗りデザインした

たくさんの魚を貼ります。

開くたびにガラスが重なるから、海藻の間を魚が泳ぎ回るかのように見える仕組みです。

ここなら病棟の外からも見えるので、退院して外来の時に見に来ることもできます。

2 プレイルームの外廊下は愉快な街

色とりどりの不思議な建物の隙間に何か隠れている・・

この絵はアーティストが壁画にしたもの。

アートを鑑賞するだけでなく、

その作品に参加するワクワクが加わります。

3 無菌室へ向かう廊下の天井を明るく楽しく

病棟スタッフのたっての希望です。

小児がんで入院する子どもが少なくないこの病棟。

治療を受けながら病室で過ごし、骨髄移植が決まったら無菌室へ移動します。ストレッチャーに乗って無菌室へ運ばれる、そんなときに、目に入るのは白くて所々しみついたような天井だけでした。

あ、あそこに何か隠れている・・。

あ、ここに未確認飛行物体が!

貼るのは病棟スタッフにお任せしました。

4 無菌室外に大きな木!

子どもたちに最大限に寄り添う医長さんの強い希望です。

無菌室では、いつも以上に身体的自由を制限され長く孤独

に感じる時間です。そんな場所で辛い移植を頑張った

自分を讃える言葉や、これから移植を受ける子へのエールを

果物形ステッカーに書いて木に貼り足していきます。

5 大きな壁には太陽降り注ぐ草原の絵!

病棟が一気に明るくなりました。

そのほか、

術後ゆっくりじっくりと回復を待つための部屋には、

パステル調の色で優しい動物の絵をモチーフにしたステッカーを貼ります。

これら全て、SHJアーティストプロデュースによる

子どもたち、お母さん、

病棟スタッフのコラボレーション。

全国の病院に広げていきたいプロジェクトです。

12/26投稿「クラウドファンディング成功、ありがとうございます」

2/2投稿「病棟の白い壁をポップに変えようプロジェクト進行中!」

4/6投稿「小児病棟の壁を明るくポップに!貼るワークショップ」

Art by SHJ イラストレーターMari manabe

Smiling Hospital Japan Official Website

ティール組織-3-〜学校版〜

「ティール組織」

フレデリック・ラルー著 英治出版

を読み進めているうち

4/17投稿「ティール組織-1-

4/22投稿「ティール組織-2-

見つけました!

ティール(進化型)学校。

生徒、教師、保護者が自主運営する学校です。

通常、教育の運営は、

校長、副校長そして主幹教諭、主任教諭、教諭とトップダウン。

そして1名の教員に対し日本では上限を定めた人数の生徒*がひとまとまりになって

決まったカリキュラムに従って1年を過ごします。

「自主性」からは対極にあるイメージです。

ちなみに1学級編制基準は

小学校1年 35人

小学校 2~6年40人

中学校 40人

文部科学省サイト文部科学省「諸外国の教育統計」平成30(2018)年版より

しかしティール組織の中で

進化型学校として紹介されている

ドイツ ベルリンにある7年生~12年生の学校、ESBZは、

実に一人一人が主体的に活動している学校なのです。

老朽化したプレハブ校舎の学校を

理想の教育を主張していた保護者たちに任せたのだとか。

ほとんどの生徒が

他の学校の入学を断られた!か

退学になった問題児。

しかし数年で生徒数500に達したと言います。

モデルとして学ぼうと全国から校長、教師、教育専門家が数百人も訪問しているというから

先日「正解のない学校」として紹介した

世田谷区立桜丘中学校(→5/9投稿「正解のない学校」)

