移動制限解除とともにやってくるモンスターたち!🦕🦖🦕

移動制限が続き

孫たちの大騒ぎといたずらが

少々恋しくなってきたこの頃です。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

事務所としても使っている自宅の片隅は

孫たちが来ると

仕事関係のものは別室に一時引越しさせ

彼らの遊び場と化します。

4歳 6歳 8歳の彼らは

L字型に配置されたデスクがお気に入り。

そこにちんまりと居場所を決めて

それぞれ絵を描いたり

折り紙をしたり

ハサミでちょきちょきしたりするのが大好きで

まるで仕事に集中しているかのごとく

好きなことに夢中になります。

そんな中

やんちゃな彼らは

ばあばの仕事場にいろんないたずらを仕掛けてくれます。

ばあばは、といえば

嵐が去ってから

やれやれとホッとする間も無く

仕掛けを見つけることになります。

「孫は来てよし帰ってよし」

私にとっての「帰ってよし」は

3人を相手に体力が限界に達したあと

無事に娘の家に届けた時の安堵、

それからモンスターからの解放感、

それに加えて

彼らのユーモアの置き土産を見つける瞬間です。

仕掛けたことを明かさずに帰ってしまうところ

これもさすが、彼らのユーモアのセンスだなあと、感じます。

(忘れてしまうだけか・・・)

仕事に疲れて手を休めたときに見つけるいたずらは

何よりの元気回復の源。

彼らが思う数倍の効果です。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

娘は周産期医療センターに努める助産師。

末っ子を保育園に送り

多少の残業をして再度保育園に迎えにと大忙し。

その間長男長女は連れ立って

近所の友達と待ち合わせして登下校。

学童も一緒に・・。

娘は人手不足のため公休を取ることもままならず

毎月必ず1~2回は休日のシフトがあり週末預かっています。

しかし

新型コロナウイルス感染予防のため

他県への移動が制限されていたので

ここ4ヶ月近く孫たちは隣の県から都内のばあばんち

に来ることができず

学童から帰ってほどなくして電話をかけてきては

今度いつ来れる~?

ばあばこっち来てよ~

などとひとしきりおしゃべりするにとどまっていました。

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

娘にとって

普段の忙しさに追い打ちをかけるコロナ禍

行き来できず預かることもできない中

ただ手を拱いているのみの

無力なじいじとばあば。

しかし心配には及ばず

なんとかしているようで・・・。

兄妹喧嘩しながらも

それなりに自分のことは自分でできるようになった彼らを見て

親が忙しい方がかえって

子どもは自立心がついて自律に繋がるのかな

と思うことで心配な気持ちを打ち消しています。

あっぱれ!

このモンスターズにしてこの親あり!

いや、この親にしてこのモンスターズあり・・・?

明日、いよいよ移動が解除になるので

7月からまた週末は(少なくとも)月一回

スリー モンスターズ!! 襲来です。

体力をつけてお待ちしております。

せっせと育てた野菜を孫と収穫するのがおばあちゃんの楽しみ!

🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕 🦕🦖🦕

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「言葉」がかわいそうだよ2

最近、

言葉の使い方に違和感を覚える時があります。

「自粛」「ボランティア」

を例に挙げて、そのもやもやを綴ったのが

ついこの間の12日。

本来の意味と違った趣旨で使われているなぁという

印象を書きました。

そして14日

東京新聞朝刊の「新聞を読んで」というコラムに

法政大学教授の上西充子さんが

同じような言葉の使い方への違和感を述べていました。

まことにおこがましいのですが

再び

我が意を得たり!

