〜SHJアシスタントのちから〜

SHJ愛知地区のアシスタント布野裕子さんが、活動に寄せて素敵なコメントを綴ってくれました。

ぜひ紹介させて!とこちらに掲載することに。
活動の様子が伝わってきます。アシスタントの愛情や活動への思いが込められた、嬉しいメッセージです。

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~ 子どもも大人もみんなを笑顔にする、素敵なアーティストさんたちと共に ~

先週の台風一過の水曜日は、月に一度のあいち小児保健医療総合センターでのボランティアの活動日でした。
私が「スマイリングホスピタルジャパン」という団体のアシスタントとして活動に関わらせてもらいはじめてから、ちょうど1年がたちました。

「スマイリングホスピタルジャパン」というのは、毎月、様々なアーティストさんが病棟を訪問し、入院中の子どもさんたちに本物の芸術を届け、子どもたちや保護者の方たちも一緒に参加し楽しんでもらうという、素敵な活動団体です。

すでに名古屋大学病院では、隔月に一度の活動を続けてこられているアーティストの皆さん。昨年9月から、大府のあいち小児でも活動を始めるに当たり、アシスタントを募集していたので、仕事を終わってからでも参加できる時間帯だったこともあり、応募しました。

以前中学で仕事をしていた時、関わった生徒さん何人かが、定期的にあいち小児に通っていたということも、応募した理由のひとつでした。

私は、荷物を運ぶのを手伝ったり、当日の様子を写真におさめ、報告書を書くことや、当日参加してくれた子どもさんたちへのフォローなどが主な担当で、大したことはしていないのですが、毎回、アーティストの皆さんの素晴らしいパフォーマンスに、感動しています。

この日の活動は音楽ユニット「スーハーハー」のみんなで作る演奏会

当日まで、参加する人数も年齢層もわからないのですが、皆さんたくさんの引き出しを持っていらっしゃるので、集まった顔ぶれを見て、パッと当日のプログラムを考え、それがまさにピタリとはまり、子どもも大人もみんな笑顔が弾けていく様子は、見事というしかありません。

最初は恥ずかしくて、控え目なリアクションだった子どもたちも、どんどんイキイキしてきて目の輝きが増してくるのが、手に取るようにわかります。また保護者の方がリラックスした表情をされるのも印象的です。

このような素晴らしい活動に、少しでも関わることができることに感謝しながら、これからも続けていきたいと思います。

活動の様子がわかるブログはこちらです。
http://smilinghpj.org/aichi/

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アーティストの活動を、真心込めてアシストするアシスタントの存在は、なくてはならない縁の下のちからもちです。

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〜トータルなケア〜

小児トータルケアに関する研究会に参加する機会がありました。

今回のテーマは、退院後のフォローアップ。

緩和ケアの専門家や小児科医、看護師、そして現役の院内学級教員などか出席。

今回は小児がんの晩期障害や、サバイバーが社会生活する上での課題、フォローアップ外来の稼働状況とその対策が話題でした。

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スマイリングホスピタルジャパンの活動と直接関係はないけれど、ここでは院内学級の元同僚だったり、別の研究会で知り合った人との再開があります。また、新しい出会いにも期待して参加します。

もちろん、全人的医療を訴えたい団体の代表として、子どものトータルな成長を念頭に活動するわけですから、関連の勉強会にはできるだけ出席しています。

こういった会には、各地からチャイルドライフスペシャリストや看護師、病棟保育士も集まります。

病児の心に寄り添う立場の人たちです。

講演の合間の休み時間には知り合いを見つけては近況を話し合ったりして盛り上がる。それも楽しい時間です。

さて、今回は小児がん患者の退院後のフォローアップについて、3つの病院の医師が発表しました。

18歳以上の患者さんでも、晩期障害についてやフォローアップの外来があること自体知らない方が6割に達しているとの事実には驚きました。

サバイバーとして社会生活を送る上でぶつかる様々な困難へのフォローアップに課題が満載、というのがどこの病院でも共通したものでした。

入院中から退院後につながる課題として、治療前に精子や卵子の保存を家族が希望する場合、そのことの意味を本人にどう伝えるかが最大の悩みだとのこと。性教育が未熟な日本では、もはや医療者だけでは解決できない課題だというのが個人的な感想です。

「そもそもの部分」から変えていかないと難しいのだろうなという印象でした。

「トータルな全人的医療」に、アートが大きく貢献できることをいつか発表したいと考えながら帰宅しました。

〜またね!〜

 アーティストやアシスタントと、活動で悩むこと、迷うことなど意見交換をします。

特に話題になるのは、

「活動が終わってからの挨拶。ついまたね。と言ってしまうが、いいのでしょうか」

多数の人が課題に感じていることです。

早く退院することが一番なのに、

“またね!”

は、長期になる。という前提のようで・・というのが大方の意見。

そこで、

「そこまで深読みする必要はないと思います。それでも悩んだら、(参加してくれて)ありがとう!」

がベスト、だと伝えます。

どんな形でも、人との出会いは一期一会。

“またね!” で悩む理由はもう一つ。

こちらはさらに深刻です。

残り少ない時間を楽しく過ごさせてあげてください。

かなり悪いんです。

と案内されるのは、

命の期限を宣告された子どもと家族のいる個室です。重篤な状態にあることを承知で、思わず口から出てしまうのが、

”またね!”

次来た時、この子に会えるのかな。

明日は?将来は?

もう会えないかもしれない。

と思うから?

