〜子どもの権利条約〜

今年は子どもの権利条約が採択されて30年。

子どもの権利条約は1989年11月の国連総会で採択され、90年に発効されました。

✔︎差別の禁止

✔︎子どもの最善の利益

✔︎生存・発達の権利

✔︎子どもの意見の尊重

の4つを基本原則に、

18歳未満の子どもを、

大人に守られるだけでなく

権利を持つ主体として位置付けています。

196カ国・地域が批准や加入をしており、

日本は94年に批准しました。

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採択されてから30年、子どもをめぐる環境は改善されたでしょうか。

世界に目を向ければ、

途上国では

5歳前になくなる子どもの数が減少した

予防接種の実施度が上がった

など、保健や衛生面での大きな向上が見られたと思います。

しかし、別の課題が生まれています。

・自国内で紛争、内戦が起こり子どもがまず犠牲に

・地球温暖化のために干ばつが進み食糧困難が深刻に

・そのため生きるために移動しても国境を超えた途端難民となり人権を奪われる

さらに

・少年兵の問題

・児童婚や人身売買の問題

・女性が教育を受けたり社会で活躍する機会がまだまだ少ないこと

国内ではどうでしょうか。

教育分野で進展があったかといえば疑問符がつきます。

最近の「教育改革」は、子どもの権利が必ずしもテーマになっていません。

子どもが主体的に活躍できる、意見を堂々を言える権利を保障しようというのではないように感じます。

少年法 改正もまた然り。
一方で、児童虐待については、厚生労働省がマニュアルを作り、

児童虐待防止法をつくったりしていますが、児童相談所や児童養護施設の体制に

課題が満載と言わざるを得ない報道が繰り返されます。

ITの進歩による子どもたちの人権意識の鈍化も時代が生んだ大きな問題点です。

1948年に世界人権宣言が採択されました。

民族

人種

性差

・・・

戦後、色々な意味で人権を尊重するべきだとう動きが世界中で起こりました。

すべての人に保障されるべき人権の中で、

✔︎特に弱い立場に置かれている子どもたちに表現の自由を

✔︎虐待や搾取など、権利を侵害されないための特別な保護を

という規定

これが子どもの権利条約です。

戦後、平和を追求してきたはずなのに

気づけば激流と混乱にいるような気がします。

外務省による批准国一覧には内紛の起こっている国もあります。

一番の犠牲者は子ども。

”子どもが何よりの宝である”

ということを、世界中の人が今一度

権利条約をもとに

再確認することが必要です。

子どもの権利条約全文(日本ユニセフ協会サイト)

