〜多様性と「自己責任」🌎〜

多様性を重んじ

違いを受け入れ互いを尊重することは

特にグローバル化と呼ばれる現代社会において

何より大切な人権意識を育むための姿勢だと思いますし

教育の現場でも

・グローバル社会

・多様性

はセットで語られ

人間育成の指針としているように受け取れます。

しかし一方で

長いこと引っかかっていることに

「自己責任」という言葉があります。

社会において何かをしようとすると

「自己責任で」という言葉で

あとは勝手にしなさい。

といったふう。

何かに問題意識をもち行動したところ

意に反して止むを得ない危険な状況を招いてしまったとなれば

「一人で勝手に社会の約束事と違うことをやったんだろう」

と一蹴される風潮はないでしょうか。

行動の意味を深く考えずに

迷惑だ、巻き込まないでくれ

という主張が見え隠れします。

「自己責任」をかざし相手を批判することは

多様性を受け入れていない、

ということにならないでしょうか。

さらに「自己責任」で片付けようとする意見が広がると

あっという間に集団の声に引きずられて

個が潰されていく

そんな構図が出来上がっている気がします。

なるほど、そんな考えもあるな、

という柔軟さがイコール多様性を重んじることに

つながるのではないでしょうか。

学校現場を思い浮かべてみます。

ブラック校則が自分らしく生きようとする

子どもたちを縛りつけてきたのも

この違いを認めず多様性を否定する風潮と無関係とは思えません。

文部科学省サイト 

「2030年の社会と子供たちの未来へ」を見ると、

教育課程を通じて初等中等教育が果たすべき役割のビジョンとして

「新しい時代を切り拓いていくために必要な資質・能力を育むためには、学校が社会や世界と接点を持ちつつ、多様な人々とつながりを保ちながら学ぶことのできる、開かれた環境となることが不可欠である」

とあります。

「2030年の社会と子供たちの未来へ」より

また、同サイト

新しい学習指導要領等*が目指す姿の中の

「人生を主体的に切り拓くための学び」を見ると、

子供たち一人一人は、多様な可能性を持った存在であり、多様な教育ニーズを持っている。成熟社会において新たな価値を創造していくためには、一人一人が互いの異なる背景を尊重し、それぞれが多様な経験を重ねながら、様々な得意分野の能力を伸ばしていくことが、これまで以上に強く求められる。

とも。

*学習指導要領:学校教育法に基づき国が定める教育課程の基準。教育の目標や指導すべき内容等を体系的に示す

新しい学習指導要領等*が目指す姿」より

さらに同サイト

「学校における人権教育」を見ると

人権教育の取り組みの視点としては、

「他の人とともによりよく生きようとする態度や集団生活における規範等を尊重し義務や責任を果たす態度、具体的な人権問題に直面してそれを解決しようとする実践的な行動力などを、児童生徒が身に付けられるようにすることが大切」

とあります。

学校における人権教育」より

校則やたくさんの決まりごとで生徒を縛り

よりよく生きよう、よりよく行動しようという思考を奪う現場とは

まるで別世界の話のようです。

社会に置ける

自己責任で片付けようとする共感性のなさ

学校に置ける

没個性のための校則

がまかり通る環境に

多様性や人権意識を培う土壌はあるのでしょうか。

さらに文科省て明文化されているグローバル教育とは

・自国の伝統 文化への理解促進等

・外国語教育の推進

・海外留学、留学生の受け入れ

・海外子女教育の充実

・持続可能な開発のための教育

・オリパラ教育

・国際交流活動

とあります。

内閣府サイトグローバル社会で活躍する人材の育成」より

グローバル社会とは、

多様性の中で他者を受け入れ自分を堂々と主張し自己実現を図ることのできる社会

と捉えています。

しかし、文科省のいうグローバル社会で活躍する人材育成の方針には

形ばかりで基礎となる資質に触れたものは見当たりません。

聞こえの良い言葉には

具体性が伴わず空虚な印象です。

「人権と多様性を重視」

「自己責任」

とても矛盾を感じてしまうのは私だけでしょうか。

6歳のヘアードネーション!👧

七五三までは・・と長く伸ばしていた髪

その長さはそろそろ腰まで達するかというほどです。

孫3人まとめて昨年七五三を祝ったから今年は八六五。

真ん中の6歳の孫は女の子で

泊まりに来るたびに洗髪に苦労したものです。

これを機会に

「小児がんの治療などのために

髪が抜けてしまった子のために髪を切って寄付しない?」

と提案しました。

はてな、はてな・・・???