モデルとして後に続けという学校が日本にないという嘆きが

一層強いものになってしまいました。

理想の学校を作ろうとしていた保護者たちに強く望まれて

この改革に乗り出した教師マーグレット・ラスフェルト氏。

暴力やいじめなど学校で起こっている様々な問題について話したいという生徒たちに

ラスフェルト氏は求められても答えを言わず、

自分たち自身で考えるように促した結果、

これまで学校が全く引き出そうとしなかった子供達の力・・

勇気、忍耐、知性、回復力、思いやりに気づき

子供達の可能性と本来の姿に向き合うことが何よりすべきこととと悟ったといいます。

必ず行われる担任との毎週の個別面談により

自分を気遣ってくれる人がいる、私の話に耳を傾けてくれる人がいる

ということを生徒誰もが実感しているようです。

まさに

生徒を怒鳴ることでコントロールせず

「話を聞こう!」

と全教員に伝えて改革がかなった桜丘中の校長と同じ道を辿りました。

🔖学習の基本は

・自分の学習について全責任を持つ

・自分で学び互いに教え合う

・学習は一人でもいいしグループでも良い

・教師は助言者に徹する

・各教科が小さなテーマごとに区分される

🔖学校の運営は

・3つのクラスで1つのミニスクールを構成

・校長からの承認を得ずに決定できる

🔖保護者も自主運営

・PTAのようなおきまりの組織ではなく必要なこと、やりたいことのテーマで集まったチームが自主的な活動をする

この学校の理念は、

「子供は一人ひとりが個性的な存在で、誰もが他の人に貢献できる才能を持ち、

全員が人として価値があり評価され必要とされている」

というもの。

子供を一人の対等な人間として向き合う

それだけで

学校は変わるのです。

〜正解のない学校〜

「この学校には正解がないから

本当にこれでいいか自分で考えるようになった」

東京都世田谷区立桜丘中学校の生徒の言葉です。

校則もなく

出たくなければ授業に出なくてもいい。

そんな自由な学校づくりがこの国でできる

ということが意外だし嬉しくてたまらない。

職員室前の廊下には机が並び

パソコンで調べ物をしたり

動画を見たりしていい。

通りかかった校長先生に気軽に話しかけ、

「校長先生、〇〇って知ってる?」

そんな会話も飛び交う。

世田谷区桜丘中学校。

現在の校長が着任した9年前は教員の怒鳴り声が止まないほど

荒れていたという。

教員たちには

「生徒たちの声を聞こう」

「絶対に怒鳴らないで」

と伝えた。

学校を良くするためのヒントは子ども達からもらった。

制服は強制しない

スマホ持参OK

部活前に軽食をとっていい

など

全て実現しています。

5月5日付東京新聞「こどものあした」より一部引用

生徒に迎合している!

大人というだけで偉いと思っている人からは

そんな声が聞こえてきそうです。

事実、この学校の実践をうちでも!

と取り入れる学校が続くわけではないのが

いかにも不思議です。

子どもの権利条約は絵に描いた餅でしかないのかな。

少し逸れますが、障害者差別解消法も形骸化しているような気がします。

やはり人権意識そのものに問題があるように思います。

自分の意見を言っていい、

自分の意見を聞いて尊重してくれる

そんな大人の温かな眼差しがあってこそ

子どもがのびのびし、瞳が輝きます。

2019年総人口に占める15歳未満の子どもの割合が

12.1%。

もはや15歳未満はマイノリティ。

ますます守られ尊重されなくてはなりません。

少子化も進んでしまい、

子どもの意見が少数意見として葬られるような社会にならないように、

変えていかなくてはなりません。

桜丘中学校の例がモデルとなり

広がっていってほしいと切に思います。

決まった年数で教員が機械的に異動する制度を廃止すれば

学校を変える!

子どもたちがのびのび輝く学校を作る!

