〜しつけという名の暴力〜

相次ぐ児童虐待を受けて

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン

「子どもに対するあらゆる体罰を禁止するために」

という”質問集”を発行したと新聞で知りました。

これは、子供に対する体罰の影響や法規制の必要性を訴えるもの。

あえて作らなくてはならなかった背景には

児童虐待が絶えないことの裏に

しつけという名目だろうが暴力は絶対に悪である

という考えかた自体が思っているほど

当たり前にはなっていないということでしょうか。

「子どもを殴ることと愛情を込めて叩くことには大きな違いがある。体罰の禁止はやりすぎでは?」

という質問があったこと自体びっくりです。

どんな意味があって叩くかよりまず

叩く行為自体に問題がある

とは感じないのでしょうか。

叩くことで子どもの尊厳を傷つける

という意識には至らないのでしょうか。

「わがままで自制心が欠如した子どもになってしまうのでは」との質問もあり。

力づくでしつけようなどと

子どもを人間と思ってないのかと怒りがこみ上げます。

困ったら暴力で解決しましょうとしつけしているようなものです。

日本政府も児童虐待防止法や児童福祉法に体罰禁止を盛り込んだ法改正を進めています。

まさに昨日、親権者のしつけでも体罰を禁止する改正案が閣議決定されました。

まず児童虐待防止法とは・・

1989年に国連で「子どもの権利条約」が採択され、

日本も1994年(平成6)批准。

改めて2000年(平成12)5月に「児童虐待の防止等に関する法律」(児童虐待防止法、平成12年法律第82号)が制定されました。

新しい児童虐待防止法では、18歳未満の児童に対する虐待を

「身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(育児放棄など)、心理的虐待」

と定義し、関係者の発見・通報を義務づけました。

2004年には同法の改正により「児童虐待は著しい人権侵害」と明記され、

さらに児童福祉法の改正により

虐待防止に関する市町村の役割の明確化や対策地域協議会の設置など地域対策が取り入れられたほか、

2008年以降には児童虐待防止法・児童福祉法とあわせて、

児童の安全確保のための立入検査や養育支援事業などの推進が行われてきました。

さらに2011年には、虐待する親から子を守るため2年以内の親権停止を認める民法改正が行われ、

2012年4月から施行されました。

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)より

そして児童虐待防止法改正案は?

「しつけの際の体罰を禁じる」

保護者だけでなく、児童福祉施設の職員ら子供の養育に携わる人が対象です。

民法の「懲戒権」の扱いは施行後2年をめどに検討するとしています。

ここで、

民法の「親の子どもに対する懲戒権」とはなんでしょう。

調べてみました。

「親が子を戒めることを認めた民法」で

基本的親子関係について定める民法に規定されています。

社会問題化している子ども虐待を防止することを目的として民法の一部改正が行われたのが平成23年で、

平成24年4月に施行されているのが次です。

・第820条(監護及び教育の権利義務)

親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

・第822条(懲戒)

