〜ポストコロナに向けて〜

長引くコロナ禍にあって

3月から全国で全面的に活動を休止しているなか

これまでを振り返りつつ団体のこれからを思う。

*****

2月末に感染拡大が懸念され活動はお休み、という病院からの連絡。

3月ひと月おやすみして4月には再開できるだろう。

と思っていたら

3月25日に東京都で

感染拡大の重大局面だと発表された。

当然4月の活動再開は夢に終わった。

4月7日に出された緊急事態宣言が10日ほどで全国に拡大。

5月25日には解除されたが

しかし6月に入ると東京アラート。

これもよくわからないうちに11日に解除。

学校も徐々に分散登校となった6月中旬。

7月からは学校も毎日だ!

ということで

在宅訪問学習支援の活動は

子どもと支援員との距離が密になりやすいが

普段訪問しているヘルパーさんや

訪問看護師の動き方を参考にしながら

互いの体調次第で

そして3密を避け

マスク、フェイスシールドはもちろん

教具の消毒、マメな手洗い

やりとりの方法までも最新の注意を払って

少しずつ開始することに決めた。

病院、施設での芸術活動については

地域によっては7月から活動できるかも!

という期待が持てるようになった頃に

東京、神奈川での定期活動日にスタンバイできるアーティストを

募集したところ

たちまち全ての日程が埋まった。

再開が決定したわけではないので

7月もお休みになる可能性は大きいけれど

という条件付きで募ったものだが

さすがに熱心なアーティストたちはその日のうちに

予定を入れてくれた。

それに合わせるように

少しずつ落ち着いてきたな、と再開への感触を感じ始めた頃

感染者数はまた50人前後を行き来するように。

当然病院からは7月もお休みにという連絡あり。

急ぎ、アーティストにお詫びと活動なし、のメールを。

子どもたちのために早く来て欲しいのに・・・

という病院からのコメントは励みになったものの

専門家の読みは流石に鋭い。

停止の継続が決まった次の瞬間

100人超えの爆発的な感染拡大。

これでは8月も無理か・・。

いや年内は諦めた方が良いのではないかというスタッフも。

もともと出されていた

第2波第3波は確実にやってくる、

という専門家の見解に常に緊張を強いられつつも

ニューノーマルというフレーズで

with コロナ

コロナと共存していく新しい日常にシフトしよう。

という流れになっている。

感染の落ち着きと拡大を繰り返す中で

不安と恐怖に振り回されることなく

個々のフィールドで判断して

少しずつ社会活動を始めていく必要性は

誰もが感じていることだろう。

しかし、

果たして

芸術活動を行う場所は

感染に対して最もデリケートな場所だ。

「病院、施設の子どもに参加型アートを」

という活動をどのようなかたちでてスタートさせられるか

これこそ創造力と想像力を駆使しなくてはならない。

創造力と想像力の達人であるアーティストたちの

アイデアと行動力に助けられながら4ヶ月、

制作キットのプレゼントや

動画配信などの代替活動を行ってきたが

はて、

この状態が長く続くことを想定に

もっと別の視点で変革が必要なのかもしれない、

という思いが少しずつ頭の中を占領し始めた。

しかし団体のミッションにぶれずに活動しようと思うと

なかなか難しいのが正直なところだ。

ポストコロナ・・・

状況の変化に合わせた変革を模索しつつも

等身大のNPOでいたいと思う。

ぶれずにいたいから。

結局堂々巡りだが、

今まで大事にしてきた

子どもが主体的に活動するための参加型アート

にこだわりながら何ができるか・・。

再び

アイデアの宝庫であるアーティストに助けられながら

模索は続く。

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「新出生前診断」と「旧優生保護法」再び🤱

「新出生前診断」と「旧優生保護法」。

これは同じ命の選別に関わる人権問題として同時に議論されるべき

テーマだと常々思っている。

「出生前診断」とは

胎児の遺伝子に異常があるかどうか出生前に診断を行うこと。

陽性の場合、

「生まれてくる子どものことを知る」

「その後の生活への心構えを持つ」

のが目的だが

実際は産む産まないの決断を妊婦に迫ることになる。

「旧優生保護法」とは

知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に

本人の同意がなくても不妊手術を認めた法律(1948~1996)。

この2つのテーマが同じテーブルに載せられることのないまま

続けて別件で紙面にて取り上げられたことが何度かあり、

何か意図があるのかな、と勘ぐってしまう。

*****

先週のブログで、

新出生前診断が広がりつつあるという新聞記事を見つけ

その存在自体に反対だ、という意見を綴った。

→2020/6/26投稿〜新出生前診断 そもそも必要?

