〜電車の中で出会った素敵な人♪〜

先日たまたま、電車の中で盲の方と支援員が音楽の話をしている前の席に座りました。

リストやショパンの話で盛り上がっていて楽器は持っていないから、もしかしたらピアノを弾く方かな。と想像していたところ、会話の中でふと取り出したのは点字のノート。

真っ白でつるっとした厚紙に並ぶドット。

何が書いてあるのかはもちろんわからないけど、音楽家だから楽譜かな。

双子の姉妹でよく連弾をすると話していました。

「双子だからって、打ち合わせもなしで息ぴったりというわけじゃないんですよ」

と話す時のいたずらっぽい笑みがとても素敵で印象に残りました。

全盲であること。それだけで大変な苦労とバリアの中で生活しているはずなのに、この人のきらきらした輝きはどこから来るのだろう。

失礼とは思ったけれど、つい見とれてしまいました。

障がいのある人が、不自由のない人を基準として作られた社会で生きる、そんな姿を目にすると、それだけで圧倒されます。

しかもこの方はそれが当たり前であるかのように爽やかに現実と向き合っている。

困難なく生活する人にはない工夫を日々、駆使しながら生きる知恵。

社会の無理解や差別的な言動という理不尽さに向き合う勇気。

さらに、自由を当たり前のように生きる人への包容力まで併せ持っているかのようなオーラがあります。

とてつもない尊敬の念が込み上げます。

生活の上で物理的、精神的な支援を受けている方たちを思うと、私などはいかに甘えを持って生きているのかを教えてくれます。

〜友達100人できるかな?〜

🎶 1年生になったら

  1年生になったら

  ともだち100人できるかな 🎶

いやいや、幼い子にプレッシャーかけるなあ。

作者の意図は何も「友達100人目指そう!」

というわけではないのでしょう。

まして、100という概念がまだできていない(?)この時期だから、単なる比喩であるところが救い。

しかし、100という数は、この時期の子にとってとてつもない数である事はイメージできるかもしれません。それを狙って、

「仲良したくさんできたらいいな!」

と励ましているのかもしれません。

さらに、

🎶 100人で食べたいな 富士山の上でおにぎりを 🎶

「できるだけたくさんの人数」の次は、「日本一高い富士山」を持ってきたから、作者の新1年生への期待はかなり大きい。

孫は4月から新1年生。

保育園のお友達は揃って別の学校。

”お友達が1人もいない学校なんか行かない!”

と秋から宣言し続けて入学式を迎えた彼。

さすが、教室に一人で入ることを拒否。

他の子はきちんと座って彼が落ち着くのを待っている、という感じ。

”おお! 初心を貫く自我のあるしっかりした子だ”

と、おおらかに構えたいところ。

自分の時も含めて、大人の言われるまま、連れて行かれるまま、ぼんやりしているうちに環境が変わって・・。というのが6歳ではないかな。

でもうちの孫に限って違う。

”なぜ楽しかった保育園にさよならをして、知らない人ばかりの新しい場所に移らないといけないのか!?”

というのが数ヶ月続いた彼の悩みでした。

しかし、そんな悩みも一瞬でふっ飛んだのです。

・・案ずるより生むが易し・・

いったん教室に入ると、何事もなかったかのように友達もその日のうちに作ったようで。

実体験を積んで失敗を恐れない子になってほしい。

大人の方は、いらぬ心配をすることはない、子どもの可能性を信じなさい、

と教えられました。

それにしても、4/5の入学式以来、何度も歌っているだろう「ともだち100人」。

新1年生が学校で必ず歌うこのスタンダードナンバー。

「一ねんせいになったら」作曲は山本直純氏、作詞はまどみちお氏。

名曲は歌い継がれます。しかし、

”そんなにたくさん無理に作らなくていいからね”