親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

改正されたのは

「子の利益のために」

「必要な範囲内で」

が加わったこと。

子の利益のためならば暴力は許されるのかという疑問以前に

暴力が子の利益になるという考えそのものに大きく首を傾げます。

暴力の使用を認める余地を残しているだけ。

親の支配的権力を容認しています。

たまたま、サイトをあちこちみていたら驚きの発見がありました。

民法は、懲戒方法を具体的に定めていません。

しかし、最も詳細な民法注釈書である新版注釈民法(25)は、その方法を次のように示しているのです。

「懲戒のためには、

しかる・なぐる・ひねる・しばる・押入れに入れる・蔵に入れる・禁食せしめる

など適宣の手段を用いてよいであろう(以下、省略)」

もはや言葉が出ません。

「懲戒権」の扱いは施行後2年をめどに検討とのこと。

やっと今回の改正で

「しつけの際の体罰を禁じる」

ことになりますが、

「しつけの際の」

という文言を入れることによって解釈を曖昧にしているように感じます。

親の支配的な機能、

大人が子どもを支配管理しようという意図が見え隠れし

上下関係を存続させようという大人の未熟さ、

依然否定できません。

🌱 🌱 🌱 🌱 🌱

つい子どもに手を上げてしまったことがあります。

一度だけ。

これは今でも自分自身にとって汚点だし傷です。

娘にその頃のことを思い出して

「ごめんね」

と謝ったことがあります。

「そうだっけ?覚えてないよ」

子どもの思いやりにかえって

自分が情けなくなります。

体罰。。

される側の傷は計り知れないけれど、

する側にも傷が残ります。

いかなる理由があれども

力に頼ることは罪です。

「子どもの体罰を禁止」

当たり前に思っているはずのことを

法律で定めなくてはならない・・

人間の未熟さ、危うさを表しているように思えてなりません。

「笑顔の花」

大好きな安曇野

癒しを求めて大自然に身を委ねる場所

だけどここにだって

医療的ケアの子、そして家族の苦労はあり、

難病と闘いながら長期入院をする子どもはいます。

ここ大好きな安曇野でも活動を広げたいと

常々思っていたところ

素晴らしい活動をしているお母さんと繋がりました。

「笑顔の花」代表 茅房栄美さんです。

お嬢さんは先天性心疾患で安曇野の子ども病院で治療を続けています。

医療的ケア児を含め

病気と共に生きる子どもと家族への支援活動をされています。

現在長く付き添うお母さん、ご家族のサポート活動をさらに進めるため

安曇野市を拠点にNPO法人化し

患者家族滞在施設 

お母さんの休める場所「もう一つの家」

設立を目指しています。

この目標達成のため

初クラウドファンディングにチャレンジ中です。

プロジェクト名は、

長野県安曇野市でこどもの治療に付添う家族の「もう一つの家」 実現を目指します”

私も少額ながら支援させていただきました。

これまで医療的ケア児を取り巻く課題をなんども取り上げてきました。

・24時間体制の介護による家族の疲弊

・登下校時にスクールバスに乗れない

・その場合は訪問籍となり、授業数が登校籍の子の約1/5

・学校でできる医療行為以外の対応が必要な子どもの親は、登校時から下校まで学校の控え室で待機

・いつ何どき学校から連絡があるかわからないので学校にすぐに駆けつけられるように遠出は控える

・未就学児が集団で活動する場が極端に少ない

など。

以下は医療的ケア児をテーマにした投稿です。

2017/9/15投稿「~医療的ケア児にもっと目を向けて!~

2017/12/11投稿「医療的ケア児や重い障がいの子にお家で学習サポート!

2018/5/15投稿「医療的ケア児と特別支援学校

2018/10/30投稿「医療的ケア スクールバス

2018/10/12 投稿「保育園に医療的ケア児クラス」 etc.

👦 👧 👶 👦 👧 👶 👦 👧 👶

このような課題を解決するために

お母さんたちは行政へ働きかけたり

自ら未就学児の通所施設や放課後デイを立ち上げたり

親子の会を作って当事者同士の情報交換の場を作ったり

・・・・

それでもまだまだ家族の苦労、疎外感、不平等感、健康への影響など未解決のままです。

人が生まれながらに持っている人間としての権利

「かけがえのない個人として尊重され、平等にあつかわれ、自らの意思に従って自由に生きる」

はどこへ行ったのでしょう。

我が子に対する愛情に寄りかかっているかのような行政の不甲斐なさ、対応の鈍さ、

お母さんたちの苦労へ真から寄り添おうとしない人権意識の低さには

常々怒りを感じています。

さらにこの市では

医療的ケア児に対する支援について

やっと議論が始まったところ。

市では養護学校に通えない子どもの数すら把握できてない状態といいます。

安曇野の豊かな大自然の中で

茅房さんの取り組みが育ち、

「笑顔の花」があちこちで開きますように。

実を結んだらそのタネが

他の地域にまで飛んでいき芽吹きますように。

子どもたちの豊かな成長を願って。

クラウドファンディング3/30まで。

長野県安曇野市でこどもの治療に付添う家族の「もう一つの家」 実現を目指します”

