SHJヒストリー30 ~3年前の3行日記から~

活動を始めて2年後の2014年2月に叶った念願のウォールペイントのモチーフは、子どもたちが大好きな動物。

今でも何とはなしに・・気付くと触ってる・・そんな子どもを見かけます。

触ってる? そう、見るだけじゃなく触れるアートです。

毛並みや鼻の頭のツルツルした感じをペンキと筆で立体的に描き、見ても触っても楽しめる工夫がされています。さすがアーティスト!

その頃は病院ごとの担当アシスタントはおらず、松本が全ての活動をアシストしていました。

記録はアシストごとの3行日記。

事務所を整理していたら出てきた、出てきた手書きのメモ。

いくつか書き出します。

マラカスやシェーカー、太鼓などを子どもたちに配り、一斉に大きな音を出して演奏を楽しんだ。叩く、振る、それだけで笑顔になり、コミュニケーションが生まれたようだ。

好きな歌を競うようにリクエストして、めいっぱい大きな声を出して合唱する場面は大にぎわい。

版画ワークは木槌で力を込めて叩いて版を作る。ものすごい音だけど子どもたちは夢中。医療者の邪魔になっていないか気になったが、特に気にせず仕事に没頭している。ほっとした。

廃材を使ったクラフト。日常よく見る素材、知らなかったその不思議さにワクワクしている様子。

手作りワークショプ。いいの?というような目で保育士さんを見る。返ってきた笑顔にホッとして、思いっきり手を汚して創造力を爆発させている。

・・・

まだまだエピソードはありますが、次回綴ることにして。

これらはすべて病棟内プレイルームで行なう活動で、医療スタッフの理解なしでは実施不可能です。それどころか、こどもたちが楽しんでいるかぎり、子どもたちの様子をうれしそうに見守ってくれている。治療や処置をなるべく後回しにして、楽しい時間を優先する医療者の方々には感謝するばかりです。そこにはなんとなしに一体感や共感が存在しているようです。これまで積み重ねてきたことが、病院との信頼関係に繋がったことを実感します。気兼ねなく発散できる雰囲気は、閉鎖的な空間で生活するこどもたちにとって、思いっきり音を出し、創造力を駆り立て夢中になれる、貴重な時間です。

 「子どもたちとアーティストたちはすっかり打ち解けて、一緒にわいわい賑やか。その様子を温かく見守る医療スタッフがいる。騒音も待つことも平気。時には医師や看護師さんたちも仕事の手を休めて活動に参加」

これがいつもの風景となり、今に続いています。

みんなで作り出すアートの時間が各病院でかけがえのないものになりました。

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SHJヒストリー29 〜ウォールペイントで病院がカラフルに変身!〜

〜真っ白の壁にウォールペイント!〜

子どもたちへのアートプログラムに加え、病院自体をもっと明るく少しでも楽しい場所にしたい!

という願いは設立当時からの夢でした。

病院は何故かどこもここも真っ白だから、スマイリングのアーテイストが心躍るようなダイナミックな絵を病院中に描いてくれたら素敵だな、と感じていました。

ハンガリーのスマイリングホスピタルでは、病院でウォールペイントをするのが盛んであること、

たくさんの写真とともにハンガリー代表のアルバートから紹介され、いつか日本でも!とワクワクしたものです。

しかし、塗料は匂いや揮発性が強いとされ、どの病院でも敬遠されました。

そんな残念な思いとともに諦めかけていた頃、神奈川県立こども医療センターから嬉しい電話が!

