ソーシャルデイスタンスはいらない!

「ソーシャルディスタンス」

という言葉が流行語のように闊歩しています。

新型コロナウイルス感染拡大を防止するための3密のひとつ、

人と人との物理的な距離を保って、

濃厚接触を避けようという呼びかけに使われます。

隣にいる人と2メートルも距離を置くなんて

社会のいろんな場面を浮かべると

難しいことが多々あります。

電車内ではほぼ不可能。

道で誰かとすれ違う時は互いの距離を意識して

端と端に寄りどことなく視線までもそらしたりして。

物理的な距離より、まさに社会的な人間と人間との距離を

あえて作らなくてはならないようで嫌な気持ちになります。

狭い通りでの傘かしげなど

かつての公共マナー江戸しぐさ⁉︎は偽りの伝統である 

などという議論も

このご時世ではさらに遥か遠くへ。

さらに、例えばスーパーでレジ待ちのとき

2メートル間隔に線が引かれてあり

そのさきで買い物中の人がいたりして

誰が最後なのかもわかりにくく

「並んでますか?」

「ここ、列の最後ですか?」

などとディスタンスを保ちながら聞く羽目に。

大きな声出しちゃいけないのにね。

おまけに

列の長さが陳列棚を塞ぐような感じになっていたり

そうかと思うと肉や野菜のコーナーでは

ディスタンスなんてとんでもない。

結構皆さん、くっついて品物を選んでいます。

なんとなく矛盾を感じながらも

まあまあ、そこはできる限り、ディスタンス、ディスタンス。

品定めなどせずに

ささっと商品を手にとることが大事。

あ、あっちの方が良かった!

と思うも

時すでに遅しということありませんか。

一度手に取ったものは戻しちゃいけないので

そうなると、遠くから見定める時間はある程度必要。

遠くがよく見える私にとっては特に不自由はありません。

近視の方や老眼はまだよ、という方にとっては

それは大変だろうと思います。

ちなみにこの「ソーシャルディスタンス」

国によって実際の距離にばらつきがあるようです。

例えば

フランス、イタリアは1メートル。

ハグするのが挨拶となっている愛の国では頷けます。

ドイツやホンジュラスでは1.5メートル、

そして

アメリカは1.8メートルだそう。

さらにもっと警戒レベルが高いのが

スイス、スペイン、韓国、日本で

その距離2メートルとなっています。

情熱の国スペインは爆発的な拡大を経ての

泣く泣くの対策でしょうか。

ところで本題

ソーシャルディスタンスはいらない!

と反抗的なことを主張するのには訳があります。

それはその意味にあります。

ソーシャルって物理的な距離じゃなくて

人と人との関係性のこと。

このソーシャルディスタンスは

まさに人と人との心の距離までも遠ざけようと言っているようなものだなあと

釈然としないままかれこれ半年も過ぎました。

あんまり当たり前に使われるようになったので

心の内をカミングアウトしたくなったのです。

本来の意味を

あまり気にせず

使われる言葉って結構ありますよね。

かねてから疑問に思っていた

「時に乱暴またはいい加減とも言える言葉の使い方」

がコロナ禍という緊急な事態においてなされ、

合言葉のようになっているのが

感染同様に怖いな、という印象を持ちます。

一つの価値観に安易に流れていく全体主義につながるようで・・・。

そこで遅ればせながらこの”social distance”

の意味をテーマに書こうと思った次第。

“social”

というのは「社会的な」という意味。

社会的というのは

物理的とはある意味、正反対ですね。

社会性とか反社会的などと表現する時

それは距離ではなく人との関係性や

対人間という観点からの生活の場といった意味で使われるように思います。

ですから

“social distance”とは

人を固体という物質としての距離の意味ではないのです。

実はこの言葉

「特定の個人やグループを排除する」

という社会学用語だということが判明

しました。(dictionary.com)

そして

身体的なという意味の

”physical”

を使わないのであれば

“social distancing”

を使えばOKだと知りました。

“social distancing”とは、

公衆衛生戦略を表す用語で、

疾病の感染拡大を防ぐため、

意図的に人と人との物理的距離を保つこと

となります。(dictionary.com)

しかし

身体的、物理的距離を保つという意味で使うのでしたら

やはり

”physical distance”

フィジカル・ディスタンス

とするべきことは

世界保健機関(WHO)によって推奨されているようです!!!

このことを知って

納得、そして

なんか変だぞ!

という気持ちが落ち着きました。

なんか変だぞ、おかしいな、

と思ったら

個人的見解を裏付けるために

調べてちゃんと自分を納得させること

大事ですね。

ソーシャルディスタンスじゃなくて

フィジカルディスタンスですよ。

あー、スッキリした!