茅房さんFacebook

ブログ「笑顔の花」

性教育って何?-2-

学校での性教育の不十分さを

2018/11/1投稿「~性教育って何?~

で綴りました。

いきなり生理や体の仕組みやその違い、機能、性交や妊娠の仕組みから入るのではなく、

愛、思いやり、自分を大切にすること、相手を敬うこと

人権意識を培うことを根底に、

という意見を書きました。

厚生労働省によると、昨年度に20歳未満の人口妊娠中絶件数は14128件。昨年1年間に20歳未満の「母親から生まれた子供の数が9896人。

生理周期や排卵の時期に妊娠することを知らない大学生がいるとか。

現行の中学校の学習指導要領では

生殖機能が備わる思春期の子供に

排卵や受精の意味を教えるいっぽう、

「妊娠の経過は取り扱わない」

「『性交』は教えない」

ため、子ども達は「性成熟に伴う適切な行動とは何かを具体的に考えられない。

先日、足立区の中学教諭が

人権教育の一環として

性教育を熱心に続けている

という記事を新聞で見つけた。

1年生で科学的に生命の誕生を通して自分と他人のかけがえのなさを感じさせる。

その後、性の多様性を通し、人権問題として学ぶ。

3年生になると性行動や恋愛について考えさせるのだという。

保護者アンケートでは

「家庭で教えられないからありがたい」

という声が圧倒的。

誤った知識のまま、望まぬ妊娠など

性交や妊娠の仕組みはもちろん、お互いの同意、思いやり、など

人権教育としての性教育が必要なのは実際子どもたちと向き合う親たちだ。

それに対し、

「学習指導要領を超え、不適切」

と問題視する都議。

世論を無視した

「教えると返って性交を助長する」??