と嬉しくなりました。

上西さんが取り上げたのは

紙面の記事でよく出会う

「反発」

という言葉。

結論から先に言えば

「抗議」

「反対」

「反論」

で良いところをあえて「反発」と書くその意図やスタンスが

透けて見えてしまう、と言うのです。

なるほど。

例えば

「世論は反発」

「親の意見に反発」

「生徒が先生に反発」

は言うけれど

「検察OBが反発」

「親は子どもに反発」

「先生が生徒に反発」

とは言わないですね。

反発とは

株で言えば下落している相場が一転して上昇すること。

その言葉には

下から上への動きのニュアンスがあります。

上西さんは

「反対」「抗議」ではなく

「反発」を使うことで

上から見下すような意味あいが出てしまうと言うのです。

しかし

わかりやすい表現として深い意味もなく

悪気もなく広く使われているこの言葉。

記者も無意識に使ってしまっているのだろうと思います。

もちろん、どのメディアも独自のポリシーに則った記事を書く。

しかし、こと、言葉の使い方に限って言えば

ある種の意図的な文脈が見え隠れするような表現は

世論を捉え形成するメディアの立場として

あってはならないと考えます。

読者の知性への信頼が根底にあれば

このような表現は避けるはずだと思うのです。

まさか

検察OBは偉くて国民は下の階層・・・

なんて記者も新聞社も思ってないでしょう。

世論形成する立場として

読者を敬い、責任のある表現を

注意深く選んでほしいな、と思います。

私も

上西さんの主張を読んで

なるほど、

「自粛」

「ボランティア」

同様、

何か本来の意味とは別の意味があり

そのB面の存在に気づかないで

無意識に読んでしまっていることは

往往にしてあることに改めて気づきました。

少なくとも信頼して選んでいる媒体に

知らないうちに意識操作されてしまっているかもしれないなどとは

思いたくもないことです。

「言葉」に人格があれば

「抗議」

するだろうな。

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🏥病院を守れ!広がる受診控え🏥

いくら緊急事態宣言が解除になっても

院内感染予防が常に最重要課題である病院は

目下、一番デリケートな最前線の現場。

人々の動きが少しずつ戻り始めた今も

私たちSHJの活動場所である医療現場で

再び子どもたちと参加型芸術活動を行えるようになるのは

まだまだ先なのか、と途方に暮れることしばしば。

🎨 🎶 🃏 🎨 🎶 🃏 🎨 🎶 🃏

現在、医療現場が

コロナ禍の影響で患者の受診控えが顕著になり、

経営が大変厳しいと報道されています。

少し前の休日

体調を崩しお世話になった

休日診療を行う中野区の診療所の事務長さんが

緊急事態宣言解除後も患者数が元に戻らないことで

赤字となり診療科自体を縮小しなければ病院経営を維持できない

と危ぶむコメントを

6月14日付東京新聞朝刊に載せていました。

かかりつけ医や近所のクリニックがお休みの時に

扉を開けて

「さあ、どうしましたか?」

と患者を受け入れ

温かく診療してくれる病院の存在は

大きな安心につながるものです。

このまま、維持できず閉院などになれば

健康への拠り所を失い、大変不安な毎日になると危惧します。

陽性患者受け入れ要請に応えた医療機関に保障もセットで!

という訴えが広がるなか

陽性患者を入院させた医療機関へは

診療報酬の上乗せは細々と(⁉︎)されているようです。

しかし、

休日診療でお世話になったこの診療所は入院施設がないため

診療報酬上乗せも対象外。

そんななか、

発熱している外来患者の感染を疑い

指定医療機関につなげ

陽性が判明したケースもあるといいます。

さらに

患者を直接受け入れていなくても

医療者は常に感染のリスクを抱えています。

このような事態は

全国の病院で広がり

患者の受診控えや不急の入院の延期などのために

収益が大幅に落ち込んでいるとは連日報道されています。

確かに、私自身も

歯科と皮膚科にかかっていましたが

少し安定してきたこともあり

ここ4ヶ月は1度も通院していません。

本当ならばきちんと診てもらいたい。

しかし、怖いというのが正直なところ。

このような状況の中で

余計な患者を増やしては・・

という遠慮もあったりします。

こうやって自分自身の心のうちを俯瞰してみると

やはり同じように感じて病院から足が遠のいている人は少なくないと

容易に想像することができます。

だから、

私たちの健康と命に直結する医療現場を

”ただ応援する”

