〜センサリーフレンドリー上映〜

・・子どもの人権 障がい 難病について綴っています・・ 
「センサリーフレンドリー」とは感覚に優しいという意味。

大きな音や照明の明るさが苦手な傾向を持つ自閉症や注意欠陥多動症(ADHD)などの発達障害の方に配慮した映画上映のこと。

そんな映画館の取り組みが東京新聞で紹介されていました。

2017/7/13投稿「バリアフリー上映」では、最も映画鑑賞が困難とされる目の不自由な方々のための音声ガイドつき上映について書きました。

セリフの合間に場面情報を補う副音声のナレーションを挿入して、映像を想像しながら鑑賞するというもの。

耳の不自由な方々のために、日本映画に字幕や手話をつけるなどの対応をするのもバリアフリー上映のコンセプトの一つです。

4/24投稿「耳で聴かない音楽会」では「音」を「振動」に変えて身体で聴くコンサート、音楽のバリアフリーを紹介しました。

今回のテーマは音などの刺激に敏感な方に配慮したセンサリーフレンドリー上映。

❤︎音は通常より約10デシベル低く。

❤︎ドドドド」「ガンガン!」など耳に刺激の強い音の時は職員が手動で音量を調整。

❤︎ノイズとなる予告編はカット。

❤︎照明は通常より明るめ。

❤︎上映中に動き回ったり、声を出すのは自由。

❤︎パニックになった時のための「クールダウンスペース」設置。

❤︎見通しを持てるよう職員がスクリーン前で「カウントダウンボード」を提示。

❤︎意思を伝えやすくするために「コミュニケーション支援ボード」を受付に用意。

❤︎トイレの場所などがわかりやすく表示された案内状配布。

実際体験した当事者の方からは、

「守られているような気がした」

家族からは、

「他の人に遠慮するストレスなく一緒に楽しめる」

という喜びの声が上がります。

障がいのある方が、他人に遠慮して生活を楽しむ機会を逸しているとはあまりにも理不尽。

どんどんひろがれ!

バリアフリー上映&センサリーフレンドリー上映

さらにネットサーフィンにより見つけました。

”ユニバーサルシアター”。

CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)』

バリアフリー映画鑑賞推進団体City Lightsが、防音工事や音響映写設備にかかる設立費用全てクラウドファンディング含む募金により
2016年9月にオープン。

目の不自由な方だけでなく、耳の不自由な方も、小さな子ども連れも、車いすの方も、誰もが安心して映画を楽しめる映画館、というコンセプト。

一度行ってみたい客席25の小さな劇場です。

こぢんまりと優しい作りは、感覚刺激に弱い方へのセンサリーフレンドリーの要素もきっとあるんだろうなあ。

こんな映画館、心ある人の善意だけに頼らず、当たり前に各地に広がることを願います。

〜サマータイム導入論〜

最初の導入は1916年、英国で。

そのきっかけは、夏に時計を進めれば、仕事がひけたあとでも屋外での活動を楽しめるから、でした。

実際の動機は、第1次大戦勃発による石炭不足でしたが、発想としては人生を楽しむための工夫が原点にあったようです。

私自身、英国留学中に、いつまでも明るい夏空の下、寮の友達と連れ出って放課後を楽しんだ思い出はわが青春!と思える貴重な時間です。夏休みにはスコットランドへ旅をしましたが、11時ころまで、うっすらと明るい空に、宇宙の営みの中にいるという、大げさだけど、震えるような感動を、味わったものです。

日本でも、省エネなどの理由で何度か検討されたと記憶します。

実際、戦後G HQの指示で行われたこともあったそうです。

今回は2年後に迫った東京オリンピック時の暑さ対策として急遽持ち上がったというわけです。

命を脅かすほどの今年の酷暑続きを思えば、東京でオリンピック、大丈夫か!と思う人は私のまわりには少なくないです。

そもそも、日本は緯度の関係で、北の国々のように季節による陽のある時間の差がないので、議論するまでもないような気さえします。

東京オリンピック時の酷暑対策は、競技の時間を朝早くにするしかないんじゃないかな。早朝でもすでにかなり暑いですが。

サマータイム・・・

まず、身体がついてゆけるかな、という心配。

さらに、I T化のすすんだ現在、システムの対応は最大のハードルだということは誰もが感じることでしょう。

サマータイム・・・

省エネや経済効果が発想のスタートか、生活を楽しむためがスタートか。

ある英国人の遊び心が発端だったとは、経済優先より人間優先。

サマータイム導入は人生を楽しむためだった!

〜女子大万歳!〜

「学ぶ意欲のあるすべての女性の夢を実現するため教育や研究の場を提供するのはお茶の水大学の役割」

トランスジェンダーの方たちで、戸籍上男性でも本人が女性と認識している人の受け入れについてのお茶の水大学学長室伏きみ子さんの考え方です。東京新聞「この人」コーナーで紹介されていました。

この主張が起爆剤となり、議論を始めた大学は他にもあるのではと思います。

この大学ではすでに2年間議論を重ね、反対意見はなかったといいます。

「結論を引き伸ばしても誰も幸せにならない」

学長としては結論を先延ばしにする意味はない、と判断したと。

専門の生物学の観点から、

無数の生物種の1つにすぎない人間が、互いを差別するのはおかしい。

人との違いを理由に片隅に追いやるような社会は間違っている。

と室伏氏。

深く共感します。

奇しくもこのタイミングで室伏さんの決断が公開されたことで、女子受験生を差別してきた多くの医大のちっぽけさがさらに浮き彫りになるのが皮肉です。

お茶大の学長という立場が口火を切ることで、間違いなく、流れができていくだろうと思います。

他の女子学校でも検討が広がり、当たり前の議論をして当たり前の結論が出たらいいな、と強く思います。

人権感覚のグローバリゼーション!

