〜万引き家族〜

なぜ万引き?

パルムドールを受賞した話題の映画

是枝裕和監督作品「万引き家族」

を観ました。

家族とは?というテーマで作られたこの作品になぜ「万引き」という反社会的行為を監督は作品の柱に選んだのか、夜も眠れないくらい考えました。

余韻を投げかけられ、しばらく場面が次々に消えてはまた別のシーンが脳裏に浮かぶ中、

ふと、対になる言葉の組み合わせがよぎります。

家族 他人

愛 虐待

密室 社会

実の両親に育てられながらも虐待を受ける子どもと、他人である仮の家族に「万引き」を教えられながらも愛情をたっぷり受けて育つ子ども。どちらが幸せなのか。どちらの家族が罰せられるべきなのか。

その対比のために、あえて仮の家族に

「万引き」

というマイナスを加えたのではと。

児童虐待も万引きも反社会的行為だけど、虐待は家庭という密室で、それに対して「万引き」は家の外の社会で行われる罪。

愛情ある一家庭が、人の目や監視カメラが警戒する場所での反社会的行為であるがために知られるところとなり罰せられる。

一方、憎しみに満ちた家庭は、虐待が密室での行為であるために、表面化せず罰せられない。

仮面家族の虚しさ冷たさと、仮の家族だけとみんなで支え合う温かさも対比されていて、観る側にたくさんの問題提起をしている作品でした。

是枝監督、文科相からの祝意を辞退するそうです。

そればかりか、

助成金を受けた以外、全ての顕彰を辞退しているといいます。

「公権力とは潔く距離を保つのが正しい振る舞い」と、きっぱりバッサリ。

偽り、ごまかしがまかり通ってしまうこと、その悔しさ切なさをじわりと伝えているこの作品。

どうだ、と、問題を突きつける監督には、ごまかしなど微塵もない高潔さが漂います。

 

〜みんなが作るみんなの学校〜

「義務教育」ってなんだろう?

「子どもは学校へ行く義務がある」という風に捉えられちゃってない?

そのせいか、学校と子どもとの関係が上下に分断されているように思えてなりません。

学校を運営する立場と授業を受ける生徒というように。

垣根を取り払って互いに学び合える場になれば、

そしてみんなが学校を作っていく、という意識に変われば、

生きた教育の場になるのではないかな。

ここで「義務教育」の意味をおさらいしてみます。

憲法26条第2項に、

「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育はこれを無償とする」

とあります。

「子どもが教育を受ける義務」ではなくて「大人が子どもに受けさせる義務」です。

これは子どもにとってはあくまでも「教育を受ける権利」なはず。

ところがいざ不登校になった子は、するべきことを怠っている、とばかりに問題行動として咎められる傾向が未だにあります。

これは子どもは学校に行く義務があるという観念に基づいた現象です。

無理やり行かせたら子どもの心は置いてけぼりです。

子どもにとって権利としてあったものがいつの間にか責務のようになっている。

学校は画一的で同調することが多少なりとも求められる集団活動の場になっていないかな、と子どもが中学校に通っていた時に感じたものです。

そうだとしたら、行けない子にとっては苦役になってしまうでしょう。

子どもたちはHappy かな・・。

すぐ近くにある母校の前を通るたび、鉄格子越しに校舎をふと見上げます。

そんな中、

みんなが作るみんなの学校を見つけました!

その名も、

大阪市立大空小学校

日本にも手作りのすごい公立学校がある、と聞いたのを思い出してホームページ検索してみました。

みんなが安心して学んでいる奇跡の学校としてドキュメンターリーで紹介され、さらに2015年に劇場版『みんなの学校』として全国の映画館で公開となりました。

発達障がいの子も、知的障がいの子も、みんな同じ教室で学ぶ学校。

なぜ今まで知らずにいたのだろう。元学校職員として迂闊であった!