理学療法室前の待合廊下があまりにも殺風景だからなにか楽しい絵を描いてくれないか、との依頼です。

なるほど、下見に行くと、ポスター一枚ない、寂しく冷たい雰囲気。

痛いリハビリを待っている間、目の前が真っ白なんて、痛みしか思い浮かばず逃げ出したくなるにちがいない。

これは急いで取り掛かろう。

塗料代は神奈川小児医療基金が協賛してくれるとのW嬉しい提案に、もう考えることは何もない。

兼ねてからウォールペイントを提案してくれていた登録アーティストのイラストレーター真鍋麻里さんが、待ってました!とばかりに引き受けてくれ・・。

2日掛かりでポップで賑やかな風景ができあがりました。

私はといえば、指示された色で塗り絵を黙々と、そして思い切り楽しみました。

子どもたちと一緒にできたらなぁ・・と考えながら。

  ウォールペイント・・

  画用紙の大きさを気にすることもない。

  子どもたちだったらどんなにのびのび描いてくれるかな。

  どんな夢いっぱいの絵になるかな・・。

  大人だって子どもたちと一緒にできたらどんなに楽しいだろう。

まだまだ病棟に入って塗料を使う許可は出ません。

いつか病棟でも!

と願う毎日です。

Mari Manabe Official Website

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SHJヒストリー28 ~なんちゃってアーティストの次は・・~

活動を開始して1年ほど経ち、なんちゃってアーティストもすっかり鳴りを潜めた頃。

そして、当日の担当アーティストが体調を崩して病院へ行けなくても他のアーティストが「それなら私が!」と代打を引き受けてくれることも定着した頃。

もっぱらアシスタントとして子どもに接する日々が続き、ホッとするもちょっぴり偽アーティストとして子どもたちに囲まれていたのを眩しく懐かしむ頃。

病院のボランティアコーディネータから電話がかかり、

「アンパンマンが大好きな2歳のMちゃんがNICUにいる。ご家族がどうしてもアンパンマンに来てもらって励ましてほしいと。ぜひ叶えてあげたいけど、なんとかしてくれない?」

とても急いでいる様子。

やなせたかし事務所に連絡しても都合が合わないとのこと。

アンパンマンに変身できるコスプレアーティストはいないか、ということなのだろう。

「なんとかします!」

できるかどうか、ではなくてやらなければ、やりたい!という気持ちで見切り発車を続けてきた性分が再びむくむく台頭!。

アンパンマンぽく、であれば版権などに抵触しないだろう。ええい、もたもたしてられない!

事務所で眠っているアンパンマン色のフエルトを引っ張り出し、これで着ぐるみを作ろうと決心。

赤・・鼻 パンツ

オレンジ・・頰  

黄・・胸のアップリケ ベルト ブーツ

茶  マント

そして、

たまたまソファにあった肌色のクッションを分解して中の詰め物を頭が入る分だけ取り出し、かぶりものに作り変え、眉、目、鼻、ほっぺをアップリケ。

口から外が見えるようにしました。

引き出しから覗いていたユニクロ長袖赤Tシャツを上着に。

長靴とサンタの衣装セットに入っていたベルトに黄色のフエルトを貼って。

黄色の軍手だけは100均で調達。

よし!

CDラジカセをボランティア室で借りて、アンパンマンマーチをかけながらMちゃんの個室へ。

ベッドの周りはご両親、看護師、医師がぐるりと囲んでいました。

気恥ずかしさは吹っ飛んで、できるかぎり声を似せ、

「Mちゃん、僕アンパンマン。遊びに来たよ!」

みんなでアンパンマンマーチを歌うと、ご両親は涙を流していました。

Mちゃん、アンパンマンが来たよ、家族やみんなと一緒にそばにいるよ!

記念撮影は衣装を毛布の上に載せて。

「スタッフが毎日アンパンマンになってMちゃんを励ましたい。しばらく貸して欲しい」

との言葉に更に嬉しくなってすべて置いて帰りました。

心の中で、

~愛と勇気だけが友達さ~

と歌いながら帰路につきました。

いえ、声が出ていたかもしれません。

今再び事務所のキャビネットで出番を待つなんちゃってアンパンマン。

今日は天気がいいからお日様に当てて日向ぼっこでもしましょうか。

続く・・。

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SHJヒストリー27〜アーティストの力〜

2012年5月、コメディアン、ピアノ&ボーカルアーティスト、そしてフォークジャスピアニスト&シンガーソングライターの3名とナンチャッテなアーティストの松本含め、4名のアーティスト⁉︎で始まったスマイリングホスピタルジャパン。


