〜院内学級で出会った子どもたち〜

本の原稿を書きながら、

院内学級で出会った子どもたちのことを思い出しています。

教室での授業、ベッドサイドでの授業、

放課後の病室訪問・・・。

宿題がわからないと職員室を訪ねてくる生徒もいて、

病院にいるあいだ中ほとんど

彼らと過ごしたと言っていいくらい

濃密な関係だったように思います。

学級で関わる時間は短い子で数週間、

長い子で数年です。

もちろん今でも連絡を取り合う子もいれば

団体を手伝ってくれる人も。

お母さんとのお付き合いも続きます。

子どもたちは学びを通して自分の存在を実感します。

仲間たちは元の学校で変わらない毎日を過ごしながら

日々学習していることを思い描きつつ、

場所は変わってしまったけれど

一緒に勉強しているのだという意識が、

自分の存在の証となり、

闘病への活力になります。

治療を頑張って、早く前の学校に戻ること・・

それが子どもたちの指針となります。

そんな彼らは一般的に思い描かれるような

”闘病中の子ども”のイメージとは

かなり違っているように思います。

苦しみや寂しさ、不安など心の内側と折り合いをつけながら、

限られた環境の中でいかに楽しむか、

自分らしく過ごすかを工夫します。

そして学級の仲間たちとともに学ぶことで自分というものを確かめているようにも思えます。

病気と闘いながら

頑張れる自分に誇りを持っているかのように見える瞬間を

いくつも発見しては、

彼らの素晴らしさに心を打たれたものです。

子どもには、どんな状態でもたくさんの可能性があり

大人には太刀打ちできないほどのたくましさがあります。

そのような本来の子どもの特徴に加え、

幼くして困難と闘っているからこその

力強さ、

そして優しさが、彼らにはあります。

子どもたちに教えてもらった大切なこと・・。

そんなエピソードを本の中でいくつか紹介しようと思っています。

心臓移植を待つF君とのこと。

小型の冷蔵庫ほどの大きさの人工心臓をつけながら渡米を控え前向きに生きる姿に胸を打たれ、

小児の臓器移植という大きな課題に向き合わせてくれました。

また、3歳から入退院を繰り返し、

「医者になる」夢を置いて旅立ったJくんとのこと。

院内学級で出会った子どもたちとの思い出は

私にとって大切な大切な宝物です。

時には涙をにじませ、時にはうっとりとしながらの

原稿書きは

遅々として進みません。

しかしそんな時間こそが一番豊かなひと時だと思っています。

溢れる思いを一つひとつ確かめながら文章にしていきます。

院内学級の先生も!参加型活動が病棟の空気を変える!

治療や手術、血圧測定、採血、レントゲン、服薬、入浴・・・

入院生活も案外忙しいもの。

いろいろな処置の合間にしっかり身体を休めなくてはなりません。

学齢期の子どもなら、勉強もしなきゃ。

医師の許可があれば、院内学級に登校。

安静が必要ならベッドサイド授業。

宿題も出ます。

入院してるのに勉強?しかも宿題までやらされるの!?

という声が聞こえてきそう。

いえいえ、子どもは自由が制限されていればなおのこと

優先順位の高いものから取り掛かろうとする力があります。

退院してもとの学校に戻ったとき、みんなと同じ進度でいたいのです。

そしてもし勉強が嫌だな、と思っても

「するべきこと」があると

病気から気持ちをそらすことができます。

「治療だけ受けていればいい、薬を飲んで寝ていればいい」

それでは「退屈」というもう1つの憂鬱を抱えてしまいます。

子どものそんな思いに個別に寄り添うことが院内学級教員の一番大切な役目。

授業だけではない、放課後も病室を訪問して

入院しながらできること、やりたいことを一緒に実現しようとしたり

困っていることを一緒に解決したり

ただおしゃべりに花を咲かせるのもアリ。

趣味や好きな有名人が共通していたらグッと距離も縮まります。

子どもの方から職員室を覗きに来て、

宿題の質問や学習発表会の準備を一緒にやったり・・。

とにかく、治療の合間、体力があるときは

忙しくしている子どもたち。

授業が終わったらいそいそとプレイルームに途中参加です。

安静のためにベッドサイド授業を受けているところと

SHJの活動が重なることもしばしば。

勉強より、そりゃ、歌ったり作ったりマジックを教えてもらったりの方が

正直、魅力的。

理解ある!?教員だと、一緒に参加してくれる場合もあったりします。

先生、

「今日は楽しかったね」

なんて、思わずうっかり言ってしまう。

「でしょ?