というのではなく

国や自治体がしっかりとした保障や助成を

急いで行うことは待った無しだと

誰もが願うことだと思います。

このまま経営不全に陥ってしまうことで病院が減ってしまったら

新型コロナウイルス感染含め、

全ての人の健康と命が危機にさらされることに。

大変多くの病院が経営に苦しんでいて

このままでは病棟の廃止などを迫られ

地域医療が維持できなくなるかもしれません。

子どもたちにとって

辛い治療を頑張るための力に結びつく

SHJのアート活動の再開を願いながらも

患者の命を守るために日夜身を削っている医療者、医療機関が

患者さんたちの治療に専念できる体力を回復してもらうためにも

どうか、必要なところに私たちの税金が届いてほしいと

切に願う毎日です。

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〜「言葉」がかわいそうだよ〜

最近、

言葉の使い方に違和感を覚える時があります。

本来の意味と違った趣旨で使われているなぁと思うことが。

解剖学者で「バカの壁」の著者、養老孟司さんが

昨日の東京新聞コラムで、

「本来は自分で決める『自粛』。

しかし強制される空気が漂う。

集団の中で思考力が弱まってる現状に危機感を感じる」

と書いていました。

つまり『自粛』の本来の意味は

強制されるものではなく

自ら行う行為であるはずだ、と。

我が意を得たり!

先日、

「自粛と自己責任」

というタイトルで綴った内容に

お墨付きをいただいたような気持ちになりました。

→2020/4/10投稿~自粛と自己責任

理屈っぽいなぁ、と思われるかもしれないけれど

言葉って生きていると思うのです。

言葉の使い方が世相を反映する、

というのは大げさかもしれないけれど。

それでも言いたい。

自粛の自はself

自粛を英語にするとself discipline。

つまり自主的に行いや態度を慎むこと。

「自粛要請」

とか

「自粛しなさい」

とか、「自粛を求める」って矛盾してませんか。

そもそもの意味を取り違えていて

使い方に違和感を感じます。

なんか変だなと。

さらに

言葉の使い方について疑問を持ったことがもう一つあります。

『ボランティア』という言葉。

オリパラ教育において

ボランティアマインドを育てるために

公立中学校と高校に

ボランティアが定数割り当てられ

実質半強制的なボランティア参加が求められている(いた)

ことについて

やはり

なんか違う、と。

オリパラ教育→オリンピック・パラリンピック教育の通称でオリンピックの理念〔オリンピズム〕、パラリンピックの理念について学ぶとともに、オリンピック・パラリンピックの価値を体験的に教えていこうとする教育的活動のこと(日体大サイトより)

このことについては

2019/12/18付ブログ~強制的ボランティア?

で綴っています。

こちらもボランティアの意味を履き違えているのでは?と。

ボランティアは

ボランタリーに(自らすすんで)行う

という意味。

「ボランティア活動に参加しませんか?」

は通じるけど

「ボランティアをしなさい」

は通じない。

*****

「自粛」

「ボランティア」

いずれも自ら進んで自由意志で行うもの。

それを当たり前のように強制したり要請したりする。

後者の意味で使う場合、

相手に行動力や

主体性が備わっていないことが前提のように思えます。

つまり、愛がない

相手への敬いがない、と感じます。

そんなつもりはありません!

と言われるかもしれない。

”嘘からでたまこと”

