〜苦悩の日々があって今がある〜 2

まだ「日にちぐすり」も効かない頃から、子どもたちは健気に頑張ってくれた。

何日か学校を休んだ後も、下校後毎日見舞いに来てくれた。

病院は歩いて5分のところにある国立病院。

子どもは救命センターに入れないから、メッセージテープをせっせと届けてくれていた。

カセットテープに録音する時代だったんだなあ。2人の子どもたちがママのために毎日語りかけてくれた、大切な宝物。

どんな思いで機械に向かって話していたんだろう、と思うと切なくなる。

これからのことについて父親とどんな話をしたのかも、知らないまま時は過ぎた。

家族は大変な毎日を過ごしていたはずなのに、私はといえば朦朧としたまま、影響の大きさに思いが及ばなかった、とあの頃の自分を俯瞰する。

ただぼんやりと何の輪郭も捉えられない時間が過ぎ、

まるで別の世界を彷徨っていたような、不思議な数日。

見えないところで、知らないところで、自分を想ってくれる人がいる、自分の分まで働いてくれる人がいる、そんな風にあの頃、思っただろうか。この私。

意識がはっきりした途端、

なぜ?

という一方的な思いばかりで、感謝とか、激変した家族の生活に思いを巡らすなんて、しただろうか。

そんな母親の不甲斐なさも含めて母親に起こった事件をバネに、あの頃を境に二人の子どもは強くたくましくなったようだった。

中学2年生だった娘。

「私ね、覚悟したんだよ、あの時」

ずいぶん経ってから聞いた。つらい思いをさせた。

私自身も事故を踏み台にし、自分を見つめ直す機会をもらい、自分の足で歩くことを選んだ。

それは子どもたちに支えてもらって、もう大丈夫って時になってからだけど。

〜苦悩の日々があって今がある〜 1

そろそろ文章にしてみても・・

あの頃があったから今があるんだもの。

そんな思いで、18年前を思い出しています。

これも年齢のせいかな・・。

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ぼんやりとした人の顔が覗き込む。

白いマスクが浮き立つ。

現れてはまた消え、足音か電子音か、何か無機質な音が耳に残る。

真っ白い天井にほの明るいラインが規則的に並ぶ。

話し声のようなものがときおり遠くで聞こえてほっとする。

こんな状態が3日間も続いたろうか。

2000年6月20日。

この日の記憶は午前6:20まで。

早朝の交通ニュースは、駒沢通りで起こった事故、それに伴う停電や渋滞を伝えていたという。

通学準備中の長女と長男の目に飛び込んできた悲惨な現場。

「見ちゃダメ!」

画面は消された。

事態を察した近所の奥さんが駆けつけてくれ、二人の世話をしてくれていたとしばらく経ってから聞いた。

病院からの連絡を受けて、両親、兄弟が救命救急センターの待合室に集められた。

担当医師の説明に泣き崩れた家族。

センターの奥の方で横たわる私は一回りもふた回りも小さく見えた、と後になって母が話してくれた。

「××さん、奇跡が起こった。肺からの出血が治まってきたよ!」

命を取り留めたことを、覗き込みながら息も荒く伝えてくれた担当救命医の満面の笑顔は、今もはっきりと脳裏に焼き付いている。

この後は少しずつだが順調に回復し、手術を受ける体制も整い、救命センター、ICUを経て整形外科へ移動することになった。

手術が終わりタイミングよく届いたのは、仕上げて提出していた文芸英訳の下訳が製本されたもの。

“Walk in the Woods”  Bill Bryson

ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験―北米アパラチア自然歩道を行くー  千名 紀=訳

やっと生きている実感がつかめたような瞬間だった。

喜びとともに、時間は何事もないかのように流れていくことを確認した。

無常でもあり無情でもある。

「日にちぐすり」とは言い得て妙。

〜ゆっくりでいいんだよ〜

最近は孫が来るとあやとりで盛り上がります。

見てみて・・これがほうき。

ばあば、できる?

う~ん難しそうだなあ。

もう一度ゆっくりやって見せて!

