子どもの入院生活と主体性👧

入院している子どもの気持ちはどのようなもので

活動がどのように子どもに

意識の変化をもたらしたのか・・・。

それは

主体性を持って活動する時間が保障され

自己肯定感が生まれたことで

その説明がつくような気がします。

👧 👦 👶 👧 👦

治療や投薬、病棟での生活スケジュールは決められていて

自分はここでは受け身の存在。

病気になってしまってみんなに迷惑をかけているから

やりたいことは我慢しなくてはならないし、

お医者さんの言うことは絶対。

看護師さんや保育士さんも一生懸命世話をしてくれているから

これ以上困らせてはいけないんだ、と

子どもは人知れず思い込みます。

まるでそれが使命であるかのように。

それ以前の問題として

毎日が成長期にある子どもにとって、

狭い空間に閉じ込められ辛い治療を余儀無くされ、

命と向き合い生活するという不条理は、

否応なしに心に大きな傷を負わせます。

入院が決まった当初は拒絶したい気持ちに苛まれますが、

徐々に病棟での生活に慣れていきます。

しかし、「なぜ自分が」という怒りや悲しみは

折に触れ子どもを襲います。

早く退院してもとの生活に戻ること、

それしか考えることができない。

今までの全て

と言っていいくらいの自分の世界を奪われ、

友達と引き離されてしまったのです。

ボランティアが来て何かして慰めてくれるらしいけど、

かわいそうな子なんかじゃない。

放って置いて欲しい。

そう内向してしまうのはごく自然なことです。

👧 👦 👶 👧 👦

しかし、スマイリングホスピタルジャパンのアート活動は、

無理強いされず参加してもしなくても良い、

みるだけでも、ちょっとだけ参加してみることだってできる。

決定権は自分にある。そう意識することから、

してもらう、同情される、という捉え方は生まれません。

活動の時は自分の気持ちに従っていいんだ、

と無意識に自分を解放します。

プレイルームで何かやってるから、行ってみようかな。

ほんの少しでもそんな風に思えたら、

子どもたちは、これまでの閉塞感の中では起こらなかった

「自分の気持ちが動くこと」に遭遇して、

嬉しい気持ちと戸惑う気持ちが混在した

不思議な気分を味わうように感じます。

自分の気持ちに耳を傾けていいんだ、

自分は自分なんだ、と。

面白そうなこと

それをするかしないか、見るだけかの自由が

目の前に与えられると、

どうしようかな、と考える時間ができる。

すると、

誰が強いたわけでもないのに

主体性を葬り知らず知らず自分の気持ちに蓋をしていたことに気づく。

この瞬間は、閉塞感から開放される最初のステップかもしれません。

👧 👦 👶 👧 👦

治療最優先の入院生活も子どもにとっては成長の場、

必要なのは主体的な活動です。

施されるばかりの受け身の生活を

自らの力で成長する場にできるように。

一人の人間として生きる喜びを感じることができますように。

子どもの主体性に主眼を置くために

子どもが自分から動きたくなるような環境作りを最大限に意識して

入院生活をトータルな成長の場にしたい!

SHJが取り組む子どもが自分から動きたくなるような環境作り

とはまさに

定期的参加型プロフェッショナルアートで主体性を引き出すこと。

定期的なアート活動は闘病の力となって

子どもたちを前向きに変容させます。

Smiling Hospital Japan Official Website

 

多様性と調和、実現なるか⁉︎ 👨‍👩‍👧

2020東京五輪・パラリンピックの基本コンセプトは

”多様性と調和”

色々な場面でこの

多様性 調和

という言葉が登場する昨今です。

とくだん、五輪とパラリンピックに合わせなくても

いつでもどこでも当然のことだけど

イベントやアクシデントに絡めて意識を高める

というのは確かに有効かもしれません。

外を歩いていて

調和を感じ

心が温かくなる風景といえば

駅ホームで駅員さんがにこやかに親切に

しかも手慣れた操作で安心感を提供しながら

車椅子の乗客をエスコートしている場面。

必要な場所で迎え

ささっとスロープを出してテキパキと。

電車に安全に乗ったことを確かめると

「お気をつけて!」

という一言も忘れません。

なんだか幸せ気分になるのです。

多様性が調和しているな~と。

しかし

先日新聞を読んでいたら読者投稿欄に

「車椅子の乗車制約」

のことが書かれていてがっかりしました。

筆者は

東京のJR駅で車椅子での乗車を依頼。

20分!後にホームへ案内された。

数本の電車見送り。

到着駅で降車の介助ができないので乗せないでくれと言われたと。

車椅子ユーザーは利用時間の制約!