などという幼稚な考え方こそに人権意識の低さを感じる。

大人が未熟だと、幸せな国の実現はおろか、

国力までにも影響する気がする。

愛や性と向き合ってこそ、社会の繁栄がある。

大人自身が

性のあり方やセクシュアリティを遠ざけ、

忌まわしいとあえて素通りするから

学んでいない。

そうなると当然子供達への教え方や伝え方がわからない。

もはや性教育が必要なのは大人かもしれない。

学びに導く教具・教材・支援機器

教材と支援機器の研究、製作ほど

特別支援学校の教員にとって欠かせないものはありません

幼児教育法のひとつ

モンテッソーリ教育はあまりにも有名ですが、

もとは障がい児がいかにして学びを深められるか、

モンテッソーリ女史が子どもの動きにヒントを得て開発したものです。

幼児期の体験が

その人の将来に多大な影響を与え

生涯にわたる学びの基礎であるということは、

三つ子の魂百まで

という言葉に現れている通りです。

ですから、社会全体で、

身内他人にかかわらず

幼児期の子どもにもっと愛を

育児中のお母さんやお父さんにもっと寄り添いを

幼児期の教育や保育をもっと大切にと

日頃から思っています

モンテッソーリ女史の発見を見れば

障がい児教育が全ての教育の原点

ということが言えます

モンテッソーリは

主体的に行動し

自立した人に育つようにと

「秩序」

という観点で教材づくりをしました

始まりがあって終わりのある秩序ある教具で

自分で選んで

自分のペースで始めて

自分で試行錯誤して

自分で完成し

自分の納得いくまで繰り返し満足したら

自分で片付ける

この秩序が育むものは

主体性

見通しをもつ力

順序立てる力

失敗から学ぶ力

自立心

誠実さ

そこから

自信や他人への思いやりが育ちます。

そして忘れてならないのは

子どもが飛びつくような

美しいもの

結果のフィードバックがあるもの

です。

障がいのある子どもにとっても

自分から取り掛かりたくなるもの

始まりと結果があるもの

何度でも納得するまで繰り返すこと

フィードバックが明確に感じられるもの

そこから

自信や心の安定が生まれるのだと思います。

ここで忘れてならないのは

見えやすいもの

フィードバックとしてのある程度の重さがあること

です。

思うように身体を動かせない子どもにとっては

対象のものにアクセスしやすいような

手がかりや工夫が必要です。

スイッチ教材やICT機器はとても便利。

ひと言で障がいといっても百人百様ですから

大きさ、重さ、握りやすさ、距離などすべてが

個別の障がいの違いに寄り添ったものでなくてはなりません。

参考:2017/12/12投稿〜ユニバーサル算数セット

特別支援学校の教員の教材研究には

たっぷりの時間がなくてはと

つくづく感じます。

事務仕事や行事対応に追われている現場の職員たち。

時間のなさにストレスを感じている教員も多いのではないでしょうか。

子ども一人ひとりのために!

と情熱を燃やす教員ならなおのこと。

個別対応の教具づくりや

スイッチ教材、ICT機器を一人ひとりに合わせ

いかに活用するか。

考えれば考えるほど時間のなさに

夜しか眠れなくなります。

教員に

十分な教材と支援機器の研究、製作の時間を!

教師がほんらいの仕事に没頭できるような社会を!

参考:SHJ重度障害の子どもへ在宅学習支援「学びサポート」

2017/12/11投稿:医療的ケア児や重い障がいの子にお家で学習サポート

2018/12/3投稿:在宅 ジャズセッション

2018/12/4投稿:ベッドサイド授業の学習環境づくり

2018/1/25投稿:在宅学びサポートでの工夫

2019/2/4投稿:「i+padタッチャーでセッションをリード!

 

内側からわかること 外側からわかること

当事者にとって何より有益な情報は経験談。

ということを前回書きました(1/31投稿「〜手をつなごう。」)

必要は発明の母、

同じ経験をした人が集まれるサイトが生まれ、

そこで経験したことを書き込んだり

助言したり

希少な病であればあるほど社会からの断絶感や

疎外感を抱いてしまうものですが

ここに来れば仲間がいる

そんな場所は

ネット社会が望む理想の形です。

私には家族に小児がん経験者いるわけではない

でも関心を強く持つのは

かつて勤めていた院内学級で出会った

子どもや家族の日常に衝撃を受け

非力さに悔しさを覚えたから。

「子どもにがんがあるの?」

とその存在を知らない人も多いことに愕然としたこともありました。

という自分も、小児がんの存在は知っていても

これほどまでの苦労

我慢ばかりで子どもらしい活動がない状況

へ思いを馳せるどころか

想像を膨らます機会さえありませんでした。

しかし、自分の長期入院、機能回復期を経たあと

与えられた居場所で、自分の中で何かが動き出した・・。

そんな感覚の中で

何かできないか、とまず始めたのが

「雑用代行ボランティア」(2017/9 4投稿「SHJヒストリー母親向け雑用代行ボランティア」)

社会にこの病気のことを知ってもらいたいという強い気持ちはあったものの

広く訴えるという手段も、そのための知識も持ち合わせておらず

自ずと目の前の子ども、お母さんの少しでも力になりたい

と駆り立てられた結果でした。

そして行き着いたのが

「難病や障がいと闘う子どもたちと家族へ

芸術活動を通して日常を豊かにする活動」

最近はAYA世代とよぼれる思春期・若年成人のがんが増えてきました。

また治癒率が格段に上がった反面、小児がん経験者の半数が

晩期障害(晩期合併症とも呼ばれる後遺症)である

成長発達の異常、神経系の異常などを抱えて生きるという問題も多く

これに対応する制度も必要です。

そんな中、様々な形で子供達を支援する団体が活動しています。

サバイバー(小児がん経験者)の就労支援

小児がん啓発活動として写真展などの開催

小児がん経験者への給付型奨学金制度

医療用カツラを作るため自ら毛髪を伸ばして寄付する団体

専門医のいる遠方の病院への通院交通費支給

まだまだ他にたくさんの取り組みがあります。

思いは同じ。

当事者がともに情報交換する場所が「手をつなごう。」ならば

お手伝いする側も手を携えれば、さらに大きな力になれるだろう。

そんな呼びかけもしていけたらと思う。