〜🌀マインドワンダリング〜

「だら~っとした時間」

日々忙しく働く大人にとって喉から手が出るほど欲しい時間。

英語でマインドワンダリング。

特に何かに集中するのではなく、何となくぼんやりと何かを考えている状態をいいます。

横文字に直すと違ったイメージ。ちょっとかっこいい響き。

途端に貴重な気がしてきます。

確かに、ワンダーとはなぜだろう?不思議だな・・、と思うこと。

そして思い悩むのではなく、ああかな、こうかな・・と思いを巡らすことでもあります。

これは確かに大切な活動です。脳にも身体にも。

遊びが仕事の子どもにとって、このだら~っとする時間、マインドワンダリングは必要でしょうか。

ええっ、子どもに必要ないでしょう。子どもは勉強したり遊んだりしながら成長する。時間を無駄にするなんて勿体無い。

という意見も聞こえてきそうです。

「何をダラダラしてるの!何か(意味あることを)やりなさい」

ゴロゴロしている子どもへの大人の決まり文句。

いかにもありがち・・!

しかし、つい周りの大人がかけてしまうこの言葉で、子どもを管理下に縛り付けておくとになります。主体性はどこかへ飛んでいきそうです。

「くだらないコトはやめなさい」(→10/23 投稿「一見くだらないこと」)

「宿題は?」

「ゴロゴロしてないで、やるべきコトがあるんじゃないの!?」

一見、だら~っとして見えても、結構頭の中ではいろんなアイデアや将来のこと、夢のこと・・・大人にはわからない宇宙が広がっているかもしれない。

ああかな、こうかな、と思いめぐらすことは、すなわち想像力を駆使して自分で考え、問題を解決する道のりでもあります。

いたずらに教科書に載っている知識を覚えるのにエネルギーを使うことこそ、もったいない。

この「だら~っ」はハンドルの遊びに似ていて、困難を乗り越えなければならない時の耐力になるともいいます。

自分を振り返ってみます。

無駄が多かったな、と思う人生折り返し!?地点。

確かに無為に過ごしていた時代を悔やむし、踏み出せずに無駄に過ごしたような時間、数え上げたらきりがないほどです。

だけど思えばそれらが今のライフワークにつながっているようで不思議です。

無駄に思えること、実はとっても大事な創造的活動だったりするんですね。

そして子どもにこそ、「だら~っとした時間」を保障してあげましょうよ。

学校では時間に追われ、集団に合わせ、ぼーっとできる時間はないのですから。

もしかしたら、一番成長できるチャンスなのかもしれません。

という自分も子育て中は子どもにいろんな経験をさせてやりたいと連れ回した口。

自戒の念を込めて、子どものダラダラにイライラしている子育て中のお母さん、お父さんにオススメします。

「だら〜っとさせてあげる時間」

一見くだらないこと・・

月に1度、週末に3人の孫を預かっている。

上から6歳、4歳、2歳。

週末に旦那が留守にすることが多く、一人でこのやんちゃ盛りモンスターの面倒を見ることになる。

助産師の娘が勤める大学病院では人手不足のため、子育て真っ最中の職員であっても休日に容赦なく駆り出すのだ。

せめて、一番下の子が小学校に上がるまでは近隣のクリニックでパートで看護師をしたらどうか、と勧めてはみるものの、娘には将来の展望があるようだ。それはそれで応援したいので出来る限り支えるつもり。だけど気持ちとは裏腹に、正直、年々歳を感じることは否めない。

さて、3人と遊ぶためにと、仕事をなるべく前倒しで行うが、やはり突発的な問い合わせは尽きない。こちらも容赦ない。

止むを得ずPCに向かう。

するとすかさず、

 ばあば遊ぼうよ

  ばあば、何してんの?

   ばあば、公園行きたい・・・

そんな叫びが飛び交う。

ちょっとだけ仕事させて~

と叫び返しているうち、彼らも諦めたように、どこからか折り紙やチラシやら仕事用にとってある裏紙やら厚紙を出し、ハサミで切ったりセロテープで貼ったりして、アートとも呼び難い作品?orはたまたゴミなのか・・判別できないものが足の踏み場もないくらいに散乱していく。

「一見くだらないことや意味のないことに没頭しているように見えるが

そんな時こそ、主体性や能動性を育んでいる」

という児童心理学者の話を読んだことがある。

「身の回りのものに自ら価値を見出し、夢中になって遊ぶ経験を通して、主体性や能動性を養っていく。論理的な思考が未熟で、直感やひらめきで行動する7~8歳頃までの時期が特に大切だ」

という。

一番上の子はまさにリミットに差し掛かる歳頃。今だ!