この学校は地域の児童数増加のために2006年に開校されました。

全員が守らなくてはいけない約束事はただ一つ。

「自分がされていやなことは人にしない いわない

さらに学校の理念は、

「すべての子どもの学習権を保障する」

子どもの権利を前面に出しています。

地域にも開かれていていつも学校の職員以外が関わっているといいます。

大人にとっても安心できて、大人が学ばせてもらえる、子どもたちと共に成長させてもらえる、と。

もはや学校に行く行かないの議論を超えています。

多様性が入り混じる学校は、どこにも分断はなくて互いを尊重しながら

みんなで作り、作り続けていく、

そんな温かみのある「みんなの居場所」なのでしょう。

映画になった頃は話題になったはずなのに、同じような学校が増えていかないのが残念で仕方ない。

一度訪れてみたい「みんなが作るみんなの学校」です。

〜乳児院での一コマ〜

月に1度、病院附属乳児院の子どもたちと音楽やお話で触れ合います。

昨日の活動は、朗読=あずみ&コントラバス=村木充からなる朗読ユニット、トッテカルーソによる

「音とことばの読み聞かせ」。

集まった子どもたちは総勢30にん、

マットの上でちょこんとお行儀よくお座りして待っていました。

窓越しに二人を見つけると、わーっと言いながら手を振って歓迎してくれました。

子どもたちの動きや表情を見ながらゆっくりと読み聞かせるあずみさんの声は、透き通っていて子どもにも大人にも耳に心地よい。

子どもたちは、耳はお話に、目は絵本の挿絵に釘付けになって集中しています。

あれ?みんな成長したな~

というのが最初の印象。私が前回アシストした時より数段落ち着いてしっかりしたように見えました。

顔も覚えてくれたようです。

話しかけてくれたり、手を伸ばして抱っこ!と甘えてくれたり。

のびのびと気持ちを表してくれたこと、とても嬉しくって可愛くって。

👶 👦 👧 👶 👦 👧 👶 👦 👧 👶 👦 👧 👶

さてさてお話は続きます。

進むにつれてだんだんと絵本に近づいて指をさしたり飛び跳ねたり。

季節がテーマのお話に合わせて、村木さんはコントラバスの弦だけじゃなくて本体のあちこちを叩いたり弾いたりしていろんな音を出します。

貝のシェイカーやカリンバの音も、雨や水などいろいろな自然の風景に変化して、興味津々な面々。

「触っちゃダメよ」という保育士さんたちの言うことを、きちんと聞いてお利口にしてるけど、からだは正直。

いろんな楽器を前に身を乗り出して、じわりじわりと手が伸びる伸びる。

時間も迫ってくると最後はコントラバス演奏体験。

やった!

「演奏したい子は並んで、並んで」

あずみさんの促しに、長蛇の列。

一人ずつ、弓を持たせてもらってアンパンマンの1小節を演奏。

たくさんの拍手と「すごいね~!」という賞賛の声に、大満足の大きな笑顔、笑顔、笑顔。

保育士さんたちの力で、とっても伸びやかに育っている子どもたち。

スマイリングの参加型活動で

できた!と自信をつけたり得意になったり。

そんな機会をもっともっとプレゼントできたらいいな。

私も子どもに戻って一緒にはしゃいだひと時でした。

トッテカルーソFacebook

🔹Give One オンライン寄付〜E-ファンドレイジングチャレンジキャンペーンに参加しています〜
開始時間:5/22(火)11:00~
終了時間:7/5(木)~23:59(日付が変わるまで)

〜病棟の写真屋さん〜

スマイリングホスピタルジャパンでは、登録カメラマンによる撮影会を、希望する病院の小児病棟で定期的に行っています。普段のアート活動中の自然な様子や親子写真を、フォトブックとCDにして、おしゃれにパッケージしてプレゼントしています。

担当はsay photography shioriさん。

今日も写真屋さんの日でした。

shioriさんの優しく語りかけながらの撮影は、カメラを向けられる緊張感をほぐし、リラックスした自然な笑顔を引き出します。

一年半ほど前に始めたプロジェクトは、プロ写真家のshioriさんがボランティア応募してくれたのをきっかけに始まりました。

希望を聞くと、ほとんどの家庭が是非お願いします、と意外そうにしながらも喜んでくれます。

7/10投稿「今日は病棟の写真屋さんの日」に、ある日の写真屋さんの様子を綴っています。

写真屋さんへのアンケートに寄せられたメッセージには、

長い入院生活でした。こうやって写真に残して頂けたことで、子の成長が感じられ、また入院中の我が子に「何もしてあげられない」ことへの罪滅ぼしにもなりました。

というのがあります。

入院中は、家族で写真を撮る機会となる週末の遠出などのイベントもなく、親子揃って写真に収まるタイミングがありません。それどころか、そんな気にはならない、というほど、時間的、精神的にも余裕がないのが入院生活です。