に従うのは当然なのか

と問題提起。

見えない周囲からの圧迫を感じてきたのだろう、

混雑時はなるべく避けるようにしてきたそうだ。

しかしそうもいかないこともある。

駅に面倒をかけているのか、という気持ち。

歓迎されていない気分。

不安や恐怖から利用をためらうという。

運動に制約がある上

行動を制限されるとは。

そしてこれほど不当な思いをさせられるとは。

💢 💢 💢 💢 💢

また、ある障害者団体が調べたところによると

車椅子のままで乗車できる

ユニバーサルデザインタクシーが

3割の乗車拒否をしていたという結果が。

物理的な環境が整っても

こころに多様性や調和をという真の願いがなくては

絵に描いたもちだ。

💢 💢 💢 💢 💢

さらに多様性 調和と真逆の実態を見ることになった場面。

「いろんな夫婦集まれ」というキャッチで

東京都が今月22日まで募集したのは

出会いや結婚の決め手となったエピソード。

締め切りの11/22はいい夫婦の日だそう。

選ばれた作品はイラストにして都のサイトで公開されます。

題して

「TOKYOふたり 100 Stories」

しかしある事実婚の女性がこれに応募しようとしたところ

法律婚だけが対象

と却下されたことが東京新聞に紹介されていました。

それは

現行の法制度に基づくと法律婚が広く一般に共有されているから

だって。

これ、理論破綻してませんか。

100作品に選定された中から抽選で

多様性と調和がコンセプトの五輪ペアチケットが贈呈されるとか。

ちなみに都のホームページに謳われた

この催し”TOKYOふたりSTORY”のコンセプトは

自分らしく生きるひとりが増えて、

東京のふたりもずいぶん多様になりました。

これまでどおりのふたりのカタチも。

いままでなかったふたりのカタチも。

幸せのカタチは、人それぞれだと思うから。

無限に広がる選択肢から、

あなたらしい未来を描いてみよう。

ひとりとひとりが寄り添いつくる、

新しいふたりの生活は

きっと、思いも寄らない楽しさを連れてくる。

TOKYOふたり100STORY ホームページより

いろんな夫婦集まれ!と

多様性をコンセプトにしているのでなかった?

幸せのカタチはそれぞれ?

無限に広がる選択肢から・・・?

