〜SHJヒストリー6 芸術鑑賞会はヒントの宝庫〜

病院の中の学校といっても教育課程は普通校とほぼ同じ。行事だって同じくらい、いえそれ以上にあります。

入学式などの式典はもちろん、新学年が始まると春の遠足、校外学習、夏休みは夏季登校日もある。

2学期はまさに行事の秋。芸術鑑賞会、文化祭、2回目の校外学習。3学期は書き初めや卒業生を送る会。

忘れちゃいけない、定期試験もバッチリあって、通知表、修了証で1学期を、1年を振り返ります。

変化のない院内の生活にイベントが潤いを与えてくれます。

特に芸術鑑賞会の企画運営を担当した時は、子供たちの笑顔を楽しみに当日を迎えた覚えがあります。

しかし、「芸術鑑賞会に予算が全くついていない」事実には面食らいました。外に出られない子どもたちにとって本物のアートを鑑賞する貴重な機会だというのに・・。無償で芸術を見せてくれるボランティアを探すことから始まりました。

そうだ、せっかくここは大学の構内。部活動やサークルを当たってみることに。

すぐに思い当たったのが、御殿下記念館(体育館)の外での練習風景をよく目にしたジャグリング部。休憩中に声をかけてみると二つ返事で引き受けてくれました。

日常、縁のないジャグリング。事前学習ではお手玉で子どもたちと体験しながらその難しさを実感。

目の前で繰り広げられる芸に、キラキラ輝く目をまん丸くして技の数々を堪能していました。

こういう高揚感はきっと血の巡りも良くなるだろうな。

血液の循環が良くなったら治癒力もアップ!

さらにワクワクする時間が繰り返しあったら治療だって頑張れる。

治療は対症療法(お医者さんゴメンなさい)、アートは活力増進剤。

体力がアップして、底力がつく!自然治癒力がグーンと高まる!

こんな理屈を自分の中で反芻しながらニンマリ。

知り合いの芸術家の顔を次々に思い浮かべては、次回の芸術鑑賞会は⚪︎⚪︎さんに頼んでみよう、などと勝手に計画。

そこではたと気づく。鑑賞会は年にたったの2回。ワクワクが足りない!

と、これも思えばSHJにつながる課題の一つだったのだ。

次の鑑賞会には知り合いのジャズシンガーに来てもらいました。バンドも集めてくれて・・その中にはボイズパーカッションの第一人者もいたから、特に男の子たちは大興奮。

ただいま治癒力アップ中。と一人呟く私。

課題への手立てにまた一歩近づきました。

続く・・。

〜SHJヒストリー5 精一杯自分を生きる〜

私をSHJへと導いてくれた素晴らしい子どもたちとのエピソードを感謝を込めて綴っています。

3歳の頃に小児には珍しい固形がんを発症し、治療の効果が出た小学校の頃、退院して大好きなサッカー練習に励んでいたRくん。しかし時を置かずして再発し、再び長い入院生活を余儀なくされました。中学に入って東大病院に転院し、1年後に担任として深く関わるようになりました。長期にわたる苦痛と制限だらけの生活、不条理と折り合いをつけてきた病院での毎日。入れ替わり立ち替わり病室に入ってくる医師や看護師に励まされる日々。だけどいったい何を信じればいいのか。自分が生きている意味は・・。など、いつも考えていた、年齢よりはるかに成熟した精神を持っていたRくんは、大人にとっても意見を求めたくなるような少年でした。若干十代でありながら人の何倍も苦労してきた彼の言葉は、説得力と重みがあって、一緒にいると自分の未熟さを見透かされているよう、そして試されているような気持ちになりました。

・・時には普段避けているような話、触れたくないような深刻な話まで。

「ねえ、先生だったらどうする?」「これってあんまり人に言わないほうがいいかなぁ・・」

心の深いところまでぐいぐい入ってきて狭い穴ぐらのような個室で秘密会議みたいな雰囲気になったこと、何度あっただろう。

もっとも、私はもっぱら聞き役、気の利いたことなんて言えるわけない。口から出てくる言葉が全て綺麗ごとになって、嫌になる。

それよりRくんの考えに耳を傾けていた方がずっと豊かな時間となったものです。

努力家の彼は英検を受けるための準備を始めました。院内学級でも準会場として筆記試験は実施できても3級からは面接があります。一次の筆記試験を高得点でパスすると、病院から一番近い会場を選んで外出許可をもらい、二次の面接を受検、帰りは病院に届けた帰院予定時間なんか気にせず、餃子を食べに行ったなぁ

結果はといえば、シャイな彼は会話は苦手だったけど、本番さながらの練習を何度も繰り返した成果が実り、2回目の面接で見事合格。頑張ったね。

体力はだんだん落ちていったけど、高等部に入学すると「医者になる」夢を語ってくれるようになりました。

そのためにはどんな準備をしたらいいのか、主治医や理学療法士など医療者に相談しながら、参考書をお母さんに買ってきてもらっていました。

病室はいつの日か書籍の散乱する受験生らしい!?部屋と化しました。喜んでいいやら「片付けなさい!」と言いたくなるやら・・。お母さんはそんなRくんを誇りに思って見守っていました。

お母さんとも何度も飲みに行ったなぁ。本郷三丁目の駅に向かったところに「炙り家」という囲炉裏のある落ち着く店があってそこが常店となりました。まだあるのかしら。かれこれ10年近くが過ぎました。