というわけで、一見ゴミのような作品も「彼らなりに価値を見出している」と自分自身に言い聞かせ、

わあ、この部分が面白いね、とか、

作るって楽しいよね、とか、言いながら冷や汗。

しかし、そこはおばあちゃん。

怪獣たちが帰った後の「残骸」が愛おしくて捨てることなどできない。

忙しくしててごめんね、とつぶやきながら、

一つ一つ”鑑賞”しては、宝箱へ。

そろそろ新しい宝箱を調達しなくては・・。

今週末もやってくる!

リュックにおやつをたくさん詰めて。

保育園に医療的ケア児クラス!

医療的ケア(以下医ケア)が必要な19歳以下は全国に約18000人いると言われます(厚生労働省2016年調べ)。

医療的ケア児とは・・・医学の進歩を背景として、NICU等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、 たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な障害児のこと(厚生労働省「医療的ケアが必要な障害児への 支援の充実に向けて 平成29年10月発行」より)。 

医ケアを要する未就学の子どもにとって、週に一度ほど通所できる施設はあっても、主な居場所は自宅で、活動範囲も極端に限られているのが現状です。

そんな中、画期的な取り組みを新聞記事で知りました。

2020年に開設する港区の保育園が医療的ケア児のための専用クラスも設けると。

医ケア児のクラスを設けるのは、公立の保育園では全国でもこの園が初めての取り組みと聞きます。

医ケア対応のために、点滴などのチューブをかけられるよう天井にレールが取り付けら、吸引器やその他医療機器用にコンセントが多く設置されます。

送迎用の駐車場を複数設けたり、福祉車両での送迎支援も行うとのこと。

特別支援学校のスクールバスにおけるシステムの問題点について話題にしたことがありました(→2017/9/15投稿「医療的ケア児にもっと目を向けて!」)。

しかし、今回のケースでは福祉車両での送迎が可能。

保護者または看護師が子どもの隣に乗れば体調が急変した時にすぐに対応できます。

これも少ない人数ならでは。定員の20名に達するまでには保護者も看護師も同乗できるスクールバスのシステムを作っていってほしいな、と思います。

保育園で成功例を作り、それが特別支援学校にも波及すれば、子どもの学習保障につながり、保護者の負担も減ります。

また、この保育園、

「集団生活が可能な医療的ケア児・障害児で、主治医の指示によって看護師が単独でケアできる子ども」

という基準があり、入所判定審査会で入園の可不可が決まるそうです。

グループ分け、というのはある程度仕方ないにしても、基準を段階的に設けてより個別対応のクラスを作り、多様な障がいに応えるようになったらいい。

せっかくの新しい取り組み、モデルケースとして同様の課題を抱える現場に画期的な変化をもたらすようになればいいなあ。

医療的ケアのある子に、集団生活が当たり前に送れるような保育園生活を!

やっぱり「からだ科」作ろうよ。

 精神障害のある人の家族で作る全国精神保健福祉会連合会の調査で、

「信頼して相談できる専門家は『いない』との答えが1/3に上っている」こと

が判明したといつだったか新聞で読みました。

この現象は、障がい以外の、何かしらの困難を持って生活する人や家族にとって、同じように感じる方にも実は多いのではないかと思っています。

支援を求めるのもすべて申告制の社会がゆえ、

手を差し伸べるべき側が待ちの姿勢に徹している。

それゆえ、家族が行政や支援者と呼ばれる人たちへの不信感と諦めを生んでいないか。

そんな風にとらえてしまいます。

差別的な視線がその感情を助長させているかもしれません。

行政の考え方が、努力を家庭に求める傾向が強くなり、

その結果、支援を求めて申請しても「窓口抑制」が起こる。

本人や家族に負担を強いるような仕組みでは、国が絵に描いている

共生社会には程遠いと言えます。

まして、最近綴った「インクルージブ社会」実現への壁はますます厚くなります(→10/5投稿「多様性とインクルージブ」)。

共生社会、支え合う社会、違いを認め合う社会・・理想社会の表現は様々。

しかし、人権意識が変わらない限り、文字通り絵に描いただけのまま。

8/9投稿「小学校の授業に『からだ科』なんてどう?