孫は得意になって、

この指とこの指に紐を通して・・

ここまできたらひっくり返すんだよ。

子どもは最近出来るようになったことを大人に見せるのが大好き。

教えて、なんて言われたら、それはそれは嬉しそうな顔をして優しく教えてくれます。

じゃ、今度はばあばが川を作るよ。

よーく見てて。

つい、子育て中に勉強したモンテッソーリ教育法を実践してみたくなります。

何かの方法を教えるときは、

「ゆっくり、して見せながら教える」のがモンテ流。

実際子育て中は1から10までガミガミ言っていた自分ですが、さすが孫となると焦ることもなく、

「まったりと縁側で日向ぼっこ」

のペースで遊べます。

「ゆっくり、黙って、して見せる」

○ゆっくり・・・ゆっくりなされる動作をじーっと見つめながら「動き方」を学んでいるその過程では、子どもの脳の中でいろんな力が育まれているのでしょう。

○黙って・・・視覚という1つの手段に集中し段取りを自分の中で整理しているかのようです。

○して見せてもらう・・・早く自分でやりたくてワクワクする!けど、我慢我慢。最後まで見ていよう。ちゃんとできるようになるために。・・・子どもの目はキラキラと輝いています。

口先で教えるより効果的なのは、子どもが落ち着いて自分の頭で整理できるからだと思います。説明を加えると途端にどちらも2倍忙しくなってイライラカッカとなります。

片付けなどさせるのに、どこの親も苦労しますが、さりげなく子どもの眼の前で丁寧にして見せ続けると、不思議なことに見た通りに実行するようになるといいます。

「人格の力」とは、「自分で考えて行動する力、計画する力、見通しを持って行動する力、段取りをする力、抑制する力」。

子どもは、黙って、ゆっくり、して見せてもらっている時、「人格の力」を培い、脳の一部である運動連合野というところで行動のプログラムを作り、自分で実行するに至る。

     相良敦子著「親子が輝くモンテッソーリのメッセージ」より

自分のペースで考えて手を使うことが、人格形成に大きく影響するということでしょう。

ばあばのあやとり”川”の作り方をじいっと見ていた孫。

最後まで見たら、「やらせて!」

一回失敗したけど、気を取り直して再挑戦。

できるようになった顔はなんて誇りに満ちているのでしょう。

まったりとした孫との時間は至福のひと時。

この春、小学校に入学する孫。

ちょっぴり速くなる時間の流れに流されず、またばあばにあやとりを教えて欲しいな。

そんなときは、君は君のペースで、ゆっくり、ゆっくりでいいんだよ。

⭐その他のおすすめモンテッソーリの本

「モンテッソーリ教育学入門」市丸成人著

「ママ、ひとりでするのを手伝ってね!」相良敦子著

「モンテッソーリ教育が見守る子どもの学び」 松浦公紀著

 