という表現がありますが

当たり前のように繰り返し使われると

慣れてしまい、

それこそ

言ってる側も

言われている側も

当たり前に使ってしまうから恐ろしいものです。

違和感を感じている人、多いと思うけどなぁ。

もっと言うと、

学校で子どもたちの主体的な学びの形が

なかなか確立しないのも

同じ文化ゆえかも、

つまり、子どもを信じ敬うアプローチがされていない

と。

都合に合わせて解釈を変えられたら

言葉がかわいそうだなぁ、と思う。

言葉はそれぞれの思いを伝えるという重要な任務を負ってくれているんだから、

うんと大切にしなきゃ。

人(相手)と言葉あってこそ

社会も作られていくでしょ・

*****

自粛を強制され

思考力が弱まっている現状に危機感を感じると

養老さん。

私はさらに

自粛を始め、本来的でない意味で言葉を使うことに

違和感を感じないとしたら

そここそがまず

思考が弱まっている状態なのでは?と感じてしまう。

ひねくれているのかな。

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「変わるもの 変わらないもの」👍

昨日、ニュースレター第25号の発送が完了した。

発行は年4回(3月、6月、9月、12月)の季刊だ。

毎回、担当のスタッフから3か月分の活動報告(北海道から沖縄まで3ヶ月で合計約150回活動。これを見やすく表にしてくれる)と

トピックスは定番メニュー。

その他あっちからこっちから

これ!と思う素材を集め、

新しい事務局員が増えれば

自己紹介文を執筆してもらい・・

連載の漫画をアーティストから受け取り

団体概要をアップデートし

挨拶文を書き・・・

8ページの充実内容!。

しかしこの3~5月は新型コロナウイルス感染拡大を受けて

全面的に活動停止だったため、

3ヶ月分の活動報告の代わりに

この間、状況に合わせて新たに始めた活動を紹介している。

全国の病院、施設へのSHJアーティストオリジナル塗り絵のプレゼント。

それから

SHJアーテイストが病院や施設の子どもたちのために新たに作成した動画を集めたYouTubeチャンネルについて。

さて、

プリントパックに700部印刷を依頼して

しばしホッとする。

ピンポーン!

きたきた、印刷の仕上がったニュースレターが。

毎回ドキドキしながら巨大なダンボールを開け

冊子を手にしてワクワク。

内容を確認してドキドキ。

その後の発送作業は

2名の事務ボランティアさんに事務所に集まってもらう。

前もって他の事務ボランティアさんにゆうメールのスタンプを

大量に押してもらった封筒に

宛名シールを貼るところから始まる。

「あ、〇〇さん、会員継続してくれてる!」

とか、

「この間会った時にスマイリングのこと紹介した人、寄付してくれたんだね、嬉しいなあ」

などと一人ひとりの顔を思い浮かべながらの

おしゃべりも意義あり。

もちろん、お会いしたことのない会員や寄付してくださった方の名前もたくさん。

こんな時、改めて感謝の気持ちを新たにする。

「せめて心を込めて作ったレターで、支援がどう生かされているのか

報告しないとね・・」

ああでもな、こうでもない

と話に花を咲かせることで

手も口もはかどる。

女子はいつもそう。

院内学級にいた頃、女子の病室でも

病院での制作活動でも

口と手は連動する。

そしてそのことで効率も上がるし

情報交換や共通点発見!などあり。より仲良しにもなれる。

途中で買ってきてもらうお弁当はいつも美味。

デパ地下の凝ったお弁当の時もあるし

駅前のスーパーで、という時もあり。

毎回、インクの匂いも嬉しいほやほやのニュースレターを

ボランティアさんに渡すのがいちばんの楽しみだが、

その次のお楽しみがランチの時間。

しかし今

「こんな時だから・・・」

と言ってやむなく来てもらうのを諦めた。

日常が一変してしまった今、

緊急事態宣言こそ解除されたが

やはり「集まる」ことは

できる限り避けることが好ましい状態。

学校も始まり

人の動きはかなり戻って

交通機関を使って人混みの中を来てもらうことは避けたかった。

「こんな時だから・・・」

宛名シールを印刷して封筒に貼りレターと添え文を封入して・・と

数日に分けて

黙々と一人でやってみた。

楽しいおしゃべりの代わりは仕事が捗るラテンのBGM。

しかしいつもとは全然違う。

ボランテイアさんのありがたみが染みる。

仕事を終えた夫に封入の作業を手伝ってもらい

ゆうメール500通ほど

郵便局へ運搬。

「こんな時だから・・・」

ニュースレターもメルマガなどオンラインでいいんじゃない?

というのが時勢のような気もするが

やはり、参加型、本物、実物

にこだわる普段の活動へのこだわり通り、

現物を実感をもって一人ひとりに届けたいし

受け取った支援者の方にもこの3ヶ月のSHJの活動を

手にとって実感してほしい。

🏵 🏵 🏵 🏵 🏵

新しい日常。

変化した生活様式の中

変えるべきもの多々あり。

しかし

変わらないものあり。

変えないものあり。

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