待って。

今日いち日を精一杯生きること、その大切さを子どもたちから学んできたはず。

ならば、時間の流れについて思い悩む必要は無くなります。

自分には明日は必ずあるけどあなたはわからないんだ・・。

という気持ちが根底にあれば、子どもたちに伝わります。

”明日、いえ一寸先に何が起こるのかはだれにもわからない。だから与えられた時間は皆平等だと思っています”

という考えを伝えます。

”またね!” は次回また会えること、また一緒に活動できることへの期待感を生みます。

付き添う家族にとっても励みになるように思います。

早く治してね。

お大事に。

という言葉かけにも疑問を感じる人がいます。

重篤であるかどうか、治癒にはまだまだ時間がかかるかどうかは、最低限の情報、たとえば、それにより接し方に注意が必要な場合などを抜かしては、それほど念頭に置かなくて良いのです。

むしろ、頭から「この子の病気はどんなだろう」

という疑問を拭い去ったほうがいい。

私たちは敢えて病名は聞きません。

病棟には、家族を含めた当事者以外、ほとんどが医療者です。

私たちのようなそうでない立場は、病気と向き合わざるを得ない子どもたちにとって、味方みたいなものです。

縁があって出会えた。

”またね!”

はご縁に感謝するってこと。

子どもたちからの宿題

病棟でのアートプログラムは、

アーティストの表現の場としては普段と違った緊張感が伴うものです。

プロフェッショナルとはいえ、闘病中の子どもたちの気持ちを楽しくさせるために、自身の専門分野であるアートにひと工夫、ふた工夫、そして一人ひとりに目を配ることが必要になります。

毎回勉強です、とボランティア活動を通して成長する自分を感じるというアーティストたちがいます。

プレイルームに集まれる子は何人?

ベッドサイドで個別の活動は?

年齢は?

安静度はどれくらい?

全てその日、その瞬間で変わります。

今回のアシストは、歌と絵本語りの活動でした。

毎週月曜日に活動するこの病院は小さな子どもが多く、アーティストたちはしっかりとそれを意識して準備しています。

絵本の場合、はっきりした色使いのもの、景色など抽象的なモチーフでなく、人や動物が中心となった動きのある絵を選びます。

活動や研修会を通して気づき学んだことをもとに、場合に応じた工夫と対策をして活動に臨む「クセ」のようなものが付いている・・さすがの熱意です。

アーティストとアシスタントは、毎回活動報告書を作成しながら1つひとつの活動を振り返ります。

その時に、子どもたちからもらった宿題を反芻し、次の活動に活かします。

それは、

🌀応えられなかったリクエスト曲を練習しておこう

🌀読んでと言われた絵本がなかったから次回は用意しよう

🌀色鉛筆をもう1セット余分に持って行こう

ということだったり、

💫楽器を渡して参加してもらうだけではなく、ワクワク歌いたくなるよう活力を引き出すにはどんな語りかけがいいか

💫活動を始める前にどんな会話や雰囲気作りで導入しようか

💫状況が変わった時、決められた時間の中でプログラムの順番をどう入れ替えたらいいか

💫障がいの重い子にはこちらの語りかけに対する少しの変化を見逃さないようにするには?

💫次回は手渡さずに、幾つかある楽器から自分で選んでもらおう

などだったりします。

今回は2歳、3歳、または5歳など、幼児さんが中心の病棟だから絵本をたくさん準備したアーティストですが、小児の頃からかかっている子どもは成人しても引き続き同じ病院で、ということは一般的なことです。

さて次のベッドには26歳の患者さん。

急遽、プレイルームの本棚からストーリーを選び、これなら・・と朗読をお願いした次第です。

思いの外、長い話だったため、汗をかきながら、そして最後にプレイルームで2名待っていることを気にしながらの朗読となってしまいました。

いろんな年齢の方がいる、ということ。

想定していた対象にだけ活動するのではない、ということ。

読み語りや朗読の場合、

絵本の中に、詩集など忍ばせておけば、時間に合わせて1つまたは2つ、患者さんと語り合うようにゆったりと朗読できるね。

そんな宿題を出された今回の活動でした。

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視覚障害陸上と「アイマスク」

「全国障害者スポーツ大会」が毎年秋に行われています。

新しく導入されたルールが、視覚障害の最も重いクラスに課せられた

「アイマスク着用」。

生活するときも、もちろん走るときも、わずかな光を手掛かりにしてきた選手にとってはなぜ?

という思いしかないだろう。

不自由さを克服しながらの競技は自分との戦いでもある。

さらに障害を重く?なぜ?敢えて?

もっと苦労しろ、と?

今まで若干でもメガネの隙間から入ってきていた光。

そのメガネの着用をやめ、アイマスクで完全に目を覆わなくては競技に参加できなくなった。

パラリンピックの理念は「残された機能を生かす」・・・

そのパラリンピックなどの国際大会でも、昨年から「目を完全に覆」わなくては

参加できなくなった。

しかし、少なくとも「障害者スポーツ大会」は速さ、優劣を競うより、スポーツを楽しむためのものではないのか。スポーツってなんだろう。

多くの人が参加することが理念の一つでもあるはず。

これまでよりもさらに不自由さを強要されることで参加者は減るだろう。

いっぽう、全国大会への出場には、予選の成績より、初出場者優先の地域もあり、障害者スポーツの裾野を広げる役割りを果たしているところもあるという。

「アイマスク」

光に対し多少の感受性がある選手と全く見えない選手との公平性を図るのが目的だそうだ。

困難と向き合い生きる人に枷を?

残された機能を生かしてはいけない?

公平か、不公平か、そこに照準を合わせていたら、だんだんに心が狭く荒んでいく。

決めるのは誰?

人間を合理化という枠にはめなければままならない社会。

幸せが遠のいていく・・

やるせない思いが重苦しく、息苦しさを生みます。

人間って冷たいな・・。

今年の大会は10月に福井にて。