それは外でもない

命の選別につながる、というのが理由だ。

そしてその後すぐに

~強制不妊『医学会謝罪を』~

旧優生保護法 報告書で提言

という記事(6/25付東京新聞)を見つけた。

この記事によれば

「医学・医療関係者が旧法の制定に関与し、運用に携わり、

人権思想浸透後も法律の問題性を放置してきたこと」

への深い反省と被害者らへの謝罪を

日本医学会連合による旧法検証のための検討会の報告書で提言している、

という内容。

同様の法律により不妊手術が行われたスウェーデンやドイツでは、

国が被害者に正式に謝罪・補償を済ませているのに比べれば

遅すぎる対応への反省も欲しいところ。

いっぽう、

一昨年の2月にも、

~「出生前診断」と「旧優生保護法への批判」の矛盾~

というテーマで綴っているが

これも同じように

2つのテーマが続けて取り上げられていたため

その対比として矛盾点を書き記したものだ。

→2018/2/8投稿~「出生前診断」と「旧優生保護法への批判」の矛盾

ここでは

旧優生保護法が非人道的措置であることは明らかで

批判の的になっているにも関わらず

ほぼ同時に新出生前診断について取り上げられた記事では、

差別意識が根底にある安易な命の選別につながるという批判がありながらも

この検査を受けやすくしようとする動きに

矛盾を感じたのだ。

*****

さて

先週のブログで

この診断の必要性に疑問を持つ立場から

新出生前診断が実施できる施設を増やすことになった社会の動き

へのさらなる批判を綴ったが、

その直後に見つけたのが

旧優生保護法のもと

障害者らに強制不妊手術が繰り返し行われたことへの

日本医学会連合による謝罪というわけだ。

この2つの事象に

強い矛盾を感じているわけだが

だからこその対応への議論は

実は専門家の間で存在しているのでは、と思っている。

現に

今回の強制不妊手術に対する謝罪に続き、

将来への提言の中で

「出生前診断やゲノム編集など遺伝子治療の分野で

非倫理的な方向へ進まないために多方面からの検討が必要」

とある。惜しいところまできた。

「旧法と同様の事案が発生しないよう、

学会横断的な医学的・医療的判断を検討する組織の発足が望まれる」

とも。

全くその通りだと思うが、

命の選別につながる新出生前診断のさらなる普及を目指す流れ

との整合性は依然取れていないと言えないだろうか。

望むだけではだめ。

もう一歩進めて、

医学各分野横断的な倫理フィールドとして最重要とするべきで

命そのものに関わる人権問題として同じテーブルに乗せ

議論されるべきテーマだと繰り返し言いたい。

それが実現すれば

新出生前診断の必要性への疑問も明らかになってくるのではないだろうか。

*****

改めて私なりの新出生前診断が不要な理由は

命の選別につながることに加え

妊婦に寄り添っていそうで

実は出産を楽しみにするはずの妊婦に

多大なストレスと不安を植えつけているから、

ということも繰り返し訴えたい。

差別や分断を無意識に芽生えさせる要素にも

大いになりうる行為だという憂慮も忘れずに添えたい。

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新出生前診断 そもそも必要?👶

命の選別につながるという議論が絶えない

新出生前診断。

先日新聞で

新出生前診断実施施設拡大に向け

小児科医との連携を強める内容を盛り込むことで

一歩前進したと報道があった。

出生前診断とは・・・

広義の意味では

妊娠の有無を調べることから

胎児の位置や環境、生育状況と健康度を診るためのもの。

そのうち

昨今議論を賑わせているのが

胎児の遺伝子検査。

胎児の遺伝子に異常があるかどうか出生前に診断を行うもの。

日本では2013年に臨床研究として導入された。

日本産婦人科学会が

実施できる施設を増やす指針を打ち立てたが

日本小児科学会と日本人類遺伝学会が反対し

当面見送られることになっていた。

→2019/7/3投稿~新出生前診断 拡大見送りに安堵

しかし今回、

両学会の同意を得た、という。

高齢出産の増加という背景を踏まえ

適切な形で検査をと、

研修を受けた産婦人科医がいれば

小規模な施設でも実施可能にするという新指針のもと

開業医を含め、全国で70ヶ所ほど

認定施設が増える可能性がある。

この検査が

母体や胎児を守るため、という目的であれば

その必要性は十分にある。

異常が認められた場合母体や胎児に危険が及ぶため、

