在宅学習支援「学びサポート」音楽♫

音を楽しむ達人であり

音の楽しみ方を教えてくれる

SHJアーティスト&在宅学習支援ボランティア

石橋和子さんは、

スマイリングホスピタルジャパンがまだ

任意団体だった駆け出しの頃から

熱心に活動してくれている

シンガーソングライターです。

石橋さんは

ライブ活動に加えピアノ&歌唱の教師をしていますが

そのコンセプトは

音楽=音を楽しむこと。

だから生徒のフィーリングに任せて

自由に音を出し

歌ってもらうそうです。

生徒がリードする音にコードを乗せて

メロディーを作っていくなど、

生徒は気持ちよく音を楽しむ

そして一人一人のペースで

一人一人の創造力に合わせて

理論も読譜もすっとばして

とにかく音楽を楽しんじゃおう!

というのが石橋さんのやり方。

在宅学びサポートの音楽の時間は

学校の音楽の時間やピアノ教室が

こんなだったらよかったな・・

こんな先生だったらピアノ続けてただろうな・・

と思うほど

ワクワクの時間です。

在宅を余儀無くされる子どもたちへの学習ですから

様々な困難に対応するアプリやスイッチ

ICTをふんだんに取り入れます。

以前「在宅学びサポート」でお邪魔したお家のリビングルームで

右手の人差し指一本でパソコンを自在に操作するHさんの活動を

レポートしました。

彼はiPadのドラムアプリでパーカッション担当。

「楽しい!自分で演奏しているんだ」

進行性の病により

できていたことができなくなってしまうことがあります。

しかし、方法と環境を工夫すれば

好きなことを実現し、

自分の世界を広げていける・・・。

SHJの理念をHさんが目の前で証明してくれた

その模様はこちらに書きました。

→2017/12/18投稿〜ブルースセッション@ホーム〜。

ITは身体の不自由な方にとって自己実現のためのツール。

仮に身体のわずかな部分しか動かすことができなくても、

方法次第で思い描いた世界に漕ぎ出し活動することができます。

こんなことしたい!作りたい!自分を表現したい!

まず気持ちが前向きになります。

さらにITにはかなわない

想像力や創造性という感性の部分に限りなく寄り添い、

その場で即実現させてしまうところは

やはりプロのアーティストの技ならでは。

音楽=音を楽しむこと!

その方法はさまざま。

もちろん、理論からじっくりもあり。

フィーリングやエモーション主体もあり。

そしてICTとの融合も!

音楽って素晴らしい!

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〜理想のピアノ教室🎹〜

”お気に入りの曲を弾けるようになりたい”

テクニックなどより

そんな思いを一番大切にしてくれるピアノの先生がいたらな〜。

技術を身につけることはそのあと。

まず

楽しい! 弾けて嬉しい!

という気持ちから出発するピアノ教室があったとしたら

それは私の理想のピアノ教室。

SHJアーティストの演奏を聴くたび

うっとりしながら

「もっと練習しておけばよかった」

と自分の才能の無さと限界を棚に上げ

思うことしばしばです。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

小学校3年生から6年生までピアノを習っていました。

あの頃でも習い始めは幼稚園から1年生くらいが多かったようで

3年生でバイエルをやっているのは教室で私くらいでした。

そう、ピアノを習った人にとっては

懐かしい!