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〜 憧れ〜

子どもの頃に憧れていた

兼高かおるさんが先日他界されました。

幼い頃、家族でよくみたテレビ番組

「兼高かおる世界の旅」

の案内役。

留学後、英字紙でフリー記者として活動するなか、

飛行機を乗り継ぎ世界一周の速さを競うコンテストで記録を作り有名に。

それがきっかけで世界紀行番組を担当することになったとか。

✈️  ✈️  ✈️  ✈️  ✈️

この番組は海外紀行として憧れの存在でした。

日本人の海外渡航が自由化されるより前の1959年に

「兼高かおる世界飛び歩き」として始まり

翌1960年、私がちょうど生まれた年に

「兼高かおる世界の旅」

に番組名が変わったことは

訃報を告げる新聞記事を読むまで知りませんでした。

海外への憧れが日本中に浸透していく、

そんな大きな影響があった番組ではなかったかな。

もっともその頃はまだまだ個人が海外に気軽に遊びに行けるような余裕が

国民全体になかった時代。

高度成長期前半の頃ですから。

だからこそ、人気の番組でした。

じわりじわりと遠い世界への旅を

いつかは・・、と思い描かせる

そんな存在だったのだと今思います。

私が生まれたのとほぼ同時にスタートしてから30年続いたというから、

小さい頃から、父と二人暮らしをしていた25歳までの

長い時間擦り込まれるが如くに

頭の中に残っています。

唯一父と一緒に見て楽しんだテレビ番組だったな、と

ふと父を思い出しました。

いつも不機嫌で偏屈で。

私が作った料理も味が薄いなどと文句を言って絶対に食べない

誕生日にセーターを買っても

こんなの着ないよ

とタンスの肥やしに。

そんな父と唯一会話しながら楽しんだのが

この番組だったことを思い出しました。

仕事柄、海外出張が多かった父は

いつもの仏頂面は棚に上げて、

サムソナイトのスーツケースを片手に

趣味だったカメラを首にかけ

意気揚々と機嫌よく羽田空港を後にしたものです。

そんな姿を

苦笑しながら見送った・・。

そんな父を12年前に見送って帰ってこないのは、

どこか遠い海外で一人を楽しんでいるのかもしれない

などと思ってみたりします。

そうだといいなと。

都会に憧れて単独田舎から上京し

苦学と紆余曲折の末、国際機関に就職。

都会に、次は外国に

思いはいつもそんなだったから

母に苦労をかけたんだろうな。

「兼高かおる世界の旅」

ふと父とのあれこれを思い出させてくれました。

父の名も薫。

それもまた思い出として、憧れとして、

身近に感じる理由かもしれません。

気軽に社会貢献。ビッグイシューを買ってみよう!

私はビッグイシューが好きで、販売員さんを見かけると、よく買います。

(有)ビッグイシューはその販売を通して、

ホームレスの人々の社会的自立を応援しています。

毎回知り合いの有名人にバトンタッチしていく手法で

スペシャルインタビューが組まれるコンセプトのままに、

表紙はゲストのアップ写真だったり、

食がテーマの回は可愛らしいイラストだったりで、デザインがいい。

セレブへのインタビュー記事あり、笑えるコラムあり。

社会の課題に寄り添った記事も多く、雑誌としての役割をしっかり果たしている気がします。

自然体の内容、

読みやすいボリュームで一冊350円。

うち180円が販売員の収入になる。

最新版は販売員さんが手に持って売っています。

バックナンバーはクリアケースに表紙が見えるように入っていて、

通行人に見やすい角度でたてかけられていて。

つい、

あ、これも面白そう!

とバックナンバーの中身を教えてもらい、

ほんの数秒おしゃべりして、つい2~3冊買う。

ありがとうございました!

またよろしくお願いします!

笑顔で感じのいい丁寧な対応も、

おしゃれな表紙と充実の内容にぴたり。

頑張ってください!

ありがとう!

そんなやり取りは、気持ちがいいのひと言。

🌿 🌿 🌿 🌿 🌿

そもそも、家を失ってしまう、というのはなぜ起こるのだろう。

・年齢や健康上の理由などから、仕事につけないこと

・頼れる身寄りがないこと

また、障害を抱えていたり、困窮家庭で育って親族に余裕がなかったりして、

福祉に関する情報を得られなかったり

障害者福祉への周囲の理解が不十分であったりなど、

必要なサポートを得られずに育ち、

生計をたてられずホームレス状態に至る場合も少なくないという。

ビッグイシュー販売という仕事に出会い、ビッグイシュー基金*のサポートで障がい者年金がもらえるようになった人のことがいつだったか、コラムに出ていました。

ビッグイシュー基金=ホームレスの人々の生活サポートを軸に貧困問題解決を目指す認定NPO法人

🌿 🌿 🌿 🌿 🌿

冬の寒い季節、酷暑の夏、雨風をしのげる場所ばかりではない。

それでも販売員さんたち、頑張っている。

残念ながらビッグイシューを買っている人を見たことがない。

なんでだろ。

販売員さんを見かけたらぜひ1冊買ってみて欲しいと思います。

ビッグイシュー日本

 

〜ピース!〜

大好きだった義祖母が去年他界しました。

だから喪中につき、新年のご挨拶は失礼しなければならないところ、

ピース!