周産期を慎重に臨みましょう、

というのならば。

しかしそうではない。

胎児の染色体異常をみるためのもの。

異常が認められた場合、

「生まれてくる子どものことを知る」

「その後の生活への心構えを持つ」

のが目的とうたいながら

実際は産む産まないの決断を妊婦に迫ることになる。

*****

まず検査ありきで全てが進められていることに

釈然としないのは私だけか。

検査の必要性自体に大きな疑問がある。

より良い説明、より良いカウンセリング体制を

そして

カウンセリングで結果を伝え

その後の判断を支援するというが

判断を支援・・・って

同じひとつの命に優劣があること前提だ。

また、

この検査の存在が妊婦を苦しめることにもなる。

妊娠を告げられ無上の喜びに浸る間も無く

検査を受けるべきか

受けるのをやめようか

という選択を突きつけられ

深く悩む人が多いという。

また、

染色体異常の我が子を育てる上での

心構えを持たされるということは

覚悟させられ

情報の海に投げ出され

産むことへの重大な決断を迫られ・・

その結果、

産むか産まないか迷う。

産まない選択をしたがゆえに自分を責め続けることもあるだろう。

次の妊娠はどうする?

といった苦悩も。

何れにしても

子を産み育てることへ

高いハードルを作ることになる。

*****

子育ては知識でするものではない。

生まれてきた子どもを育て育てられるのが育児。

「我が子との出会いをただ楽しみにする」

それが出産じゃないのか。

検査の存在がそれを阻んでいるように思う。

陰性という結果に安堵し喜ぶ・・

というのもなぜか残念。

そこに

障害があるないの暗黙の分断が見えるからだ。

妊娠という素晴らしい経験を通して

命をテーマに分断、選別、差別

そういった意識が

当事者や家族に無意識に植え付けられそうで、とても怖い。

*****

新出生前診断は

人間のおごりとしか思えない。

何より命の軽視だ。

女性蔑視にも見える。

自分で判断、または周りから勧められて検査を受け

いざ陽性判定により産まないことを選択した場合

命を選別したと自分を責めるかもしれない。

そして周りから責められるとしたらそれは当事者の女性だ。

社会は女性にこれほど大きな決断と重荷を背負わせている

ということを認識すべきである。

*****

院内学級にいた頃

そして現在の病院での活動において

染色体異常の子どもとの出会いは多い。

素晴らしい絵を描く人。

書家になった人。

ダンスのとびきり上手な若者。

緻密な作業を根気よくやり通す人。

彼らの素晴らしさをまず知って欲しい。

周りを育て

周りから大切に育てられ

才能を伸ばす人は多い。

頭から

選択の対象になどしないでと叫びたい。

ー 関連の投稿 ー

2018/2/8投稿「出生前診断」と「旧優生保護法への批判」の矛盾

2018/3/7投稿 ~新出生前診断、一般診療に!?

2019/7/3投稿~新出生前診断 拡大見送りに安堵

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移動制限解除とともにやってくるモンスターたち!🦕🦖🦕

移動制限が続き

孫たちの大騒ぎといたずらが

少々恋しくなってきたこの頃です。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

事務所としても使っている自宅の片隅は

孫たちが来ると

仕事関係のものは別室に一時引越しさせ

彼らの遊び場と化します。

4歳 6歳 8歳の彼らは

L字型に配置されたデスクがお気に入り。

そこにちんまりと居場所を決めて

それぞれ絵を描いたり

折り紙をしたり

ハサミでちょきちょきしたりするのが大好きで

まるで仕事に集中しているかのごとく

好きなことに夢中になります。

そんな中

やんちゃな彼らは

ばあばの仕事場にいろんないたずらを仕掛けてくれます。

ばあばは、といえば

嵐が去ってから

やれやれとホッとする間も無く

仕掛けを見つけることになります。

「孫は来てよし帰ってよし」

私にとっての「帰ってよし」は

3人を相手に体力が限界に達したあと

無事に娘の家に届けた時の安堵、

それからモンスターからの解放感、

それに加えて

彼らのユーモアの置き土産を見つける瞬間です。

仕掛けたことを明かさずに帰ってしまうところ

これもさすが、彼らのユーモアのセンスだなあと、感じます。

(忘れてしまうだけか・・・)