そんな気鋭ある教員は

学校づくりに生きがいを感じ

子どもとの関係性は向上するでしょう。

現に桜丘中学の校長は

今年で10年目。

試行錯誤を重ね

時間をかけて作り上げてきた結果なのです。

より良い教育現場を作り子どもの成長を

温かく見守るためには

まず大人が勉強し、意識改革しなくてはならないでしょう。

子どもたちの考えに耳を傾け

子どもたちに教えてもらいながら。

〜わたしの夢〜

東京新聞朝刊連載 ~わたしの夢~

に小学生が自分の将来の夢を投稿しています。

サッカーせんしゅ

やきゅうのせんしゅ

かんごしさん

お医者さん

は常連。

パティシエ

ペットやさん

お花やさん

など、

かわいいなあ、と頬を緩ませながら読んでいます。

やくざいしさん

べんごしさん

というのもあり、

お父さんやお母さんなど

モデルとなる憧れの大人が

身近にいるんだろうなあ、

と想像を膨らませて楽しんでいます。

数日前、こんな投稿を見てつい切り取り保存しました。

引用します。

「やりたい事がたくさん」 小学4年

ぼくは、大きくなったらやりたい事がたくさんあります。

たとえば、本にのっている事を実さいにためしたり、

自分が考えた事をみんなに、

教えたりしたいです。

今、大人になってからためしたいのは、

花火を作って打ち上げる事です。

楽しみなことがたくさんあるので、

いろんな事ができるようにがんばりたいです。

将来の夢は?

将来何になりたいの?

こんな質問を度々周りの大人からされ、

子どもたちは

いささかうんざりしているだろうなあ、

というのが常日頃思うこと。

そう言う自分も孫たちについ

「大きくなったら何になりたい?」

なんて聞いています。

そう聞かれて

具体的な答えを求められている・・

「何か言わなきゃ」

と暗に子どもにプレッシャーをかけてしまうもの。

困った当人、

「わからない」

「まだ決めてないよ」

と正直に言おうものなら

「えー、何もないノォ~」

と言う大人の残念そうな反応にもっと残念な顔をします。

表面的な答えに満足する大人に付き合ってられないな・・。

と。

小学生、いろんなことに出会い

ワクワクし、

自分を知り、

他人を知り、

広い世界を知るために学ぶ時期。

何になるか、ひらめいた子がいてもいい。

まだまだたくさん勉強してから決めよう!

という子ももっとたくさんいてもいい。

まさにこの少年は

「学ぶこと」を心から楽しんでいる最中なんですね。

好奇心の塊。

やりたいことがたくさん!