とは不謹慎な・・と言われそうです。

しかしおばあちゃん、

めちゃくちゃ明るい人でした。

遺影はなんとピースのポーズ。

1911年生まれ。

97歳の大往生。

激動の大正、昭和、平成を生きたお婆ちゃん。

苦労を重ねたはずの顔には笑顔の表情ジワしかない。

じつに、じつに陽気な人でした。

私こと、再婚して6年半。

ということは義祖母と知り合って6年半。

認知症を発症して特養に入るまでは

気が強く、時々キレては周りを困らせていたそうですが、

私はその後のおばあちゃんしか知りません。

いいとこしか見てないからな~。

いいとこ取り~。

とよく言わますが、

情熱的な人だったことは確か。

そんな義祖母はホームに会いに行くたびに、

「素敵な髪型だね~」

「赤いセーターよく似合ってるね~」

「マフラーがおしゃれだね~」

と、必ず小さなことを見つけては私のことを褒めてくれました。

そして我が息子である孫には、

「幾つになったの?」

「ハンサムだね~」

「今年何年生?」

「こ~んなに小さかったのにもうパパを抜いちゃうね~」

を何度も繰り返し、よく喋りました。

さらに、90歳を過ぎてなお達筆。

遠くに住む娘に手紙を書きたいと言って目の前で書く文字の立派だったこと。

それから、

女学校時代の話を繰り返し話して聞かせてくれました。

おばあちゃんの青春時代。

英語が得意でその頃よく歌ったという歌を

それはそれは綺麗な発音で、

会いに行くたび必ず毎回歌ってくれたものです。

しばし女学校時代の話、

銀行に勤めてからの話、

同僚の野球チームの応援に行った時の話・・・。

ひとしきりおしゃべりが弾むと

一緒に飲んでいたココアを飲み干し、

「じゃあまたね~」

と笑顔で。

エレベータに乗り込み、扉が閉まり見えなくなるまで手を振ってくれました。

また来るね~、と言うと返ってきたのは必ず

See you!

遺影は義祖母らしさに溢れている

満面の笑顔とピース!

手を合わせるより

ピースを返す方がしっくりきます。

今もそのユーモア溢れる笑顔が

毎日、元気と勇気をくれています。

ちなみにブログのプロフィール写真は義祖母と一緒に写ったもの。

隣にいつも大好きなおばあちゃんがいる。

おばあちゃんのピース!があれば

今年も大丈夫!

〜目指すは”大どんでん返し”〜

おせちを囲んでの正月の話題といえば、

子どもの頃からあたらしい1年に向けての星占い。

固く言うと、

占星学の九星気学。

占いを一切信じない私も、

一年の計は正月にあり

とばかりに、

どんな年にするのか参考に、

または興味本位でそれぞれの星ごとの運勢にツッコミを入れながら盛り上がります。

父がこの九星気学が好きで、初詣の時に買って帰り、必ずみんなで読んだもの。

生まれ年に応じて9つの星に分かれています。

私が生まれた昭和35年は四緑木星。

肝心の今年は

低迷運!

✔︎心配事や悩みが出て、解決の糸口が見えず苦しい立場になる

✔︎石橋を叩いて渡る慎重さで一歩ずつ前に進むこと

✔︎今は困難な状況を避けるためにも攻めるより守りに徹してください

云々。

今年は密かに飛躍の年、と目論んでいた矢先のこのアドバイス。

伸びしろがたっぷりある!

ということで納得。

いやいや、それが悪い癖。

ここ数年間、ひたすら突っ走ってきたから

そろそろ年齢と体力を考えなさい、

と言われている気がします。

しかし、守りに徹するなんで性に合わない。

月ごとに見てみます。

🍀 🍀 🍀 🍀 🍀 🍀

🍀1月

今年の目標を掲げて、切磋琢磨して能力アップを図ること(💪)

固定観念にとらわれず見る角度を少し変える柔軟性が大切

🍀2月

明るい笑顔が人間力アップ(😄)

🍀3月

無理をすると目的と異なった方向に進む

急がば回れの精神で(🏃‍♀️)

🍀4月

品行方正で人の手本となる行為を(🤚)

🍀5月

労多くして功少ない月(😭)

🍀6月

自分が主役に立つよりサポート役に(📣)

気配りが大切

🍀そして誕生月の7月

全力で突っ走るより全力を残した方がうまく行く

強引にことをすすめると敵を作るので何ごとも我慢強さが大切(😣)

🍀8月

止まっていては何も始まらない

これこれ!

このあたりから本領発揮か!

🍀9月

新しい情報を常に入手(👶)

🍀10月

積極的に取り組めば予想以上に成果が上がる(👌)

🍀11月

目先の損得より長期的に考えよう(🗓)

🍀12月

一度立ち止まって振り返る勇気が時には必要

🍀 🍀 🍀 🍀 🍀 🍀

密かなプランはじっくりと機が熟すのを待って熟成させ、

後半に実行・・

こんなところでしょうか。

始まったばかりのこの1年も、

地道に心を込めて、

一日一生の思いで

毎日を過ごしていきたいと思います。

石橋を叩くのを忘れそうになっても、

暴走しそうになっても、

たしなめてくれる心強いスタッフがいるから大丈夫。

今年もどうぞよろしくお願いします。