というのがばあばからのメッセージ。

みんなと仲良くできる子はいい子(?)。

自我の強い孫には無理。

私も一人遊びが好きだったから100人もいたら右往左往しているうちに風に飛ばされていただろう。

ごく限られた超アウトドア仲間が秘密基地に集ってみたり、ある時は一人自分の世界を楽しんでみたり。

そんな「わたしらしさ」を貫いていた。そして自然体で楽しかった。

孫よ、友達100人はともかく、周りの人に優しい子になってね。

 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶

〜苦悩の日々があって今がある〜 6

苦悩シリーズ最終回。

もうここまでくればトントン拍子。

というわけにはいかない。

動かない右手の代わりに左手でレポートを。

「ふざけた字はやめなさい」

と教官からお叱りを受けたことも。

負けず嫌いの私は事情をわかってもらわないと気が済まない。

丁寧に手紙をしたため、わけを伝える。

すぐに返ってきた返事は励ましの言葉。

俄然やる気になりました。

それにしてもあの頃はまだまだ手書きレポートの時代。

せめて翻訳をしていた時のようにワープロぐらい使わせてくれても・・

と思ったが、それは今だから思うこと。

なんとか自分のペースで全てのレポート、試験を終え、単位を取得。

待っていたのは3週間の教育実習。

40過ぎたおばさんにとっては針の筵。

この辺りからストーリーは昨年7月投稿のブログにつながります。

SHJヒストリー1~小さな勇士たちとの出会いを生んだ「やっぱり学校で英語を教えたい!」~

目標に向かっていると身体もよく動くようになり、軽いまひと痺れ以外は忘れてしまうほどに回復しました。

それも子どもたちからの支えがあったから。

毎晩徹夜で指導案を作って授業に臨む私を、

「頑張れ!ママ」と応援してくれた我が子たち。そして、

「頑張れ!先生」と励ましてくれた生徒たち。

それまでの苦悩が一気に意味あるものにと変わりました。

やっと気分が上向きになったところで、明日からは明るいブログにしていきます。

〜苦悩の日々があって今がある〜5

自分のこれからを決める大きな決断まであと2日と迫った。

やっぱりやめておこう。

この身体では無理。

でも・・。

次の瞬間、心がそっくり入れ替わったような感覚を覚えた。

「続ける。」

こんな時、よく天の声が降りてきたとか神の声を聞いた、

とか人は言う。

私はスピリチュアルな世界はよく分からない。

だけどもしかして「座敷わらし」?

このおばさん、いい歳して、イジイジとじれったい!

とばかりにいたずらを働いたにちがいない。

ちょっと大変かもしれないけど、この人相当悩んでる。

背中を押しちゃお!えいっ!

てな感じで。

思えば、私自身幼い頃、いたずらで超お転婆だった。

「あの頃の張り切り娘はどこへ行った?

あなたは自分らしくあるいていく道を見つけかかったんでしょ」

とわらしが励ましてくれたにちがいない。

そして今の活動の対象はまさしく子どもたち。

つながった、つながった。

その頃はもちろん、子どもたちのための活動を始めるなんて夢にも思っていなかったけど、

座敷わらしの粋ないたずらが昂じた結果、今があるのかな。

やっぱり苦悩に寄り添ってくれるのは子どもたち。

今も子どもたちに支えられてる。

〜苦悩の日々があって今がある〜 4

休学していた通信制大学の復学について決断の時が迫っていた。

リハビリ通院から帰宅した昼下がり、陽の当たらないダイニングテーブルにひとり、大学からの書類を前に途方にくれた。どのくらいのあいだ自問しただろう。

まず右手が使えないとなると、膨大な数のレポートを仕上げることができるのか。

年に4回の試験に向けた準備のため机に向かいながら背中の痛みに耐えられるのか。

3週間の教育実習は?

待って。どうしてもとりたかった教員免許ではなかったの?

これ以上の敗北感は味わいたくない。

でも今の体力と痛みでは自信がない。

無理

でも…

無理

いいの?

夢を諦めるの?

堂々巡りのうちに、陽は傾き西日が書類を照らした。

どうするつもり?とばかりに。

そろそろ帰宅する子どもたちを迎えるため、思い悩む暗い顔はここまで。

あと一週間考えよう。

答えを先延ばしにしたままソファに横たわり、肩の緊張を預けた。

愛犬ラッキーがソファに飛び乗り、待ってましたとばかりに私の顔を舐める。大丈夫だよ、と優しい眼差しをくれるラッキーを抱きしめて目を閉じた。

ただいま!

息子の元気な声が静寂を破り、ラッキーは一目散に階段を降りていった。

そんな日々がしばらく続いた。