将来の夢なんて決めてしまうの勿体無いよ、とばかりに。

2018/4/26投稿「〜 なぜ勉強するのか〜」

のなかで、

青山学院大学社会情報学部教授佐伯胖氏著の

「共感 育ち合う保育の中でー」

を読んだ感想を綴っています。

~自然界の物事は、あなたによって「知られること」、そしてそれらをあなたによって他の人に「知られるように」してくれるのを待っている~本文より抜粋要約

「知られることを待っている何か」と共感する・・

教科書に書かれた膨大な情報も、自然界の事象も・・私たちが目を向けるのを待っている・・。

少年の投稿を読んで、

すぐに

佐伯胖氏のことばが浮かびました。

この少年は

「知られることを待っている」世界と親密に対話し

科学の探究をしているのでしょう。

そういう世界に、「共感」することで

「学ばないではいられない」衝動に駆り立てられている・・。

少年は学びの本質を、

ひらがなばかりの

短く

子どもらしい

端的な文章の中で

大人たちに教えてくれています。

きっと学校が楽しいんだろうなあ。

素敵な先生なんだろうなあ。

ときめきながら毎日学んでいるんだろうなあ。

そんな風に

作文に添えられた少年の顔写真を見ながら思います。

学習とは一方的なことではなく、知らないことと仲良くし、共同作業すること。

そんなふうに

生徒として教員として

学校に身を置くことができたら

学校はもっとワクワクと楽しく幸せの場所

子どもたちの瞳がキラキラ輝く場所

になる。

そういえば、

「わたしの夢」

に残念ながら、

かつては憧れのしょくぎょうだった

「学校の先生」

がほとんど登場しなくなりました。

少年の投稿にその答えがあるのかもしれません。

 〜しつけという名の暴力〜

相次ぐ児童虐待を受けて

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン

「子どもに対するあらゆる体罰を禁止するために」

という”質問集”を発行したと新聞で知りました。

これは、子供に対する体罰の影響や法規制の必要性を訴えるもの。

あえて作らなくてはならなかった背景には

児童虐待が絶えないことの裏に

しつけという名目だろうが暴力は絶対に悪である

という考えかた自体が思っているほど

当たり前にはなっていないということでしょうか。

「子どもを殴ることと愛情を込めて叩くことには大きな違いがある。体罰の禁止はやりすぎでは?」

という質問があったこと自体びっくりです。

どんな意味があって叩くかよりまず

叩く行為自体に問題がある

とは感じないのでしょうか。

叩くことで子どもの尊厳を傷つける

という意識には至らないのでしょうか。

「わがままで自制心が欠如した子どもになってしまうのでは」との質問もあり。

力づくでしつけようなどと

子どもを人間と思ってないのかと怒りがこみ上げます。

困ったら暴力で解決しましょうとしつけしているようなものです。

日本政府も児童虐待防止法や児童福祉法に体罰禁止を盛り込んだ法改正を進めています。

まさに昨日、親権者のしつけでも体罰を禁止する改正案が閣議決定されました。

まず児童虐待防止法とは・・

1989年に国連で「子どもの権利条約」が採択され、

日本も1994年(平成6)批准。

改めて2000年(平成12)5月に「児童虐待の防止等に関する法律」(児童虐待防止法、平成12年法律第82号)が制定されました。

新しい児童虐待防止法では、18歳未満の児童に対する虐待を

「身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(育児放棄など)、心理的虐待」

と定義し、関係者の発見・通報を義務づけました。

2004年には同法の改正により「児童虐待は著しい人権侵害」と明記され、

さらに児童福祉法の改正により

虐待防止に関する市町村の役割の明確化や対策地域協議会の設置など地域対策が取り入れられたほか、

2008年以降には児童虐待防止法・児童福祉法とあわせて、

児童の安全確保のための立入検査や養育支援事業などの推進が行われてきました。

さらに2011年には、虐待する親から子を守るため2年以内の親権停止を認める民法改正が行われ、

2012年4月から施行されました。

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)より

そして児童虐待防止法改正案は?

「しつけの際の体罰を禁じる」

保護者だけでなく、児童福祉施設の職員ら子供の養育に携わる人が対象です。

民法の「懲戒権」の扱いは施行後2年をめどに検討するとしています。

ここで、

民法の「親の子どもに対する懲戒権」とはなんでしょう。

調べてみました。

「親が子を戒めることを認めた民法」で

基本的親子関係について定める民法に規定されています。

社会問題化している子ども虐待を防止することを目的として民法の一部改正が行われたのが平成23年で、

平成24年4月に施行されているのが次です。

・第820条(監護及び教育の権利義務)

親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

・第822条(懲戒)

親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

改正されたのは

「子の利益のために」

「必要な範囲内で」

が加わったこと。

子の利益のためならば暴力は許されるのかという疑問以前に

暴力が子の利益になるという考えそのものに大きく首を傾げます。

暴力の使用を認める余地を残しているだけ。

親の支配的権力を容認しています。

たまたま、サイトをあちこちみていたら驚きの発見がありました。

民法は、懲戒方法を具体的に定めていません。

しかし、最も詳細な民法注釈書である新版注釈民法(25)は、その方法を次のように示しているのです。

「懲戒のためには、

しかる・なぐる・ひねる・しばる・押入れに入れる・蔵に入れる・禁食せしめる

など適宣の手段を用いてよいであろう(以下、省略)」

もはや言葉が出ません。

「懲戒権」の扱いは施行後2年をめどに検討とのこと。

やっと今回の改正で

「しつけの際の体罰を禁じる」

ことになりますが、

「しつけの際の」

という文言を入れることによって解釈を曖昧にしているように感じます。

親の支配的な機能、

大人が子どもを支配管理しようという意図が見え隠れし

上下関係を存続させようという大人の未熟さ、

依然否定できません。

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つい子どもに手を上げてしまったことがあります。

一度だけ。

これは今でも自分自身にとって汚点だし傷です。

娘にその頃のことを思い出して

「ごめんね」

と謝ったことがあります。

「そうだっけ?覚えてないよ」

子どもの思いやりにかえって

自分が情けなくなります。

体罰。。

される側の傷は計り知れないけれど、

する側にも傷が残ります。

いかなる理由があれども

力に頼ることは罪です。

「子どもの体罰を禁止」

当たり前に思っているはずのことを

法律で定めなくてはならない・・

人間の未熟さ、危うさを表しているように思えてなりません。