言ってることとやってることが全く違います。

多様性と調和、

聞こえはとってもインクルージブで理想的ですが、

残念ながら実現までは程遠い気がします。

「国をつくるという仕事」著者西水美恵子さんの想いに触れて📗

前回、英治出版イベントにて

世界銀行副総裁として途上国のために現場主義を貫き

貧困削減や開発支援を目ざし

本質を見抜き人々を救うために必要と思ったことに向き合い

権威に立ち向かった西水美恵子さんの生き方に触れ

大きく心を動かされたこと

勇気をたくさんいただいたことを綴りました。

そして

西水さんの

「いつの時代も変革は行政でなく草の根から起こる。

ほんの一か所を輝かせることで道はおのずと拓ける」

という言葉に

自分が信念を持って

しかし地味に地道に取り組むそのありように

太鼓判を押してもらったような

大きな励みをいただいたことを綴りました。

📘 📙 📗

そんな西水さんの著書

「国をつくるという仕事」を読む時間は

こんな風に生きられたら、

という思いの連続です。

そんななか

まず

「はじめに」

に書かれていることが

しょっぱなから自分の体験に重なり

胸が高鳴りました。

西水さんがアメリカの大学で教鞭を取っていた頃

その年の夏から始まる1年間の研究休暇を

世界銀行の研究員として過ごさないか

と誘いを受け

カイロで現場を体験した時のこと。

路地で看護に疲れていた母親から抱きとった幼女が

極悪な衛生環境のため下痢を起こし脱水症状が進み

医療が間に合わず

そのまま息を引き取った・・・。

西水さんは

カイロという大都会を重ねました。

最先端をいく技術と優秀な才能と

膨大な富が溢れる都会。

しかし西水さんの腕の中には命尽きた幼女がいる・・・。

悪統治に”脊髄に火がついたような”怒りを感じ

そのまま世銀に残る決意をしたそうです。

幼女の死を無駄にしたくないと。

その後世銀での仕事は

このナディアという幼女が尺度になった

と書かれていました。

何をしてもナディアに問うのが習慣になったと。

「生きていたら喜んでくれるかしら。

あなたを幸せにできるかしら・・・」

📘 📙 📗

現在執筆中の原稿に、

院内学級で初めて担任した少年に

何もできないまま

悲し別れが訪れ

自分の無力さに腹が立った。

その後

病と闘う生徒たちのためにすべきこと

闘病中に楽しい時間を作るにはどんなことがしたいか

「キミだったら」

といつも少年に問い、

彼はいつも耳元で囁いて教えてくれた

というくだりがあります。

もちろん、最先端の医療現場ですから

すべき医療はすべて行い

医師たちは可能な限りの努力をしたけれど

残念ながら治療の甲斐がなかったのです。

私の怒りは自分に向けて、

そして幼い子どもが重い病気に罹り

命を失うという不条理に向けたものでした。

その後、私も西水さんがナディアにそうしたように

少年に

「キミなら何がしたい?」

と自然に問う日々でした。

まさに少年との出会いと

関わった数週間が

その後入院する子どもたちとの生活の指針になったのです。

教員になってわずか1ヶ月後にもたらされたショックは

今後この現場で

少年からもらった課題に向き合っていくのだという使命に変わり

熟成され

結果が今の活動に繋がっています。

西水さんとの対話の中で得た勇気が

著書を読み進めるほどに

りんりんとその熱量を増しています。

「国をつくるという仕事」英治出版

「国をつくるという仕事」著者 西水美恵子さんと語り合う会📕

出版に向けてお世話になっている

英治出版主催のイベントに参加しました。

恵比寿にあるこの出版社の中地下

Eiji Press Baseにて。

「著者を応援する出版社」

「誰かの夢を応援すると自分の夢が前進する」

という素晴らしいコンセプトのもと、

私の夢も皆さんに応援していただいています。

これだけでも天に昇るほど幸せなのに

今回は

世界銀行副総裁で

英治出版から本を出された

西水美恵子さんとのクローズドな相談会に声をかけていただき

大変光栄でした。

「えっ、私なんか参加していいの?」と

少々気後れしながらの参加でしたが

結果、感動の連続で、これからさらに頑張ろう!

と激励をいただきました。

西水さんの著書は

「国をつくるという仕事」

「あなたの中のリーダーへ」

「私たちの国づくりへ」(全て英治出版)

貧困削減や開発支援を目的とした世界銀行で

とにかく現場主義を貫き

本質を見抜き人々を救うために必要と思ったことに向き合い

権威に立ち向かった西水さんの生き方に触れ

身震いするほどの感動を覚えました。

気後れしていた自分が歯がゆく感じたくらいです。

英語教員の時代に

言語は手段に過ぎない

まずは世界で起こっていることを子ども達と一緒に学びたい

そのために自分はどう行動するべきなのかを考え

意見を述べる

その上で

伝えたいことがあるから言語は必要なんだ

という思いを強くし

途上国の教育事情

環境問題

児童労働や子ども兵士

難民の問題、

国内外で起こっている人権問題等々を授業で取り上げることを通し

私たちひとりひとりが、

知り、 

自分の問題として考え、

解決に向けて行動していくことの大切さを共有したかったのです。

開発教育といっては聞こえは立派ですが

とにかく世の中のことを子どもたちと語り合いたかったのです。

単元で言えば

国際理解教育です。

病院という閉鎖的な場所で長く生活する子どもたちに

遠くの世界に思いを馳せ

自分の病気にとらわれることなく

広い視野を持って欲しいという狙いもありました。

学習発表会の時に

「海外特派員報告」

というタイトルのプレゼンテーションを中高生が作成しました。

その時のことをブログで紹介しています。

→2017/9/21投稿 〜総合の時間、英語の授業もSHJのヒント満載!