松本はイケイケの人、というもっぱらの評判とはうらはらに、内心自分の見切り発車ぶりにハラハラドキドキ、というのが正直なところ。しかし、今更おじ気づいては示しがつかない、と踏ん張る‼︎

2カ月の間、4名のアーティスト⁉︎が順番に病棟を訪問。いい加減に偽アーティスト松本は引っ込まなくては、と焦る‼︎
そんな私の心理を察してくれるのが、創造力だけじゃない、想像力豊かなアーティストたち。アーティスト一人ひとりがネットワークを持っていることも初めて知り驚きました。テーマを持っていると仲間は集まる、よし、これだ‼︎‼︎
一人が音楽療法士を紹介してくれると、その知り合いの声楽家を。
一方では別の知り合いがスマイリングの宣伝をするやいなや、あっというまにイラストレーター、歌のお姉さん、ダンサーに大道芸人・・たくさんのアーティストがスマイリングの趣旨に共感して、子どもたちの力になりたい!と集まってくれました。
アーティストと病棟に行くたび、誇らしげ、そして内心得意な気持ちで、
どうだ!スマイリングはプロ集団だぞ‼︎
まだまだ市民権を得ていないにもかかわらず、
おのずと頰が緩むのをこらえるのに苦労するほど。
人のふんどしで相撲をとるとはこのことか、と自分に対して苦笑するも、
アーティストへの感謝は忘れたことはありません。
こうしてマツモト、チームワークが苦手という殻を破り始め、スマイリングとともに成長?を始めたのでありました。

続く・・。

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 SHJヒストリー26~よし、処置は後まわしだ!~

こうして痛い視線のなか平気を装って活動開始。

本来入ってはいけないところに入れていただく、そんな気持ちを抱え、

内心ドキドキなんだけど、そんな表情は待っててくれる子どもたちをがっかりさせるだけ。

そろっと入って廊下はおとなしく。プレイルームに着いたらエンターテイメント爆発だ。

とアーティストと目配せ。

ナースステーションにご挨拶。

「こんにちは!スマイリングホスピタルジャパンです。お邪魔します!」

「・・・」

一瞥もなし。  

スミマセン、ホント邪魔だよね。

なんとも卑屈な気持ちと居心地の悪さ。

でも負けない。

アーティストはそれ以上に「がっかりさせたくない」、と必死なのに松本がこれでどうする。

子どもたちの反応で必要性を証明しなくては・・。

盛り上げて盛り上げて・・。

活動2回目。ユニフォームはまだなかったから、病院ボランティアのエプロンをつけて参加。緊張を一生懸命隠す顔は固い固い。

力が入りすぎると鋭い子どもたちはその必死さを見抜く。

見透かされているような気持ちになるのはなぜだ!?

子どもたち・・・なにがはじまるの~? 面白くなければ部屋に帰るよ。

保育士さん・・・ほらほらせっかく来てくれてるんだから・・・。

ナースたち・・・甘い現場じゃないわよ。

医師たち・・・・・・・・・・・・・・。

子どもたちからたくさんの笑顔を引き出すんじゃなかったのか。

押し付けのボランティアなんて絶対に嫌だ!

寄り添おうとすればするほど空回り。

でも今思えば勝手に空回っていたのは松本だけ。

アーティストたちは、準備したプログラムや予期せぬリクエストに、たじろぎもせずにのびのびと応えている。すうっと溶け込んでいるではないか!

気がつけば、

子どもたち・・・ゲラゲラ大笑い。

保育士さん・・・△号室の〇〇ちゃんが楽しみに待ってます。

ナースたち・・・○○くん、よかったね~。

医師たち・・・おお、笑ってる、笑ってる。処置は後回しだ!

どれもこれも、子どもたちと家族が楽しみに待っていてくれるから。

アーティストのプロの技と、病院アシスタントボランティアの温かなフォローがあってこそ。

そして現場の理解と。

何より身体と心で大切なことを教えてくれ、背中を押し続けてくれた院内学級の生徒たちのおかげ。ずっと見守ってくれている。

続く・・。

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