〜道徳の教科化について考えた〜

9月8日付の東京新聞社説

検証「安部政治」

テーマは「教育改革」。

2つの検証のうち

1つは教育再生という名の下に

道徳を教科にしたこと。

確かいじめ対策が第一の目的だった。

軍国主義教育の反省から

「こころ」を評価する教科はNGのはずだったと

記事にあることからちょっと調べてみた。

2011年に起こった

凄惨ないじめに対する現場の対応の悪さのために

中学生が自殺してしまった事件をきっかけに

学校と教育委員会は信用できないということになり

道徳の教科化に繋がったという。

ここからは私の意見。

学びに教材は不可欠だが

教材は必ずしも

前もって作られた教科書である必要はない。

道徳がその最たるものではないだろうか。

心を育むためには

日々の生活の中で

人権意識に関わるもの

また人間関係での悩みや

友達とのこと・・・

おかしいんじゃない?

って思うこと。

そんな実感をテーマにみんなで話し合ったらどうだろう。

ナマの体験に基づくあれこれって

きっとみんなの興味をそそる。

あるある!って盛り上がる。

聞いて、聞いてと対話が弾む。

自ずと人の話をじっくり聞き

自分の意見を述べる

という根本的な学習にもつなげられるんじゃないかな。

いろんな意見が出て聴き合って

人の気持ちを知る。

いろんな考え方に出会う。

共感性を養う。

これぞ生きた授業!

「こころ」に大きく関わるテーマを

教科にして数値ではないにしても評価することは

通知表に何らかの「こころ」についての評価を記されるということ。

評価される立場としては

自分の本当の気持ちに蓋をして教科書が求める回答を

してしまわないだろうか。

純粋な子どもたちは

正直に語らず評価を気にして模範解答をする自分に

嫌気がさしたりしないだろうか。

そうさせる学校に不信感を抱かないだろうか。

正直に生きてはいけないことを教えるような道徳の時間。

百害あって一利無し。

そんな時間ならない方がいい。

*****

道徳の教科書の内容は、物語中心。

先人が遺したストーリーには

示唆の富んだ素晴らしい作品が多く

時間が経って読み直してみて

自分の人生経験に照らしてみると新たな発見や

共感がある。

その意味で、

NHK「100分de名著」は大好きな番組だ。

いっぽう、こういう意見もある。

物語を読むその前に、

たとえば

「なぜ人を殺してはいけないのか」

「なぜ人をいじめてはいけないのか」

さらに

「なぜ法律を守らなければいけないのか」など、

人として守らなければならないルール

をまずは教えなければならないはずだと。

しかし、その前のその前に

「こころ」って?

自分が幸せな時って?

嬉しい時って?

悲しい時って?

・・・・・

ナマの「こころ」について語る時

かっこいい言葉より

喜怒哀楽を表すことばや

オノマトペでもいい。

気持ちを表現することから入ってもいいんじゃないかと思う。

そうなると必ずと言っていいほど

相手が登場し

つまるところ

人間関係が話題となる。

そこで

現実に起こったいじめの事件を教材に取り上げるでもいいし

最近気になったことを子どもたちが出してみるのもいいだろう。

教育再生のための道徳教科化・・・。

子供達の大きな悩み、いじめ問題を利用するかのような強引さ。

何か一つの思想に引っ張られていくようで怖い。

多様性を謳いつつ

またか、と思う。

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