発表までのプロセスと本番は

本当に楽しかったし

教員生活の集大成といってもいいかもしれません。

自分の興味や信念に

子ども達を巻き込んだ・・

決して

間違いではなかったと思います。

それは外でもない

今回のイベントで

西水さんと語り合う中で深く感銘した

西水さんの人となり

そして途上国のために世銀副総裁として

現場主義で人権問題に取り組んできた生き様

に大きく心動かされ

その厳しくも温かい眼差しにときめくような感動を覚え

当時を思い出したからです。

西水さんの言葉の中には強く印象に残ることがたくさんあります。

一度に紹介するのはあまりにも勿体無いので

ここでその中の一つに焦点を当てます。

「世界の歴史の中でトップダウンで変革が起きたことはほとんどない。

いつの時代も変革は行政でなく草の根から起きてきている。

ほんの一か所を輝かせることで道は自然に拓ける」

鳥肌が立ちました。

まさにSHJの活動を、

取り憑かれたように草の根で続けたことで

共感が広がり

ボランティア、支援者、事務局協力者が集まり

関東での運営パターンが確立し

活動を深く賛同した人たちの力で

各地区に細胞分裂するように

自然に広がったことを考えれば

まさに

一か所を輝かせたことで道が自然に拓けていった

と言えます。

西水さんの考えを通し、

これでよかったんだ

信じたことをブレずに情熱を持って淡々と

おこなっていくことが

遠回りのようで実は本来のあり方なのだ

と確信しました。

これからも信じた道をひたすら歩いて行こうと思います。

英治出版ホームページ 

「国をつくるという仕事」

どの子も一緒に遊べる?インクルージブ公園🌷

ハード面でユニバーサルデザインが進んでも

心のバリアフリーが進まないと

せっかくの合理的配慮も

絵に描いた餅

になってしまいます。

昨今、障害のある子もない子も一緒に遊べる

「インクルージブ」公園

「ユニバーサルデザイン」公園が

都内に続々と作られています。

心のバリアフリーを実践するためにも

その媒体となる

物理的な改革、

公園でいえば

インクルージブな遊具への更新は必須ですから

この取り組みは画期的と言えます。

車椅子でも遊べる遊具

安全ベルトがついたブランコ

・・・・・

なるほど、

2006年のバリアフリー新法に基づき

園路の幅を車いすで通れるようにするなどの基準が作られたものの、

遊具自体に安全性についてのガイドラインがあるだけです。

遊具だけを配慮型に変えるだけでは

車椅子用のスロープが長すぎたり、急すぎたりして使いづらい、

駐車場から遠い、

などの課題はそのままです。

そんな中、

都は共生社会に向けて

「すべての子どもたちがともに遊び、

学ぶ機会を積極的に提供する」

という方針を打ち出し

インクルージブ&ユニバーサルな形を目指して

複数の公園で改修工事を始めたそうです。

しかし、

障害のある子もない子も一緒に楽しく生き生きと・・・

これを本気で願うのならば

公園に

ファシリテーターを配置するのはどうでしょうか。

”さあ、誰でも使えますよ”

と言われて

初めて会った子ども同士がすぐに打ち解けるはずはない。

そこに

指示したり仕切ったりするのではなく、

そう、ちょうどSHJのアーティストみたいに

程よい立ち位置で子どもたちを見守り

間に入って融合を目指す人として

UD公園ファシリテーターがいたらきっと

障害のある子もない子も一緒に楽しく生き生きと・・・

が実現できそうです。

さらに

子どもたちが遊具を使っているところを観察し

子どもや親の意見を聞きながら

さらに工夫が必要なところを見つけ

改善を提言する役目としてもその存在には意義があるのでは?

みんなで一緒により良い公園を作る実践者としても活躍できそう。

誰もが遊べる公園づくりに取り組む

http://www.minnanokoen.net 

「みーんなの公園プロジェクト」(岡山市)は

「当事者と対話しながらより良いものを目指して欲しい」

と。

もう一歩工夫して

公園での遊びのファシリテーター

いかがですか。