こどもの日の大人の過ごし方

今日はこどもの日。

青空に元気に泳ぐ鯉のぼり、原風景でもあります。

竿が屋根の高さに届かず

「屋根より低い鯉のぼり~♫」

なんて近所のわんぱく少年にからかわれたこと、

今でもよく覚えています。

しかし最近はその姿、

特に住宅街では少なくなったような気がします。

鯉・・。

近くを流れる神田川にたくさんいます。

腹を川底に擦ってしまっているのでは

というほど水かさが少ない中でも

大雨の後の濁った水の中でもたくましく生活している鯉。

なるほど、

鯉は生命力の強い魚なので、

「どのような環境でもその子が健康でたくましく育つこと」

を祈願する意味で子どもの日に飾るそうです。

さてこの連休中。

孫3人と一緒に餃子パーティーを開きました。

もちろん作るところから始まります。

具を包丁で切る場面。

つむがやる!

ようちゃんがやる!

危ない危ない・。

さすが3歳には包丁を持たせる勇気は出ず、

すかさず

つむがやる!という5歳の意欲に委ねることに。

3歳はとにかくお手伝いしたい。

流しに溜まった汚れた皿や鍋で

使命感に燃えて水遊びしています。

そんな騒ぎの傍では小学2年のお兄ちゃんが

いよいよ詰める段階を察してテーブルに。

黙々と具を皮に詰めて、それから

それはそれは器用にひだをつけて1つ2つと仕上げています。

「水をつけてまず2つに折って

それから折っていくと簡単だよ」

妹にそんな風に手ほどきをしているお兄ちゃん。

さっすが!

子どもの成長に関心しているばあば。

諦めてソファで一人トミカで遊ぶ3歳。

「80個作った餃子

3歳、5歳、7歳+大人2名で完食!」

とFacebookに投稿したら意外なほど

いいね!

がついたので連休中は書くつもりもなかったはずのブログですが、

背中を押されるように

綴っています。

自分で!自分で!

この子どもの心からの叫びに

どれだけ応えられるかが

親にとっては自分との闘い。

今日は子どもの日。

「どのような環境でもたくましく成長してほしい」

と願いながら

「返って仕事が増える!」

とか

「危ない!」

とか思う自分に克ち、

自立しようという子どもの意欲を尊重することが

子どもの日にふさわしい大人の有り様かもしれない。

来て嬉し帰って嬉し

孫が家に帰り、散らかした後の余韻に浸りながら

気ままなひとりの5月5日。

菖蒲湯にでもゆっくり浸かりましょうか・・。

〜人工内耳のアーティスト-2-〜

前回綴ったベーシスト吉本信行さんは

聴覚を失い、失意の日々を過ごしたのち、

人工内耳を使いながらのトレーニングと

途轍もない努力を続けながら

ライフワークである音楽の世界を広げてきました。

失って音の大切さに気づき、

音楽という自分の世界を追求することを再開したのです。

しかし、そこにとどまることなく

自分以外の聞えない人たちに思いを馳せ

寄り添うことを使命とした吉本さん。

人工内耳を広く知ってもらうために日本中を、

世界中を啓蒙して回っています。

それほどまでに忙しくしていても

「何かに集中していないと辛い」

と言います。

確かに、人とのコミュニケーションや音楽づくり・・

それが無かったら全く音のない世界に一人取り残される気持ちだと。

だからなんですね。

吉本さんはA5サイズほどの画用紙を持ち歩いていて

絵を描くことを習慣にしているそうです。

セッションの打ち合わせが一通り終わってステージが始まるまでの間、

ステージとステージの幕間、

他メンバーのセッションの間

ひたすら「筆を運ぶこと」に没頭しています。

ピアノ演奏のアーティスト

熱唱するボーカリスト

熱演するギタリストやパーカッショニスト・・・。

そして全てのステージが終わると

私のことも描いてくれました。

4/25 ライブハウスKandMにて

障がいによって起こる間接的で二次的な課題。

新たに立ち向かわなくてはならない困難さ、

それが返って人生を豊かにしてくれる

そんな印象を受け、

吉本さんの生き方に心が震えます。

何不自由なく自分のテーマを追い続けられることは

確かにラッキーなことなのかもしれません。

しかし、

障がいが自分以外の人の生活、人生、生きにくさ

に心を寄せ

自分に起こったことを生かして

人のために何かできるのではないかと

深く考え新しい気づきを得、行動する。

これはとても豊かな生き方だと思うのです。

健常と言われる人の何倍も

厚みのある生き方のように感じます。

相手の気持ちになること

人のために何ができるか考え実行すること

足元にも及びませんが、

私もそうありたいと思います。

吉本さんからいただいたオリジナルCD。 他に10数枚をカウンターの上にぽんと。「売り上げは全額SHJに寄付するよ」と。もちろん完売でした!