大相撲秋場所、

5場所ぶりの優勝を勝ち取った白鵬の笑顔は実に爽やかでした。

相撲ファンではないけれど気になるのは女人禁制。

そう、今日のテーマは女性の社会的立場。

土俵上で懸命に救命活動する女性看護師に「降りて」と日本相撲協会がアナウンスした出来事が物議を醸したのはついこの前。

女人禁制」って一体何?

「女性は汚れた存在で男性より劣る」

という日本特有の価値観は、伝統や習慣として片付けられがち。

ちゃんと説明してほしい。

明治政府が近代化の一環として禁制を解こうとしたこともあったとか。

さらに紆余曲折があってもなお、女性の地位が低く扱われ、女性自身もそれに甘んじてしまい、差別を存続させることになったとか。

今一度、立ち止まって考える必要がある。

思考停止がどんな悲劇を生むかは9/18投稿「立ち止まって考えること」http://ellie.smilinghpj.org/?p=4363

でも例を挙げました。

合理的な説明は結局誰にもできないのではないか。

ある親方は、

「男の世界だから」。

女人禁制で有名な世界遺産の奈良県大峰山では、

「山の神が嫉妬するから」だって。

嫉妬してるのは男性なんじゃないかと思ったりします。

女性の能力に。

~原始、女性は太陽であった~

西洋の魔女狩りなどはまさに女性が活躍されたら男性社会としては困るからだったからなんじゃ?

本当のところはわからないけど、ついそんな風に考えてしまいます。

もっとも、この場合の魔女とは女性に限ったわけではないとも聞いたことがあります。

そんな欧米も、女性差別は無くならないにしても、今では日本とは比較にならないほど女性が活躍できる環境が整い、人々の意識も高い。

日本はといえば、密かに多くの女性医師の誕生を阻止してきた。

さらに女性の管理職の比率が世界最下位(「Women in business」女性管理職比率ランキング〔調査機関 国際会計事務所グラントソントン2016年調べ〕

暮らしと仕事サイトより)。

ちなみにこの調査で1位はロシア 47%、2位はインドネシア 46%。

何れにしても女人禁制は女性差別で、国際条約違反であることは明らか。

教育のグローバリゼーションについて書いたのがつい先日(→9/14投稿「教育のグローバリゼーション」)。

人権感覚もグローバルスタンダードから大きく遅れを取っている日本。

精神文化を高めるためにはやはり、物事の本質、「そもそも」を追求し養うような教育改革が必要という持論に行き着く。

いつも落ち着くところはここなんだよね。

〜大好きな人〜

これほど生きることを真剣に、だけどさりげなく伝える人がいるだろうか。

大好きな女優、樹木希林さんが亡くなった。

死生観を押し付けるわけでなく、すうっとそよ風のように身をもって演じた人。

それでいて圧倒的な存在感。

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私が樹木希林さんのファンになったのは他でもない河瀬直美監督映画「あん」で。

渋谷アップリンクで視覚障害のある人も楽しめるよう配慮された音声ガイドつき上映(→2017/7/13投稿バリアフリー上映)。

ハンセン病の元患者の役だ。

暴行事件を起こし出所し、どら焼き屋の雇われ店長をしている男性との交流を描いた映画は、問題意識を決して押し付けることなく、流れるようにハンセン病の隔離政策について描いている。

ハンセン病療養所に暮らす女性が、卑屈にならず尊厳を持って生きる姿は誰の胸をも打つ。

内容もさることながら、樹木希林さんの魅力、人間力までもが爆発したような衝撃を受け、幕が下りてもしばらく席を立てなかった。

指先の曲がった手であんをこねる、そんな演技のために撮影の数週間前から手を縛って生活したと、何かで読んだ。

ものすごいプロ意識、女優魂だ。

それもそのはず、カンヌ映画祭で主演女優賞をとった。

表彰式ではいつまでも鳴り止まぬ拍手に、

「手が痛くなるでしょう」

と言ってさっさと舞台を降りた、というエピソードはいかにも樹木希林さんらしい。

相手の上っ面な態度も、虚栄も、見下げた態度も、全て見透かしていながら、

「あら、そう?」

なんておどけたような、ちょっとずれたような反応をする。

どこかすっとぼけているのだ。

本心バレたら困るでしょ。気づかないふりしてあげる。

そんな忖度が観る側の胸のつかえを取ってくれる。

続いて絶妙なカメラワーク。

相手のバツの悪そうな顔を写し、樹木希林さんの微妙なしたり顔に移る。

樹木希林さん独特の演技が生きる。

可愛らしい人だなあと思う。

「万引き家族」で、息子夫婦にさりげなく無心する様子、まさに希林さん独特の演技で、

うわべを繕ったり表面的にやり過ごそうとする醜さや虚しさを、突き付けているかのよう。

本質はこれよ!

とものすごい演技力で、時に目ぢからで観るものに訴える。

可愛らしさの中に、すべてを超越した、しかし押し付けのない迫力がある。

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40年近くも前になるだろうか。

悠木千帆という芸名で郷ひろみさんと「林檎殺人事件」を歌っていた頃は、お茶目な女優さんだな、くらいしか思わなかったが、

そのお茶目さに、年齢を重ねるごとに人間としての深みや魅力が加わっていったのだろう、と今思う。

そんな生き方、年の取り方をしたい、としみじみと思う。

芸能人が亡くなって初めて泣いた。

今でも樹木希林さんの優しい笑顔が、生きるってこういうことよ、と教えてくれているみたい。