何のことかわからない

「あのね、つむちゃんと同じくらいの女の子で

とても重い病気にかかって治療している人がたくさんいるの。

治療は辛くて髪が抜けてしまうことがあるんだ。

つむちゃん、長い髪が好きで大切に伸ばしてきたよね。

もしつむちゃんだったら?

髪がなくなっちゃうってどんなだと思う?

七五三も終わったし

肩まで切って治療のために髪がなくなってしまった子

かつらを作る会社に送らない?」

それでもまだ

はてな、はてな・・・???

そうか、たとえ両親が医療者であっても

病気の子どもたちの話をする機会ってないんだな・・。

とすると

医療とは縁のない家庭ではなおさらだ。

もっともっと現状子どもたちに

伝えていかないと・・。

やっぱり

保育園や幼稚園で

”からだのはなし”

小学校中学校では

”からだ科”

必要だとここでも感じました。

今回、孫は渋々ですが自分の髪を切り寄付することに同意しました。

ショックが口の形に表れています(^^;;

さて

いざ寄付先を探すと

31cm以上必要という基準が立ちはだかりました。

総かつらを作るのに最低必要な長さだそうです。

孫はどうしてもショートは嫌だと。

そうなるとせいぜい切っても20cmです。

15cmでも受け付けていたはずのNPOは

ちゃんとかつらが作れないという理由で

31cm以下は受け付けなくなってしまいました。

髪を切って捨ててしまうのではなく

寄付するひと手間という善意を無駄にしないために

ぜひ15cm~基準を復活させて欲しい。

それでも諦めずに調べていくと、ありました。

女子高生ヘアドネーション同好会

頭髪寄付~Hair For Children~

群馬県太田市にあるぐんま国際アカデミー初等部・中等部・高等部

私立の小中高一貫校で

なんと国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)認定校だそう。

キャッチは

~あなたの髪の毛で救える笑顔があります。

「女子高生ヘアドネーション同好会」に、ヘアドネーションしませんか?~

ヘアドネーションの必要性を訴え、

集めた髪を協力のかつら会社に送るそうです。

基準を見てみると

やはり基準は31cm以上ですが

長さが満たなくても活用できるとあります。

さっそく今日、送ります。

郵送先は、

373-0813
群馬県太田市内ヶ島町1361-4

0276-47-7711
女子高生ヘアドネーション同好会宛

連絡先・CONTACT

Instagram @hairforchildren
Twitter @hairforchildren
Facebook @hairforchildren
メールアドレス
hairforchildren@gmail.com

Facebookには実際かつらを受け取った

子どもの喜びの様子などが掲載されています。

👧 👧 👧 👧 👧 👧

さて

6歳の孫はどこまで理解したかはわかりません。

今回のヘアドネーションについては折に触れ話題にしていこうと思います。

自分の一部を人のためにという行いが

実感と体感として残っていくことを信じて。

初めての社会貢献が

深く印象に残り、これからの彼女の生き方に少なからず

影響があることを願って。

ヘアドネーション同好会の女子高生のように

自分にできることを考える子に育って欲しいと願って。

もぐもぐタイム🍖

息子が小学生の時

給食時間があまりにもやかましいことに

問題を感じた担任が

✔︎机は一人一人離して

✔︎授業と同じように前に向かって

✔︎私語禁止

というルールをつくった。

ただし、

みんながおしゃべりばかりせずに

ちゃんと食事を進められるようになるまで

の期間限定。

しかし、その光景の異様さに(これは推測)

担任は課題解決!を見ずに

このルールを撤廃。

担任の顔色を伺いつつも

再び子どもたちは

おしゃべりを始めて原状復帰。

成果が出て子どもたちの食が進んだかは定かではない。

この担任、

元に戻った子どもたちの楽しそうな交流風景や

食を通した場の和み様に

むしろ

胸をなでおろしたのではないかと想像する。

しかし一昨日の東京新聞朝刊第一面に

  「黙々 もぐもぐタイム」苦痛?

  小学校給食に続々 保護者懸念

という記事を見つけた。

そもそもこの「もぐもぐタイム」

2005年にすでに岡山では給食指導の手引書に登場し

2008年に学校給食法で食育推進が規定されて以来

給食指導の手法!として広がった

と記事にある。

ちょうどこの頃が息子の小学校入学の時期と重なる。

息子のクラスに設定されたルールが

まさしく「もぐもぐタイム」だった!