〜高齢化社会に思うこと〜

ついに症状が出た

というわけではありませんが、

急速に進む社会高齢化に伴い

世の中はどうなっていくのかな・・

と考えると、

ふと認知症についても考えます。

確かに・・

短期記憶が怪しくなってきた・・とか

いつもメガネを探している・・とか

現実、あれ?と思うことが増えてきました。

多分同世代の人(昭和ど真ん中生まれ)は

多かれ少なかれ心当たりがあるのではないでしょうか。

そもそも最近では若年性認知症も増えているようですが、

寿命が延びたことで認知症の人が確実に増え続けています。

そのケアのあり方が

社会課題になっているのは必然のことのような気がします。

だとしても昨今、

認知症にならないための生活改善云々・・ とか、

今からでも間に合う脳のトレーニング云々・・ とか、

予防をテーマにした書籍が

書店を賑わせています。

いざ認知症になった人への対応については、

周りの人にとっての対処法についての議論が一般的です。

しかし

否応ない高齢化に伴い計り知れないほど出現するであろう認知症。

これはもう仕様がない。

対処ではなく

社会がどう変わるべきなのか

認知症の人も豊かに暮らせるようにするための施策が必要と考えます。

農村で農業をしながら認知症と折り合いをつけながら幸せに暮らしている方の事例を新聞で読みました。

認知症であるそのことだけに焦点をおかずに

もっとトータルな人生設計ができたらいいのにな。

認知症になる・・・

老化の過程と捉えれば気がラクになるような気もします。

もはや他人事ではない、誰にでも老いは訪れますから。

だから社会の仕組みやインフラを変える。

世の中を広い視点で見てみます。

障害者は増える、医療的ケア児が増える。

高齢者は増える、認知症は増える。

困難を抱えない人の方が少ないんじゃないかと思えるこの頃。

さらに今現在

難なく生活している人も

遅かれ早かれ当事者になる可能性は大です。

「障害は環境が作る」

という考え方に立てば、

当人に直接アプローチする

対処法

ではなく

誰もが幸せに暮らせる

環境作りに発想転換できないものかと考えます。

高齢者による交通事故や火災など

悲しい事故が続いています。

環境作りにシフトすれば

このような問題もずいぶんと

軽減されるような気がします。

2040年には、高齢者が人口の35.3%になる

総務省統計局調べ HPより

と言われています。

医療はますます進歩し

在宅医療、看護を受ける人もさらに増えるでしょう。

今から社会のあり方

人権や多様性への認識について

角度を変えてみていかなくてはならないと思っています。

ティール組織-2-

読み進めるうちに

ページいっぱいに色がついて

マーカーする意味がなくなるほどです。

一文一文が珠玉の!メッセージ。

そんな中、特に染み入る内容がありました。

ティール型の「自己実現」の考え方が

第3章に述べられています。

「自分のエゴを一定の距離を置いて眺めると、

その恐れ、野心、願望が

いかに自分の人生を突き動かしているかが見えてくる。

支配したい、自分を好ましく見せたい、

周囲に馴染みたいといった欲求を最小化する術を得る。

もはや、自分のエゴに埋没しておらず、

自分の人生がエゴを失う恐れによって

反射的に振り回されることはない。

このプロセスの中で、私たちは他の、

自分自身の深い部分にある知恵に

耳を傾けられるようになる」

(第3章進化型~エゴを失う恐れを抑える~より)

と。

そしてこの「恐れ」に置き換わるものはなんだろう?