👦 👧 👶 🧒 👦 👧 👶 🧒

プレイルームでの賑やかな参加型活動あり

ベッドサイドでのじっくり参加型活動あり

子どもだけじゃない。

どちらもそれぞれの形でいろんな人が参加してくれます。

それがまた様々なコミュニケーションを生みます。

退屈な入院生活

というイメージは何処へやら。

参加型活動にも星3つ⭐️⭐️⭐️!

Smiling Hospital Japan Official Website

〜ベッドサイド授業の学習環境づくり〜

 決め手は角度!そして教員の手がフリーになること。

院内学級にいた頃、ベッドサイド授業、というのがありました。

安静第一の状態であれば、当然、授業はお休みします。

でも、体調がすぐれないけれど、医療面で問題がなく、

負担のかからないペースで個別に学習できる状態の子どもには、

ベッド脇で授業をします。それがベッドサイド授業。

もちろん、いくら医師が勉強できる状態だよ、と言っても自分の体調や気持ち次第で

お休みすることもあります。

座ることのできる子はベッド上に座ってベッドテーブルの上に教科書やノートを広げて。

けれど、

体調が悪いけれど学習する意欲がある・・。

先生と話だけでもしたい・・。

という子もいます。

そんな生徒とは、教科書を読んで聞かせたり、意見をゆっくりと話し合ったり。

または世間話で少し元気が出たり、好きな芸能人の話で盛り上がれば

もっと元気が出る。

だけど、そればかりしているわけにはい来ません。

学校の授業ですから。

子どもはもとの学校に帰った時のことを考え、少しでも遅れをとりたくない、という焦りもあります。

その子の体調や気分と相談して、気持ちにいかに寄り添っていくのかが院内学級の教員にとって腕の見せどころ。

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学習をしたいけれど、起きることが困難な子は他にもいます。

術後で固定されていて動けない。

足の骨を牽引中。

さらに、

重度の子どもだったら普段から医療機器をつけながら横になって生活しています。

褥瘡を防ぐために体位を変えてもらいながら一定の時間同じ向きで、という子もいます。

そのような状態で、教員はどのようにして教科書や教材を提示しているのでしょう。

多くの場合、片方の手で子どもの見やすい角度に調整しながら、もう片方の手でページをめくったりします。

そうなると、活動はそれだけで精一杯。

教員も肩や腕が疲れてしまうし、見やすい角度に固定するのもままならず、

不安定な状態になってしまいます。

そこで、SHJの「学びサポート」では、ベッド柵やサイドテーブルに固定するアームを使用しています。

上下左右だけでなく、微妙な角度に調整できるので横臥位の場合もその向きに合わせることができます。

もちろん、上半身を少し起こす場合もその角度に合わせられます。

スイッチだってこの通り!子どもの動かしやすい装置、環境を作ります。

視線入力装置トビーを使う時は、モニターの重さをしっかりと支えられる比較的大きなアーム(パソッテル)を使います。

現在の院内ベッドサイド授業ではタブレットなどが導入されているはずですが、こちらも”支える”ことに課題があるように思います。

文科省には、寝ている状態でも教材を提示し、子どもと教員がやりとりしやすい器具にも予算をお願いしたい!

病気や障がいと闘っている子どもたちへの学習支援とは、本人の状態に寄り添った、心地よく学習する環境作りがまず大事。

細かな工夫と配慮があって初めて、教員たちの教材も活きてくるのです。

退院してからのこと -3-

自分の体験と、院内学級の生徒たちの退院後のことを重ね合わせて、最近思うことを連続して書いています。

今日はまとめとして、調べ続けているフィンランドの病弱児対応事情のうち、教職員の持つ裁量と教育理念の点でさらに掘り下げてみます。

フィンランドでは、一般の職員・教員がかなりの権限をもち(2017/7/17投稿 フィンランドの教育 参照)、子どもに必要な支援を得るために自由に関連機関や専門家と連携・協働できる。

日本では・・・

なにか特別なことを教育現場で行おうとすると、「校長の許可」「教育委員会の許可」に阻まれ、また「前例がない」が切り札となって積極的な改善をしようとしません。

日本にもフィンラン ドと同等の様々な専門知識を持った人々や、施設、制度が存在しているのに、これらが病弱児たちのために協働できていないのはとても残念です。

一方、フィンランドでは、国の総意としての教育理念が、「どのような子どもであっても、国の貴重な資源として 成長・自立できるように導くのが教育の目的」で、この理念をすべての教員や職員が、自分たちの教育目標としているそうです。