ということになる(知らなかった(~_~;・・・)。

しかし担任は

子どもたちのどんよりした様子を前に

本当の食育とは・・と自問自答した結果

廃止したのだろうと思う。

いっぽう

東京都教育委員会は

児童・生徒の健康づくりに功績があるとして

「もぐもぐタイム」を含む食育に取り組む小学校を表彰したという。

かたや、

おしゃべり推進のクラスもあるという。

「食事で大事なのは栄養ではなく、楽しむこと」と。

専門家はどう見ているのか。

栄養教育の専門家は

「低学年では黙って食べる時間は必要」という。

しかし、日本会食恐怖症克服支援協会

「『静かに』『全部』食べなきゃ、という緊張で

かえって食が進まない子がいたり

給食が苦痛になるなら本末転倒」

としている。

なぜ『静かに』食べなければならないのか。

なぜ『全部』食べることが大切なのか。

それを説明せずにただ

きまり

を押し付けることは危険だ。

子どもの考える力やどうして?

と思う素直な心まで踏みにじる。

自分の健康づくりや命に関わる「食」に関して

子どもたちが考える機会として

食育を捉えたらどうだろう。

さて息子。

「もぐもぐタイム」経験者としては

全くその意義を習得しておらず(いいぞ!)

帰省して家族で食事する時は

あれも聞いて

これも聞いて

と始まる。

どう思う?

と目下のテーマを披露し

意見交換となる。

なんとも

賑やかで楽しい食事の時間だ。

ところで息子の担任が

「もぐもぐタイム」を撤廃した理由を

子どもたちにどう伝えたのかが気になるところだ。

今日、久米島から帰省する本人に聞いてみることにする。

食事中、その経緯で話が盛り上がることは間違いない。

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オリ・パラ児童生徒観戦招待の怪(~_~;)

幼稚園、小中高、特別支援学校の子どもたちがオリ・パラに招待される!

対象は競技会場周辺の自治体、東日本大震災の被災地など。

都教育庁によれば

「オリパラ教育の集大成として

学校の教育活動の一環」

だそうだ。

まず

オリパラ教育って何?

と思い調べてみた。

なんと2016年から東京都の公立学校全てで実施されているそうだ。

年間35時間を5年間かけて・・・。

その内容は

✔︎オリンピックやパラリンピックについて知る

✔︎アスリートを招聘する

✔︎スポーツに対する興味・関心を喚起する

✔︎参加国について調べ学習する

これらを通して

・ボランティアマインド

・障害者理解

・スポーツ志向

・日本人としての誇り

・豊かな国際感覚

の5つの資質を育むとともに

共生・共助社会の実現を目指し、

「平和でより良い世界の構築に貢献する」

のが究極の目的だそうだ(→東京都教育委員会サイトより)。

シンプルにスポーツを楽しんだり

芸術や文学同様、文化的活動を世界レベルで競ったり

それらを通して交流したりすること

と思っていた。

それを教育に生かすのがオリパラ教育なのですね・・・

IOC によるオリンピック憲章に

肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、均衡のとれた総体としての人間を目指すもの。

人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。

とある(→日本体育大学オリンピックスポーツ文化研究所サイト

より)。

教育基本法、学校教育法における教育目標の一つ

「伝統と文化を尊重し、それらを育んできたわが国と郷土を愛するとともに

他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」

という目標に高い親和性がある、

と東京都。

なるほど、人々の目下最大の?関心ごとである国際的な祭典を

教育に活用するのは親しみがあり

子どもにとっては取り掛かりやすいだろう。

しかし競技会場にまで出向いたオリパラ教育には

疑問しかない。

真夏にぞろぞろと大移動する手間とリスクに見合う以上の意味があるのかと。

💢マラソン会場が変更になったほどの酷暑の中、

熱中症は?食中毒は?

💢ただでさえ交通機関の大混雑が予想され

企業によっては期間中は在宅勤務が検討される中、

大勢の移動は安全?引率は目が届く?

(え?引率教員のチケットは20人に1枚だって⁉︎)

💢弁当の持ち込み禁止、飲料はペットボトル1本だけ?