の問いかけに、

「人生の豊かさを信頼する能力」

だとあります。

このような視点を持つと、

「予想外のことが起こっても、

あるいは間違いを犯しても、

物事はいつか好転し、

そうでない時には、

学び成長する機会を人生が与えてくれたのだ、

と考えるようになる」

とも書かれています。

こういった考え方が大好きです。

自分を好ましく見せたい

他人から認められたい

富を得たい

という欲求(エゴ)は自分を外から相対的にみて満足すること。

集団帰属への欲求や権威主義もそこから出発しているように思います。

でもこのエゴを捨てることによって

自分の内面の声を聞くことができ、

自己実現に向け

「自分は自分に正直になっているか」

「自分は人の役に立っているか」

「自分は間違っていないだろうか」

が指針になる。

だから奇抜なプランや

「ちょっとそれ、無理じゃない?」

と思われるような考えも、

無謀を押してまで

自分が声をあげ、行動を起こさなくてはという

衝動に突き動かされる。

それが自分らしく生きるということ。

自分の確信に沿った生き方をする、ということ。

長いことコンプレックスと闘ってきた私。

そのために自己実現が阻まれてきたことも少なくありません。

しかし、

「ティール組織」を読み進めるうち、

自分を外から見て評価し、結果コンプレックスに苛まれることがどんなにバカバカしいことかが明らかになり

「自分の内面と対話しながら自分らしく正直に

正しいと思ったことを行動していけばいいんだよ」

と励まされているようで

勇気が湧いてくるのです。

ティール組織 フレデリック・ラルー著 英治出版

〜Teal組織-1-〜

今話題の

“Teal組織”を読んでいます。

ティール組織

~マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現~

by フレデリック・ラルー 英治出版

先日、出版の打ち合わせに行った時に

プロデューサーが

これ、松本さんの団体に近いかも・・

と手渡してくれました。

Tealとは?

コガモという意味と

暗緑色がかった青色

medium blue-green color

という色を指す単語。

まずコガモとは

日本の水辺にやってくるカモ類ではいちばん小さいカモだそうです。

「コガモは臆病で隅に隠れがち、

そして比較的警戒心が強いです。

 サイズが小型なので、他のカモたちより競争力が弱いのカモ。

 実際、ヨシ原などで生活しているコガモは、

大抵ヨシの裏などに隠れていて、

人の気配がすると飛び去ってしまいます」

ネイチャーエンジニア 生き物ブログより 

https://www.nature-engineer.com/entry/2017/10/20/213522

ということは、

ティール組織とは競争力が弱い臆病な団体のことか。

ふむふむ・・

SHJに

競争力などはまず必要ないし、

臆病な人は一人もいない・・。

ならば

Teal組織ってなんだ?

ひと言で言うと進化型組織。

どうやらtealという色にその意味が隠れているようです。

緑が多元型組織を表し、

「多様性と平等と文化を重視するコミュニティ型組織。ボトムアップの意思決定。多数のステークホルダー」

とその特徴が述べられています。

これに青を混ぜたような中間色tealが進化型組織です。

例えば組織に所属することで

組織の理念に従い、結果を出すのが達成型組織。

組織の理念とは別の(本当の)自分、本音に蓋をして

過ごすことになり、

これでは使命を果たすためにいる組織で

逆に疲弊してしまう、と書かれています。

納得。

それに対してteal組織とは

組織の存在目的と、個人としての使命が一体となっている

そんなイメージ。

中央で強いガバナンスを持つことなく

明確なミッションに向けて

一人ひとりが自律して活動現場を繁栄させる、

そんな風に読み取っています。

学校では今年の目標は?

企業では売り上げ目標は?

とまず目標を掲げるのが組織。

「結果を出そう!」などと発破をかけられ、

目標から逸れることに恐れを抱き、

行動を自ら制限し

人生を豊かにするためのいろんな経験や価値観を

かえって遠ざけることになります。

そんなことを

5/31 投稿「~目的ってなんだろう?〜

で書きました。

この本にも

目標を立てることに対する考え方が述べられています。

「人生の目的を設定して、どの方向に向かうべきかを決めるのではなく人生を解放し、一体どのような人生を送りたいのかという内からの声に耳を傾けること。

目標の深い意味に到達する個人は、恐れを全く知らずに自分の使命を追求できる」

とありました。

子どもたちからいろんな気づきやインスピレーションをもらいながら

何ができるのかを追い求めるうち

夢や目的が自分の内に湧き上がり

1つの使命に邁進することになった。

そんな馬鹿正直な生き方をしながら作り上げた団体。

理念に共感して集まった

たくさんのスタッフ、アーティストたちそれぞれが

団体のミッションを自分のミッションとして捉え、

やりがいを感じ学び合い活動の質をあげ

相手の笑顔を見てハッピーになる・・。

そんなハッピーの連鎖を実現するSHJ

プロデューサーは

ティール組織としての断片を見てくれたのかもしれません。