~せっかくこの体で生まれてきたから~

ある脳性まひを持つ中学2年生女子の作文~障がい者の人権について~を読む機会がありました。

歩くことは生涯無理と診断されつつも、本人の努力と両親の支えにより、4歳で歩けるようになり、幼稚園、小学校へと進み、今は地域の中学校に通っています。

その中に、

「私は障害者と健常者の境目の立場。

だから様々な人に障がいの事を伝えていかなくてはならないし広めてこそ私なんじゃないのかな。

せっかくこの体で生まれてきたから、少しでも自分に自信を持ちたい」

といった表現があります。

ふと浮かんだのは、

12/28投稿のブログ ~重複障害教育のこれから~で紹介した盲ろう者でありバリアフリー研究者、東京大学教授 福島智さんの高校生の時のスピーチです。

福島さんは、4歳の時に病気のために片目を摘出し、9歳で失明、14歳で片耳が失聴、17歳でもう片方の耳も聞こえなくなり、直後に完全に盲ろうになりました。

スピーチで、

「盲ろうになって失ったものは数知れずあるが、得たものも少なくない」

「これから大学に行くことの本質的な動機は、健常者の中で自分を見つめ直すことにある」

「障がい者でもできる、ではなくて障がい者だからできる、という存在であることを、自分自身に、社会に問いかけ続けたい」

と話しました。

障害者は障害者らしく・・などというとんでもない価値観に出会うことがあります。たまたま障がいなく生まれた健常(と呼ばれる)者のちっぽけな驕りしか感じません。

教育現場であっても、健常者を基準に、健常者に近づこう、障がいを克服しようとすることばかりに重点が置かれているような気がします。

そんな空虚な価値基準を、どこ吹く風とばかりに受け流す毅然とした姿。堂々とした若い二人の懐の深さと洞察力に清々しい思いがします。

思考と想像力を欠いた先入観で行動基準を決める未熟な社会、健常者と呼ばれる者たちが主導権を握る傲慢な世の中に、キラッと光る成熟さを感じさせてくれる彼らこそが、私たちの先生のような気がします。

「せっかくこの体で生まれてきたのだから」

この言葉には、周りへの感謝の気持ちとそれに応えて精一杯自分らしく命を輝かそう、使命を果たそうという思いが込められているように思います。

「だから私はこれからも、笑顔で前向きに、一歩一歩進んでいきたい」

と結んでいます。

なんと爽やかで潔くて気高いのでしょう。

この女の子が、これからも障がい者と呼ばれる人たちの奥深い人間性をどんどん広めていってくれることが楽しみです。

 「いじめの定義」

各紙面は、ここのところほぼ毎日のように、いじめについて伝えています。

なぜいじめは無くならないのだろう・・。

そもそも「いじめ」とは、

「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍してい る等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な 影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」

ーいじめ防止対策推進法の施行による平成25年度からの定義ー

               文部科学省ホームページより

3/16の新聞では、24%にあたる全国の公立小中高が法律の定義より狭く解釈していたことがわかった(総務省行政評価局調べ)と報じています。

「継続性」

「集団性」

「陰湿」

という法にない要素を加えることにより解釈を狭めています。

その理由は、

「すぐに解消した事例を含めると相当な数になる」

???

いじめの始まりを、

一過性の嫌がらせ、としてまともに取り合わない実態に、悔しさが込み上げます。

  集団性が認められなければいじめでない?

  継続性がなくてはいじめでない?

いじめの構造へ少しでも想像力を働かせれば、集団に発展する前は個別的なものであることは自明のことです。

自分の経験に照らし合わせると、やはり仲良しグループの中でのいじめが集団いじめに発展しました。

個別の密室的陰湿さが兆候であり、それを見逃さないのが現場の役目ではないでしょうか。

しかし現場を単純に避難するわけにはいかないのも事実。

生徒の実態を慮る想像力の問題ではなく、余裕がない。

教員が上からの大量の事務仕事をさせられるという「いじめ」を受けていれば、当然時間的、心理的余裕がなく、生徒に向き合う時間が十分に確保できない。

小学校教諭の33.5%、中学校教諭の57.7%が、過労死ラインに相当する週60時間以上の勤務をしていたという2016年の文部科学省による「教員勤務実態調査」の結果を見れば明らかです。

生徒一人ひとりに向き合い寄り添う教師の最も本来的な業務に集中できるような体制作りが先決でしょう。

例えば、

○1クラス25人以下・・教師が生徒一人一人に寄り添えるように

○副担任はクラスに1人・・教師が孤立し問題を一人で抱え込まないように

○教員個々の事務を担当する立場から生徒を支える教職事務制度・・教師が本業に力を注げるように

○部活は外部コーチの採用・・教師の過労を防ぐために

教師が心身ともに余裕を得て、いつも君たちを見ているよという包容力を示せば生徒たちも安心します。

眉間にシワではなく目尻にシワの、明るい笑顔の先生。

いいなあ。

困ったことを互いに相談できるような信頼関係を築き、いじめを早期発見し、適切な対処を一緒に考える、双方へ正面から心に寄り添う学校。

一人一人が違っていいんだ、違いから学び合おうという雰囲気作りができるような愛のある学校。

そんな現場を思い浮かべながら考えてみました。

国は「予算が・・」なんて言わないで! 

国づくりの根幹は教育ではないですか?