教育関係者の間では

「強制ではないが、都や自治体の教育委員会に言われたら仕方ない。

国↓都↓市区町村に降りてきた!事業。断れない」

もはや実質の「動員」???と疑念が専門家の間でも。

もっとも都教育庁指導部では

「希望制で参加しない学校もあり強制ではない」

というが、

💢全校や学年単位の観戦は授業日として実施するので

夏休みだが観戦に参加しない、つまり大会組織委の招待を辞退すると

欠席扱いとなる。

💢観戦できる競技や日程は

チケット代を負担する東京都が学校ごとに割り振るので

自由に選べない。

とても強制的で窮屈な”お達し”に思える。

現場では

「仕方ないから10分ほど見て帰ろう」

の声も。

意味がない。

滞在時間を大幅に短くしたところで

移動や熱中症のリスクは減らないだろう。

あっちをたてて、こっちに寄り添い・・・。

現場に声を上げる権利はないのか!

子どもたちの無事を祈る。

ここまで現場の事情を汲まずに

危険さえ容易に察することができるにも関わらず

一方的に押し付ける。

強制的な現場への介入はいい加減にしてもらいたい。

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物事の本質はいつも子どもから学ぶ👦

”いつでも、どこでも

子どもたちは正直で

物怖じせずに貴重な知識を授けてくれた”

「国をつくるという仕事」

西水美恵子氏著 英治出版 より

出版10周年記念イベントでお会いしてから

西水さんの人生観や物事の捉え方に

深い頷きと共感

インスピレーションをいただいた

衝撃の夜!から3週間が経とうとしています。

→11/18投稿「国をつくるという仕事」著者 西水美恵子さんと語り合う会

→11/20投稿「「国をつくるという仕事」著者 西水美恵子さんの想いに触れて

元世界銀行副総裁という肩書きを見ただけで

”物怖じ”してしまった私。

それもそのはず

私が米国の銀行(現チェース・モルガン銀行)

に入行し

Treasury Back Officeで

主に外為事務をちまちまと行なっていた時に

西水さんは世銀に入行して

途上国の貧困対策のために

世界中を飛び回っていたのだから。

さて、冒頭のくだりは

西水さんが

トルコやバングラディッシュ、スリランカに出張中に感じたこと。

早朝の子どもたちの登校に頻繁に参加し、

時にはなかなか先生が来ないクラスで

臨時英語授業をすることもあったと。

地域を知る、また

子どもたちとの雑談の中から

その国の教育事情

政治の歪み

女子教育に対する軽視・・・

様々な課題をキャッチしたそうだ。

途上国内の格差是正へのヒントを得る事に大いに役立った

ということが書かれている。

こんなところに西水さんの現場主義が如実に表れているなあと感じる。

📕 📗 📘

子どもは本当に屈託無く

正直に心の中を伝えてくれる。

もっとも、小学校高学年にもなると

テレが邪魔をしてそうもいかないところもある。

”子どもは正直で物怖じせずに意見を言う”

西水さんが現地にいた40数年近く前の日本でも

同じように子どもは伸び伸びしていたような気がする。

なんだか自由で泥臭くて

太陽の香りがするような

そんな存在だった。

さて今。

子ども特有の素直さや正直さ、怖いものなさが

失われつつある、というより子どもたちもまでが

大人たちにそんたくする事で

貴重な意見を心の中にしまってはいないか、

と気になる時がある。

そうしているうちに

言葉にすることの大切さや重みを感じるチャンスを失い

ものを言うことへの

気恥ずかしさや

責任が先に立って

ものを言う機会そのものや

自分を表現する場を逸し

その力が失われていくような怖さを感じる。

ものを言うことへの圧迫感が

低年齢化しているとしたら

それは

「国をつくる」

と正反対の作用となりそうで怖くなる。

もしかしたら

西水さんは

途上国で伸びやかに話す子どもたちを見て

この国は大丈夫。よくなれる。

と確信したのかもしれない。

📕 📗 📘

ここで話は少々飛ぶが、

少し前に紹介した

「教えない授業」氏著 英治出版

で綴られている

対話型授業。

→9/13投稿「教えない授業」

対話を通して子どもの発話を促し

思考停止を食い止め

話すこと伝え合うことで

自ら学び課題意識を持ち

発信し合う。

知識偏重ではなく

考える隙間の時間を大切にする

という基本理念は、教育現場でなくてはならない本質的なものと感じる。

子どもに自由に話せる時間を!

意見を言い合うことの喜びを!

なぜって、

本当に大切なこと

本当に本当のことは子どもが教えてくれるから。

そして

物事の草の根は全て子どもにあるのだから。

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