フィンランドの子どもたちは、なにか支援が必要な状況に陥った場合、多くの大人たちが話し合い、そして実際に支援してくれることを実感して成長していくようです。

このような環境であれば、たとえ様々な困難を抱えていても孤立することなく、人を信頼しながらのびのびと成長していくでしょう。

ここに、病弱児への教育姿勢の違いの理由があります。教員・ 職員が持つ裁量の違いと、教育の理念や目的の違いが非常に大きいのです。

基本的な考え方や価値観を変えていくためには大掛かりな意識変革がまずは課題となるでしょう。

人権や愛や自分ごととして物事を考え動く行動力、他人と協力し合うコミュニケーション力・・・

心のレベルでの土壌変革・・

きっと全てのおおもとである「教育」に問題があると思いますが、この点はそれてしまうので新たな機会に投稿しようと思います。

フィンランドでは、高学力と学力格差が少ないことで有名です。

それは子どもを自立させるために学校教育は必須という理念があるから。

たとえ病弱であっても、学校で適切な教育を受けられるよう様々な支援体制が存在しているのです。

一方日本では、普通学級は、特別支援を必要とする子どものための支援体制と連携が未熟なため、普通学級への通学が困難な場合に学校教育を十分に受けられないという事態が少なくありません。

そのため、特別な支援を必要とする子どもの学力低下や、将来の自立への壁という問題が発生しています。

ここに置いても、日本の教育制度の改革の必要性の大きさは計り知れません。

個人レベルでの高い問題意識も、制度や態勢に阻まれるということがここでも起こっているという印象です。

人が幸せになる国、そして子どもの幸福度の高いフィンランドから、日本は学ぶべき点が多分にありそうです(2018/7/6投稿 尊厳を守るのが社会の柱 参照)。

参考: 国立特別支援教育総合研究所ジャーナル  第2号 2013年3月 

 

退院してからのこと -2-

・・・8/3投稿の続きとして・・

フィンランドの教育制度や福祉制度についてブログに何度か書いています。

退院して院内学級から元の学校に復学した後の事情についても調べてみました。

明らかに日本と異なる点をいくつか見つけました。

🌀病弱の子どもや特別な支援を必要とする子どもへの対応:

1 病弱児を特別な存在としてみることなく、特別支援の必要な子どもとして他の多くの困難を抱えるこどもと同様の枠組みで支援している。

2  多くの大人たちが一人の子どものために支援をするフィンランドの学校では特別な支援を必要とする子どもが学級内にいた場合、その子どもには専属の支援をする大人が終日付き沿う。病弱児も同様の権利があり、例えば、白血病の治療を終えた子どもには、普通学級における様々な人的支援、物的支援、さらには専門家の連携がある。

日本では・・・

病弱教育に限らず「一人だけ特別扱いできない」という呪縛が学校にあるような気がします。

そのため、学校では退院し通学をはじめた子どもに対する特別な支援が徹底していないようです。

🌀支援する者同士の連携体制:

1 フィンランドでは特別な支援を必要とする子どものために週に1回会議が開かれる。参加者は、個々のニーズに応じた専門家であり、病弱児の場合には担任、管理職、学校保健師、臨床心理士、主治医、保護者、その他必要とする専門家など。

日本では・・・

普通学級における病弱児支援のための連携状況は、多くが校内の「校長」「担任」「養護教諭」間であり、 連携というよりは「連絡・報告」で、同じテーブルで首を集めて話し合う定期的な会議が行われているかどうかははっきりと確認できません。

日本の学校現場の職員向けアンケート結果に、気になる回答が見つかりました。

「忙しくて病弱児は後回し」

「教員間の連携でさえ、実はうまくいっていない」

「子どもの主治医や医療機関との連携は敷居が高くて連携できな い」

「病弱児はおとなしいし、支援の必要性を特段感じない」

保健師や 病院看護師からのアンケート結果には、

「学校側からのアプローチがあればいくらでも援助・協力を行う」

というのがあり、 学校との連携に対して積極的な必要性を感じていないようです。

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つまり日本では、

・病弱児には特別の支援が必要であることを教員や医療・福祉関係者が理解していない

・たとえ特別な支援が必要であっても、必要な関係機関や専門職と適切な連携が行われていない

・重要な連携が行われていないことに教員や 医療・福祉関係者が気づいていない

というのが現状のようです。

医療の進歩による重度障害を持つ子どもの増加に、トータルな生活支援がついていけていない現実は度々書いていますが、治療を終えた子どものその後のケアにも全く同じことが言えそうです。

関係機関の手厚いフォローと連携が大きな課題だと、痛感します。

続く・・