と思わず叫んでしまうのが

ピアノ教本「バイエル」です。

確か赤バイエルと黄バイエルがあって

バイエル黄色に進んだんだ

へえ~すごいね。

などという会話もよく聞かれました。

ちなみに

教員採用試験の小学校教諭の試験でも

「バイエル60番以上から一曲」という音楽実技があるとか。

それだけ定番中の定番教則本です。

そして、合わせて使ったのが

「ハノン」

反復による指のウォーミングアップは

リズムを身につけるための

単調な訓練で

はっきり言って面白くない教本でした。

ピアノを習うなら好きな曲を弾いてみたい・・・

そんな思いは当分お預けで、

バイエルとハノンでまずは

先生に言われた通りに練習、練習。

しかし音楽の才能は微塵もない私へ

教室では落ちこぼれへの視線を感じたものです。

その後ブルグミュラーに進み

好きになった曲もいくつかあり

しかし発表会で失敗して・・。

ソナチネに入るともう苦痛しかなくなりました。

ソナチネ2巻は親が買ってきたものの

ほとんど開くこともなく挫折。

ピアノ教室退会とともに

ソナチネ2巻含む全ての教本を封印。

しかしバッハ・インベンションだけはしばらく

つっかえ、つっかえでも

気に入って弾いていました。

とにかく

好きな曲を弾いてみたい夢は

そのまま苦手意識とともに封印。

好きな曲を自由に・・

という方針のピアノの先生などいないのだ!

バッハ・インベンションが好きなのね・・

とわかってくれて

せめてつっかえ、つっかえでも

興に入る私をそっと見守ってくれる・・

そんな先生はいないのだ!

と諦めそのままになりました。

今思えば

やってみたい!

という気持ちに寄り添い

自分のペースで

好きな曲弾いてみよう!

という考えの先生がいたらどんなに音楽を

心から楽しめたでしょう。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

私が長年封印していたそんな願いは

SHJの音楽家たちが子どもたちに向けて叶えてくれました。

好奇心旺盛な子どもたちに

感性を大切に音楽を楽しむことを教えてくれる

SHJのアーティストたち。

音楽=音を楽しむこと

これが基本なら、

苦手意識など吹っ飛んでしまいます。

一人ひとり違った

個性光るアーティストたちは

私がかつて出会いたかった

音楽の先生であり

音を楽しむ達人です。

”好き””楽しい”を大切にするアーティスト石橋和子さん

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〜All or Nothingでいい?〜

ゼロか100か。

これしかない思想は危険だと思います。

柔軟性、寛容、助け合いの精神は

グレーゾーンがあってこそではないのかなと。

学校現場で・・

学校に行かないのはダメ 行けば○

学校生活がどんなものであってもそこは問わず

とにかく行く、という選択を押し付けることにより

子どもを追い込むことになります。

行かないのは認めません。

ゼロか100。

しかし学校ではない場所で学ぶことの方が良かったりする。

クラスで・・

こんな考え発表したら

なんだお前、そんなこと考えてるのか

と笑われるのではないかという不安から

だんまりを決め込むか、

バカにされるのを覚悟で思い切って言うか。

ゼロか100。

そこにちょっとした話し合いの場と空気があればいいけど・。

個人で・・

問題を指摘されることにより

全人格否定された様に思い込む。

またはその人のある行動を問題にするはずが

全否定するような態度に出る。

これもゼロか100。

これ、日本人特有な性質なのだそう。

これは

コミュニケーション力や

集団での問題解決力のランクが

国際的な調査で日本がとても低いことと

無関係ではないでしょう。

集団で・・

新しいアイデア。

前例がないからと却下。

やってもいいけど自己責任で・・。

となります。

やり方を少し変てみない?

とか

この部分私が担当するよ

などと言う工夫、検討なしで

やるなら自分でやって! それでなくちゃ無理。

これもゼロか100。

トライ&エラーを繰り返して

人も社会も成熟していくんじゃないの?