でものちのち、入院中に撮った良い写真があれば、その頃を話題にもでき、「頑張ったね!」

と子の勇気を讃えるきっかけにもなります。

活動に夢中になっている姿は、辛い時間を乗り越えられた思い出になるでしょう。

それは次の感想からもうかがえます。

子が大きくなった時に頂いた写真を一緒に見ながら、病気のことも話してあげようと思います。

「病棟の写真屋さん」は、まだ一つの病院でしか実施できていません。もっともっと病院の理解が広がればいいな、と強く感じています。

普段の様子をプロに撮ってもらうというのは、通常なかなか機会はないもの。

「入院してたからできたね」

と言ってもらえたら、入院というものを100%マイナスと捉えずに済んでいるということ。

これ以上嬉しいことはありません。

say photography shiori Official Website

🔹Give One オンライン寄付〜E-ファンドレイジングチャレンジキャンペーンに参加しています〜
開始時間:5/22(火)11:00~
終了時間:7/5(木)~23:59(日付が変わるまで)

〜かんてんぱぱ〜

梅雨に突入したにもかかわらず、山へ川へと気持ちが急いて安曇野&伊那へ。

雨の中安曇野堀金道の駅でいつものように車中泊して目覚めると土曜日は晴天。

迷わず来て良かった!

今回はオートキャンプ場の下見のために山の中を安曇野から伊那へとドライブ。

と、鬱蒼と茂る木々の間から忽然と姿を現したのは、広大な楽しげなスポット。

その名も、

「かんてんぱぱガーデン」

長野県伊那市にある伊那食品工業株式会社が「お客様も社員も快適に過ごせるように」との願いを込めて駒ヶ根につくった庭園です。

かんてんぱぱといえば、寒天ゼリーの素と、それに付随する商品のブランド名。子育ての頃に、ワイワイ子ども達と作ったのを懐かしく思い出しながら、ガーデンを散策。

なんと3万坪の敷地内に2つのレストランとそば処、それに美術館、健康パビリオン、試食コーナー充実のかんてんぱぱショップ・・。

社員自ら手入れや管理を行っています。誰もが笑顔で楽しそうに働いていることにまず感動。そんな私の印象に応えるようにレストラン脇の販売コーナーにちょこんと置かれた塚越社長著の「年輪経営」を発見。生き生きしている企業であるためのエッセンスがこの中にあるのでは?と思わず手にとりました。

会計ではつい店員さんに、

「みなさん本当に生き生きと働いていて素敵ですね」と話しかけ、

食事と本の支払いをしようとすると、

「そうなんです。社員は全員この社長の本を読んでいて」

と嬉しそうに話していたのを見て、やっぱり!

働く側の幸せを願って、そしてそれが叶ってこそお客さんが商品やサービスに満足し、ハッピーになる・・創業者の理念はスマイリングと全く同じ考え方です。

ワクワクして嬉しくてたまらない!

「誰もが幸せになるNPO」→7/16日投稿ブログ

「誰もが支援する側される側」

という運営方針をかがげるSHJ。

メンバーが一堂に会する全国研修会でも開会の挨拶で確認させてもらったのが、

「みなさん、スマイリングの一員としてHappyですか?」と。

ほぼ!?全員が元気良く手を挙げていました。

とかくボランテイア活動は無私、奉仕の精神でというのがイメージ。しかし、「世のため人のために動いている」ということのみで得られる満足感というのはそう長くは続きません。そもそも、活動する者がつまらなそう、辛そうにしていたら相手も周りの人も気をつかうだけ、ありがたみ半減。ありがた迷惑でさえあるかもしれません。

多くのボランテイア団体が「ボランティアが定着しない、すぐにやめてしまう」という悩みを抱えると聞きます。その理由はこんなところに潜んでいるのかもしれません。

自分を捨てる必要なんて全くない。やりがいや楽しさ、学びあってこその社会活動だと思うのです。まず活動者自身が楽しく、そして活動により得るものがあり満足できなくては決して長続きはしません。ただし、言うまでもないことですが、自己満足に陥ってしまっては本末転倒です。

企業や団体がうまく回り多くの支援者に恵まれるための基本は同じ。実はとてもシンプルです。何を提供するのかと同じくらい大切なのが携わる人&受ける人の幸福度にあります。

犬も歩けば棒(幸運)にあたる・・

動けば必ず共感やヒント、インスピレーションを与えてくれる何かに出会える、

その実感をさらに強くした1泊2日の旅でした。

「年輪経営」これから読むのが楽しみです。

感想はおいおい書いていきます。