仕事に疲れて手を休めたときに見つけるいたずらは

何よりの元気回復の源。

彼らが思う数倍の効果です。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

娘は周産期医療センターに努める助産師。

末っ子を保育園に送り

多少の残業をして再度保育園に迎えにと大忙し。

その間長男長女は連れ立って

近所の友達と待ち合わせして登下校。

学童も一緒に・・。

娘は人手不足のため公休を取ることもままならず

毎月必ず1~2回は休日のシフトがあり週末預かっています。

しかし

新型コロナウイルス感染予防のため

他県への移動が制限されていたので

ここ4ヶ月近く孫たちは隣の県から都内のばあばんち

に来ることができず

学童から帰ってほどなくして電話をかけてきては

今度いつ来れる~?

ばあばこっち来てよ~

などとひとしきりおしゃべりするにとどまっていました。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

娘にとって

普段の忙しさに追い打ちをかけるコロナ禍

行き来できず預かることもできない中

ただ手を拱いているのみの

無力なじいじとばあば。

しかし心配には及ばず

なんとかしているようで・・・。

兄妹喧嘩しながらも

それなりに自分のことは自分でできるようになった彼らを見て

親が忙しい方がかえって

子どもは自立心がついて自律に繋がるのかな

と思うことで心配な気持ちを打ち消しています。

あっぱれ!

このモンスターズにしてこの親あり!

いや、この親にしてこのモンスターズあり・・・?

明日、いよいよ移動が解除になるので

7月からまた週末は(少なくとも)月一回

スリー モンスターズ!! 襲来です。

体力をつけてお待ちしております。

せっせと育てた野菜を孫と収穫するのがおばあちゃんの楽しみ!

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

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「言葉」がかわいそうだよ2

最近、

言葉の使い方に違和感を覚える時があります。

「自粛」「ボランティア」

を例に挙げて、そのもやもやを綴ったのが

ついこの間の12日。

本来の意味と違った趣旨で使われているなぁという

印象を書きました。

そして14日

東京新聞朝刊の「新聞を読んで」というコラムに

法政大学教授の上西充子さんが

同じような言葉の使い方への違和感を述べていました。

まことにおこがましいのですが

再び

我が意を得たり!

と嬉しくなりました。

上西さんが取り上げたのは

紙面の記事でよく出会う

「反発」

という言葉。

結論から先に言えば

「抗議」

「反対」

「反論」

で良いところをあえて「反発」と書くその意図やスタンスが

透けて見えてしまう、と言うのです。

なるほど。

例えば

「世論は反発」

「親の意見に反発」

「生徒が先生に反発」

は言うけれど

「検察OBが反発」

「親は子どもに反発」

「先生が生徒に反発」

とは言わないですね。

反発とは

株で言えば下落している相場が一転して上昇すること。

その言葉には

下から上への動きのニュアンスがあります。

上西さんは

「反対」「抗議」ではなく

「反発」を使うことで

上から見下すような意味あいが出てしまうと言うのです。

しかし

わかりやすい表現として深い意味もなく

悪気もなく広く使われているこの言葉。

記者も無意識に使ってしまっているのだろうと思います。

もちろん、どのメディアも独自のポリシーに則った記事を書く。

しかし、こと、言葉の使い方に限って言えば

ある種の意図的な文脈が見え隠れするような表現は

世論を捉え形成するメディアの立場として

あってはならないと考えます。

読者の知性への信頼が根底にあれば

このような表現は避けるはずだと思うのです。

まさか

検察OBは偉くて国民は下の階層・・・

なんて記者も新聞社も思ってないでしょう。

世論形成する立場として

読者を敬い、責任のある表現を

注意深く選んでほしいな、と思います。

私も

上西さんの主張を読んで

なるほど、

「自粛」

「ボランティア」

同様、

何か本来の意味とは別の意味があり

そのB面の存在に気づかないで

無意識に読んでしまっていることは

往往にしてあることに改めて気づきました。

少なくとも信頼して選んでいる媒体に

知らないうちに意識操作されてしまっているかもしれないなどとは

思いたくもないことです。

「言葉」に人格があれば

「抗議」

するだろうな。

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