社会で・・

一度犯罪を犯せば一生犯罪者。

深い反省の上に、自分の失敗を生かして人を助けたい

という気持ちがあっても這い上がるのは至難の技。

一度の過ちでレッテルを貼ってしまうのは

やり直しを認めない不寛容の極み。

ゼロか100。

人は学び続け変わっていくのに。

******

いずれも

背景や動機に思いを巡らす前に切り捨てるやり方です。

自分で背負ってください。周りは知りませんよと。

他人事、窓口抑制、自己責任論・・。

このような思想が根底にある社会の中で

大人たちの行動を見る子どもたちは

もはや大人は信頼できない

今だけ、自分だけの事なかれ主義者だと

見切りをつけているように思います。

共感や助け合い

多様を豊かさに生かすなど

発想にも至らないかごとくの冷たさ・・・。

これらの歪みは全て

子ども、若者、障害者、高齢者など弱い立場の人に襲い掛かります。

******

一人ひとりは

100人いたら百様の考え方

生き方があると心では思っているはずです。

しかし

社会の風潮の中で

ゼロか100か、

どっちかに決めければならないと

見えないげんこつに脅かされているみたい。

または

優柔不断なやつ、という評価を恐れるからか。

自分の考えをまとめないうちに

多勢に同調しておけば考えるという面倒を省き

楽で安心という

安易な生き方を選んでしまうのか。

******

いっぽう

当事者が立ち上がり

グイグイと行動する姿が

最近とても多くなったと感じます。

自己責任と言われても

痛くもかゆくもないと毅然と闘い続けます。

問題から目をそらさず

マイノリティであることをむしろ誇りとパワーに変えて

運動する人たち、すごい、と思います。

そんな姿を子どもたちにどんどん見て欲しいと感じます。

大人だって捨てたもんじゃないよ。

 立つ鳥跡を濁さず

これは日本人の美徳だったはず。

これから社会を生きていく若者たちが幸せであるために

社会を整えるのが大人の使命です。

“All or Nothing”

という想像力の欠如を超え

人権、当事者意識、共感、多様性

そんなキーワードが一人ひとりの心に刻まれたら

一人ひとりの良心が

きちんと活かせるような社会になっていく・・・

そんな気がします。

しょーゆーときは「ごめんね」って言えばいいんだよ。

 月に一度(または2~3回❗️)、

我が家で孫3人のお泊まり会があります。

メンバーはきれいに2歳ずつ離れた

小学2年生の8歳

保育園年長の6歳

そして保育園年少の4歳です。

この3人、色々な組み合わせで喧嘩をします。

ある日は8歳のお兄ちゃんと6歳の妹のいざこざ。

o(`ω´ )o○▲💢○💢▲○💢▲(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

そこへ

??あれれ??

と一番下の弟が仲裁に。

  このふたりはどーちたのかな・・?

     あのね・・・( ;  ; )

  ○○ちゃん、しょーゆーときは

  ごめんねって言えばいいんだよ。

     ごめんね。

     いいよ。

一件落着。

普段保育園で学んでいることを

家庭で応用した一番下の孫は

平和をもたらしたことで得意顔。

満足げにレゴ遊びに戻りました。

 思いっきり泣いて

 思いっきり怒って

 ころっと謝って

 ころっと笑って

 また元の遊びに戻って

 思いっきり笑ってる・・・

いいなあ、こどもは天真爛漫で。

側で見ている大人はイライラし始め

危うく

 そんなこと大したことじゃないでしょ

 泣くほどのことぉ~

 なに?なに?どっちが先に意地悪言ったの?

 ○○ちゃん、謝りなさい!

なんて余計な仲裁(仲裁になってない)