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学校再開・・学習の遅れは横に置いて 🎒

緊急事態宣言が全国的に解除され、

各自治体では感染制御を念頭に

分散登校や時差通学、短縮授業などにより

段階的に学校を再開した。

首都圏1都3県と北海道も25日に解除され

自治体によっては

6月1日の登校再開に向けて

家庭の学習状況や健康状態の確認および

学校生活の心構えについて指導するため、

5月中に登校日を設定したり

家庭訪問を実施するところもあるようだ。

学校内での感染防止の対策として

教壇などへのアクリル板設置、

3密を避けるために床の一定間隔にテープを貼ったりなど

教員たちが様々な準備をしている場面がニュースで伝えられてた。

いざ登校が始まったらと

生徒たちの学校生活をシミュレーションをしてみたことがあったが、

→2020/5/4投稿~闘いから共存へ

教員たちはどんなnew normalを余儀なくされるだろうか。

サーモグラフィーや非接触式体温計での体温測定、

登下校や給食配膳など3密になりやすい場面での見張り(?)、

部活の運営面の配慮等々、

想像してみれば業務は大幅に増え

それに伴う緊張感や安全への配慮に

かなりの神経を使うだろうことは自明のこと。

~集団生活を通して社会の営みを学び自分を知り生き方を模索する~

といった本来の学校の役割が果たせなくならないよう

また

いじめなどへの対応も疎かになってしまわないよう

学校のマンパワーを一定数増やす必要がある。

養護教員も2~3名体制が望まれる。

そもそも

子どもは動き回りながら学んでいくことを考えると

完璧な衛生管理、感染予防は不可能。

グループ分けにより再開した小学校の生徒曰く

「学校に行っても班が決まっているから遊べなかった」

「仲良しの友達に会えなかった」

ニュース番組のインタビューに答えていたものだ。

たとえ行動や体制を大きく制限しても

その弊害の方がはるかに大きい。

教員の側は「感染のリスク」がいつも頭から離れず

緊張とストレスは計り知れないと想像する。

新型コロナウイルス・・・

WHOは

子どもが感染しても重篤になることはまれ、

熱や咳の症状が出ていなければ学校に通わせよう

と推奨している。

3密を完全に避けることはかなり難しいこと

必要不可欠な感染に対する教育をすること

が前提での学校再開のはず。

大切にすべきは

学習の遅れはひとまず横に置くこと。

子どもも教員も保護者もゆとりを持って

楽しく学校生活が送れるようにすることが

最優先と考える。

教員同士の感染は・・?

とまた不安がよぎるが

子どものようにじゃれたりくっついたりはしないだろう。

まずは再開に向かってリセット。

もう思考停止と言わせない。

わからないことだらけの新型ウイルスだからこそ

この3ヶ月に起こったことを材料に

想像力を駆使して

踏み出していこう。

〜闘いから共存へ〜

撲滅の対象ではなく

いかに共存していくかに転換を迫られつつある新型コロナウイルス。

まるで世界の色が変わってしまうような

人々の暮らし方や価値観までも大きく塗り替わってしまうような印象を持ちます。

「共存しながらの子どもたちの学校生活」

これが出来上がるまでにはかなりの試行錯誤が必要で

時間もかかるし生徒も教員も精神的な負担は回避できないだろう、

と想像します。

インフルエンザとは違って

子ども同士で移ってしまうという感染力は小さいにしても

とにかく新型ウイルスとともに生きるあり方

を意識して生活するという転換を迫られるのですから。

まず登校を再開するなら

大人がきちんとしたビジョンを持つべきだと強く思います。

でないと、やみくもに

3密を避けなさい!

と不安や恐怖を煽ってしまいそうです。

せっかく再開した集団生活が意味のないものになってしまいます。

そんな様子を想像してみました。

決して起こってほしくないことです。

👦 👧 👦 👧 👦 👧

友達に会えた嬉しさできゃっきゃはしゃぎながら

団子になり戯れる女子。

男子もやっぱり嬉しくて肩を組んだりベタベタしちゃう。

そんな様子は普段なら微笑ましいけれど

ソーシャルディスタンシングが世界の常識となった今、

よそよそしい距離感での友達付き合いが主流に。

そう、3密第一。

理科の実験は?

家庭科の実習は?

給食の配膳は?

→接触は避けなければ、と白いマスクで無言の共同作業。

英語の音読は?

→唾や息がかからないように距離を保って。

音楽の合唱は?

→大きな声で歌ってはいけません???

運動会は?

音楽祭は?

文化祭は?

→人が集まる機会はなるべく作るべきでないので全て中止。

部活は?

→接触が多いから回数を減らすか部によっては廃止。

休み時間は?

→一人ひとり読書したり、校庭を散歩したり。。

 トイレは一人で行って2メールの間隔をあけて並んでね。

・・・・・

しかしわかっていても

くっついちゃうのが友達。

先生たちは3密防止に躍起になり

生徒指導という名の下に監視強化!

業務が増えてさらに残業が増える・・。

子どもたちはのびのびできずに

一人ひとりが精神的にストレスを抱えながら生活。

こんな状態が慣れてしまえば

殺伐とした風景しか想像できません。

👎  👎 👎 👎 👎  

この辺でやめておきましょう。

様相がガラリと変わる学校の風景を

勝手に想像しておいてですが

子どもたちにとってこれほど恐ろしいことはありません。

3密禁止を条件に登校再開、

なんてこと、絶対にないことを願います。

想像しただけで全く現実的ではないし

そもそも学校の機能が果たせない。

しかし、色々な場面を想定し

シミュレーションをしつつ

しっかりとビジョンと方向性を持って

学校再開しないと

上に書いたようなことは十分起こりうることです。

前回書いたように

20歳未満の未成年感染者数は全体のたった3.8%。

重症化したのはわずか2人で死亡者は0。

という専門家による調査結果を見れば

子どもは同世代間や大人への感染拡大にはほぼ関わっていないし、

重症化もまれだとわかります。

それなら、今まで通り仲間との触れ合いの中で

学び合いや助け合いを通して成長していく

という学校の役割を続けましょう。

🤙 🤙 🤙 🤙 🤙

2月下旬、政府がいきなり3月の休校を決めてしまったときは

子どもの学習や遊び、居場所が奪われるからやめて!と

ブログで綴りました。

→3/4 登校〜突然の臨時休校要請

手洗い、うがい、換気を徹底すればいいのではないか?と。

専門家による調査で

子どもたちに外出自粛や休校を強いる科学的根拠はないとわかった今、

学校再開するのであれば

「密」3つではなく

「手洗い」「うがい」「換気」

の3つを徹底する指導を!

と再び叫びたい。