子どもが大切にされる平和な社会へ

国連が特別支援教育中止を日本政府に勧告!

国連の障害者権利委員会は9日、障害者権利条約*に基づき、

日本に対し障害児を分離した特別支援教育*の中止を要請しました。 

障害者権利条約*とは

=障害者の権利を実現するために国がすべきことを定めたもの

2006年(平成18年)国連において採択

2014年(平成26年)日本が批准

障害者の権利に関する条約(外務省HP)

特別支援教育とは

2001 年に「特殊教育」という言い方から

「特別支援教育」という呼称が採用され、

2007 年より正式に特別支援教育が実施されることになりました。

日本の特別支援教育の始まりは、

1878年に寺子屋の教師古河太四郎が

京都市上京区に盲唖院を設立したことと言われています。

その後、東京築地に訓盲院ができたのを皮切りに

全国に盲学校、ろう学校が設置され

さらに東京下谷西黒門町(現滝野川)で

知的障害児のための「特殊教育」が始まり

1909年には渋沢栄一が千葉県船形町に

身体虚弱・病弱児のための教育施設を作りました。

1921年に体操教師柏倉松蔵が東京小石川に

肢体不自由教育の学園を設立し

1941年には養護学校や養護学級が編成されましたが

戦争中の混乱の中で実質的な運用には至らなかったと言います。

このような様々な経緯を経て

1947年養護学校の制度化をみます。

30年かけて様々な障がいに対する学校が開講し

1979年養護学校が義務化され訪問教育も制度化

その後、通級による指導も正式なものになり

現在の特別支援教育の形になりました。

学びの場.comより要約(詳しくはサイトをご覧ください)

インクルージョンか個別性か

このように、複雑に発展してきた日本の特別支援教育という制度を

バッサリと廃止する、

ということが可能なのでしょうか。

単に”分離教育”、と言い換えてしまえば

人権無視だ!という意見が出るのは自然なことだとは思います。

しかし、盲・ろう・知的障がい・肢体不自由など

現場現場で必要性を感じた心ある人たちにより生まれ発展してきた

日本の特別支援教育は

地域でともに暮らすインクルージョン

という意味合いは薄いものの

2つとして同じものがない個々の障がいの違い

に注目して作られたもの。

それを考えると

制度の廃止は一筋縄ではいかないというのも理解できます。

インクルージョンという観点から

1994年(平成6年)にサマランカで開かれた

「特別なニーズ教育に関する世界会議」で、

障害の有無に関わらず、ともに学ぶ仕組み

インクルージブ教育

が打ち出されました(サマランカ宣言)。

さらに国連において

「障害者権利条約」が提唱されたのが

2006年(平成18年)でした。

翌2007年度(19年度)に日本において施行された

副籍制度*」は

これを受けてのものだというのは明らかですし

その意義は大きいと思います。

副籍制度*=

「都立特別支援学校小・中学部在籍の児童生徒が、居住地域の小・中学校に副次的な籍をもち、直接交流(※1)や間接交流(※2)を通じて、居住地域とのつながりの維持・継続を図る制度」

※1:小・中学校の学校行事や地域行事等における交流、小・中学校の学習活動への参加等

※2:学校・学級便りの交換、作品・手紙の交換、地域情報の提供等

文部科学省ホームページ資料6より)

しかし副籍制度のその後は・・・

私が教員になって3年後に施行された「副籍制度」。

当初はインクルージョンに向けた

画期的な制度だという認識でした。

しかし、その普及率の低さが気になり

何度かブログで取り上げたことがあります。

特別支援学校と副籍制度昨日は、教育の機会確保、通学の安全確保という健常児にはあたり前にある権利が、障がい児には保障されていないということを書きました(→医療的...
 〜副籍制度、機能してる?〜都立特別支援学校には副籍制度というのがあります。 「都立特別支援学校の小・中学部に在籍する児童・生徒が、居住する地域の区市町村立小・中...
インクルーシブ教育 2前回に続きインクルーシブ教育について書きます。 理念先走りで定着できずにいる 日本のインクルージョンの実態を知りたい と思ったので...

そして今、その後のことが気になり

同じ文科省のサイトを開いてみると

なんと!更新されていないではありませんか(最終更新平成22年10月)。

もちろん、統計もそのまま。

  • 平成19年度 29.4%(小・中学部)
  • 平成20年度 39.9%(小・中学部)
  • 平成21年度 38.0%(小・中学部)

追跡調査はされていないのだろうかと思いながらも

これ以上調べることはできませんでした。

😢 😢 😢

この制度がうまく浸透せず形骸化している背景には

普通校と特別支援学校という”仕切り”があるなかで

月に一度1時間ほどの交流の機会を設けたところで

実りが少ない、とい現実があるのではないでしょうか。

しかも直接交流では原則

特別支援学校の生徒は保護者の付き添いが必要です。

意義を見出せずにいる現場の葛藤が目に浮かびます。

現に、知り合いの特別支援学校に通うお子さんが中学生の時

地域の学校の体育の授業で交流するはずだったのに

「体育は競いあうものですので交流は難しい」

と教員から告げられ、断念した、という話を聞いたことがあります。

人と人との交流の場で

意識的にか無意識にか、

競争やら生産性やらを基準におく教育現場を思うと

なんとも情けない気持ちになったものです。

これではインクルージョンも絵に描いた餅だ、と。

日本でなぜインクルーシブ教育が進まないのか

普通学校と特別支援学校という学校制度の中で

インクルージョンを目的に始まった「副籍制度」が

うまく機能しないのは自然のように思います。

全く違う教育課程に基づいて生活する者同士が

ある一定の短い時間に交流活動をする、

などというのは相当の準備が必要だと思うからです。

余裕のない現場の実態を知らない人が考えた策?

そうなると、インクルージョンを進めるためには

やはり特別支援学校を廃止するしかないのか・・・

ということになります。

もちろん、特別支援学校で個々の障がいに応じた

専門的な取り組みが行われていれば

その価値や意義は不動のものだと思います。

特別な支援が必要な子どもが

必要な支援をちゃんと受けられ、

安心して暮らせる学校の存在は大きいのです。

しかし、個別の授業より

一斉の集団活動が多い現行の教育課程を変えないのならば

特別支援学校を廃して

多様性が当たり前の「みんなの学校」を作るほうが

インクルージョンの実現を優先した上で

大きな変革につながる気がします。

自分の拠点になるクラスと

個別の専門的な支援を受けることのできる学級を

行き来できるシステムを充実させれば、

インクルージョンと個別の両面で

子どもが多様性のなかで伸び伸び過ごせるような気がします。

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