に入るところですが

大人は必要ないんですね。

一番幼い4歳に救われた顛末でした。

3人兄弟。

4種類の関係性の中で

コミュニケーションも豊か。

ある日は

3人が対立しあって大変な騒ぎになり

ばあばは

(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾爆発して

「いい加減にしなさい‼️」

となるわけですが

そうなると次の瞬間

三人とも目が点の同じ顔になる。

 ばあば、こわ~い。

そんな共感を真ん中に

3人は一気に仲直り。

けろっとして遊び始めます。

👧 👦 👶

大人はかえって邪魔なことが多いものです。

最近は怪我に至らない限り

放置を決め込むばあばです。

こどものちからと柔軟性を信じて・・・。

自分たちで

もんだいかいけつし

自分たちで作るへいわが

心地よいと感じる経験、

たくさんしてほしいな。

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〜多様性と「自己責任」🌎〜

多様性を重んじ

違いを受け入れ互いを尊重することは

特にグローバル化と呼ばれる現代社会において

何より大切な人権意識を育むための姿勢だと思いますし

教育の現場でも

・グローバル社会

・多様性

はセットで語られ

人間育成の指針としているように受け取れます。

しかし一方で

長いこと引っかかっていることに

「自己責任」という言葉があります。

社会において何かをしようとすると

「自己責任で」という言葉で

あとは勝手にしなさい。

といったふう。

何かに問題意識をもち行動したところ

意に反して止むを得ない危険な状況を招いてしまったとなれば

「一人で勝手に社会の約束事と違うことをやったんだろう」

と一蹴される風潮はないでしょうか。

行動の意味を深く考えずに

迷惑だ、巻き込まないでくれ

という主張が見え隠れします。

「自己責任」をかざし相手を批判することは

多様性を受け入れていない、

ということにならないでしょうか。

さらに「自己責任」で片付けようとする意見が広がると

あっという間に集団の声に引きずられて

個が潰されていく

そんな構図が出来上がっている気がします。

なるほど、そんな考えもあるな、

という柔軟さがイコール多様性を重んじることに

つながるのではないでしょうか。

学校現場を思い浮かべてみます。

ブラック校則が自分らしく生きようとする

子どもたちを縛りつけてきたのも

この違いを認めず多様性を否定する風潮と無関係とは思えません。

文部科学省サイト 

「2030年の社会と子供たちの未来へ」を見ると、

教育課程を通じて初等中等教育が果たすべき役割のビジョンとして

「新しい時代を切り拓いていくために必要な資質・能力を育むためには、学校が社会や世界と接点を持ちつつ、多様な人々とつながりを保ちながら学ぶことのできる、開かれた環境となることが不可欠である」

とあります。

「2030年の社会と子供たちの未来へ」より

また、同サイト

新しい学習指導要領等*が目指す姿の中の

「人生を主体的に切り拓くための学び」を見ると、

子供たち一人一人は、多様な可能性を持った存在であり、多様な教育ニーズを持っている。成熟社会において新たな価値を創造していくためには、一人一人が互いの異なる背景を尊重し、それぞれが多様な経験を重ねながら、様々な得意分野の能力を伸ばしていくことが、これまで以上に強く求められる。

とも。

*学習指導要領:学校教育法に基づき国が定める教育課程の基準。教育の目標や指導すべき内容等を体系的に示す

新しい学習指導要領等*が目指す姿」より

さらに同サイト

「学校における人権教育」を見ると

人権教育の取り組みの視点としては、

「他の人とともによりよく生きようとする態度や集団生活における規範等を尊重し義務や責任を果たす態度、具体的な人権問題に直面してそれを解決しようとする実践的な行動力などを、児童生徒が身に付けられるようにすることが大切」

とあります。

学校における人権教育」より

校則やたくさんの決まりごとで生徒を縛り

よりよく生きよう、よりよく行動しようという思考を奪う現場とは

まるで別世界の話のようです。

社会に置ける

自己責任で片付けようとする共感性のなさ

学校に置ける

没個性のための校則

がまかり通る環境に

多様性や人権意識を培う土壌はあるのでしょうか。

さらに文科省て明文化されているグローバル教育とは

・自国の伝統 文化への理解促進等

・外国語教育の推進

・海外留学、留学生の受け入れ

・海外子女教育の充実

・持続可能な開発のための教育

・オリパラ教育

・国際交流活動

とあります。

内閣府サイトグローバル社会で活躍する人材の育成」より

グローバル社会とは、

多様性の中で他者を受け入れ自分を堂々と主張し自己実現を図ることのできる社会

と捉えています。

しかし、文科省のいうグローバル社会で活躍する人材育成の方針には

形ばかりで基礎となる資質に触れたものは見当たりません。

聞こえの良い言葉には

具体性が伴わず空虚な印象です。

「人権と多様性を重視」

「自己責任」

とても矛盾を感じてしまうのは私だけでしょうか。