に書いたように、支え合う社会に向けて、義務教育段階から、からだや病気、障がいの正しい知識を学ぶ時間を作ったらどうだろうか、と常に思っています。

自分のからだを知り、心に向き合い、そしてお隣の人の気持ちになってみる。

学年が上がるに従い、社会で起こる格差や偏見に気づかせ、人権教育に結びつける。

女性差別がなぜなくならないのか、からだのことを知れば、大切にしなくてはならないことに気づくでしょう(→9/25投稿「人権感覚のグローバリゼーション」。

国が行ってきた様々な政策、たとえば優生保護法、ハンセン病隔離政策などにも発展させ、体験者の話を聞く会を設けるのも本物の教育と考えます。

さらに国外にも目を向け、人権に関わる事象について議論する機会を設けることにつなげたら素敵だな、と考えます。

欲を言えば、個人が、社会が、国がどうするべきかを考え、行動する日を作る。

そんな時代が来ることを願って止みません。

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まずは「からだ科」で自分を知る。周りに目を向ける。

それが偏見や差別の解消に結びつくに違いありません。

全寮制国際高等学校からインターンがやってくる!

長野県軽井沢町の全寮制国際高等学校

ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン

いよいよ来週、ここからインターンシップで高校生が5名、スマイリングホスピタルジャパンの活動のために上京します。

「プロジェクトウィーク」と題した課外活動は、1週間学校を離れ、チームで社会課題を見つけ、自分たちに何ができるかを考え行動するフィールドワークです。

ホームページを通して活動に賛同し、是非とも活動を体験しながら子どもたちの力に、そしてSHJの力になりたいとチームのリーダーから応募があったのがひと月前。

しかし、高校生がボランティアとして病棟に入ることはまずどの病院でも不可能なこと。

まして私たちの活動はプロによるアート。アシスタントとして単発もあり得ない。

しかししかし、

このカレッジの理念に惚れ込んだ私は、プロジェクトウィーク中に活動がある病院にダメ元でかけあいました。若者の熱意になんとしても応えたいと思ったからです。

その理念とは・・・

一度しかない人生。自分の個性を生かして思い切り生き、自分の立つ場所から世界を変える

生徒たちにはこう呼びかけます。

55カ国を超える地域から集う生徒たちと、あなたの考えや価値観を共有しよう。

そして、自らの立つ場所から世界を変えよう。

と。

病院ボランティアコーディネーターの理解と尽力により、感染症の抗体さえ確認できればこの学生たちが病棟に入るばかりか、子どもたちと活動して良いことになりました。

ちょうどこの日はパステルアートのワークショップです。制作の活動ではアーティストとアシスタントでは手が足りない場合が多いので、おいいに力になってくれそうです。

2時間を活動の手伝いに充てる、というだけではありません。メールでの熱心な相談を重ね、提案やアドバイスをするうち彼らが打ち出した取り組みは、

*活動当日の手伝い

*難病と闘う子どもたちの日常と課題についてレポート

*学校でのプレゼンでレポートを通した問題提起

*自分たちに何ができるかディスカッション

*SHJの活動を紹介

というプロジェクトウィークの流れが決まりました。

さらに、SHJでのボランティアと活動紹介を、来年の学年に引き継いでsustainableなものにしていきたい、と熱意を持って伝えてくれました。それも自分たちで宣伝をしてメンバーをリクルートするそう。

最後にはドネーションも頑張る!

と心強い言葉に、こちらも胸が熱くなりました。

ISAKジャパンのホームページより理念を抜粋します。

「教育を通じて、人々や国や文化を結び、平和と持続可能な未来に貢献するという世界的なムーブメントの一躍を担うことを誇りにしつつ、社会において新たな社会変革を起こせる人材を育成することを理念に掲げています」

どんな生徒が来るんだろうとワクワクしているうち、早速リーダーがチームの写真を送ってくれました。

5名のメンバーは出身の国もバラバラ。いろんな価値観や発想と問題意識に若者のパワーが加わってどんなプロジェクト結果になるのか、とても楽しみです。

ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン Official Website

Smiling Hospital Japan Official Website