彼はもうわかっていた。でも命ある限り、精一杯自分を生きる、そんな決意を秘めた気高さが彼にはありました。医者になるという志を置いていったきり、もう会えないけど、心の中で「先生、頑張れ!」って言ってくれる生徒たちのひとりだ。

会いたいなぁ。

続く・・。

~モンテッソーリの子どもたちと2~

人間がひとまわりずつ成熟していくのは「活動の周期」を完了しながらである

モンテッソーリが子どもの様子を観察しながら発見した、成熟のための「活動の周期」をもう一度。

  1. 自由に活動を選ぶ
  2. 継続して主体的に関わった
  3. 没頭し集中する
  4. 自分からやめる やめた後に良い変化が現れる

自分で選んだ活動に集中し、納得するまで継続することは、満ち足りた自信につながります。

そして満足したら言われなくても自分から活動を終了します。

大人はといえば、「そろそろやめなさい」「早くやってしまいなさい」「いつまでも同じことやらないで、これやってみたら」などと言って中断させ、子どもが納得しているのかどうか確かめもしないで大人のペースを押し付けてしまうもの。ここでは無神経に中断されることはありません。充足感を味わった時の子どもの顔は自尊心に満ちています。

この経験を繰り返し持つことができたら安定感や忍耐、思いやりなどが身につくことは容易に想像できます。集中して取り組み満足することを知っている子どもは「困難を乗り越える(集中)力」「解決する力」を獲得するといいます。

やめなさいと言われて仕方なくやめるのと、満足して終了することの違いをここではっきりと見ることができます。

不思議です。

ガチャガチャ落ち着きない中でも、先生が凜とした姿勢と無言の動作でゆっくり丁寧に教具の遊び方を提示すると、子どもたちもピッとスイッチが入ったように真剣な顔つきに。子どもの家でも、数字の練習教具の砂文字を先生がなぞり始めたら子どもの動きも止まりました。指の動きを見る表情は真剣そのもの。

一斉活動のために集合させる時は、わいわい騒いでいても、先生が静かな声で呼びかけ、みんながその様子に気づくまで待つ。騒いでいると聞こえないよ。と実感させるためです。ここにも気づきと主体性を引き出す寄り添いがあります。子どもたちはそれぞれのペースを自然体で受け入れ、全員が揃うまで自分の椅子で待っていました。

一斉活動では色水実験をしました。赤、黄、青の色水のうち好きな色を組み合わせると別の色ができる。先生の提示を身を乗り出して見た後、やる!やる!と全員。順番にみんなの前で実験し「自分の色」を紹介します。なんと誇らしげな顔。

モンテッソーリの教育法は、子どもを愛を持って観察するところから始まります。

その目的は自信に裏付けられた穏やかな平和な心を作ることだと確信します。

来年3月24日に開催予定の全国研修会で、富坂子どもの家の小山久実先生に講演していただきます。

~モンテッソーリの子どもたちと1~

モンテッソーリ富坂子どもの家を訪問しました。 

子どもたちは自分でやりたい!気持ちを最大限尊重してくれる雰囲気の中で、生き生きと活動していました。

人間がひとまわりずつ成熟していくのは「活動の周期」を完了しながらである

モンテッソーリによる子どもの観察を通した発見です。

「活動の周期」とは・・

  1. 自由に活動を選ぶ
  2. 継続して主体的に関わる
  3. 没頭し集中する
  4. 自分からやめる やめた後に良い変化が現れる

まず子どもが自由に活動を選ぶためには、環境を整える必要があります。

子どもの背丈に合わせた戸のない棚に、教具をそれぞれお盆に乗せて並べます。そうすることによって自分の目で確かめ、自然に手を伸ばして選び、お盆ごと自分の好きな場所に持って行き、活動を開始できます。活動するテーブルと椅子ももちろん、子どもの背丈に合わせます。

富坂子どもの家は障がいのある子どもたちが通っていますので、環境には特に気を配っているようでした。例えば、体幹の弱い子どものために既製の椅子にすっぽりお尻が収まるような工夫がしてあり、子どもはグラグラせず安心して好きなことに集中できます。

また子どもの家では、自分で選んだ活動を、何度も何度も繰り返し、満足いくまで没頭できる自由な時間が確保されています。子どもたちが主体的に動き、自立し、互いを尊重しているかのようです。同じ教具を使いたい子がいて取り合ったりしても、先生の声かけで「待つ」ことがきちんとできます。

他の子が満足そうに活動するのを見て、それを大切にしてあげる風景には、気品さえ感じられました。

ある男の子は登園するなり、3色のキューブパズルをウキウキと始めました。

蓋を開けて一つ一つ色のついた四角の上に同じ色の積み木を乗せ、終わると蓋をして終わったーと嬉しそう。

そしてまた蓋を開けて同じことを・・。満足そうなニコニコ顔で棚にしまいに行きました。

モンテッソーリ法は教具の使い方をまず動きだけで提示します。

子どもたちは教師の美しく丁寧な動作をじっと見て、やり方をのみ込みます。

数字の練習をしたい子は教師の砂文字のなぞり方を真剣に見てから、僕がやる!とばかりになぞり、鉛筆で書くことを繰り返していました。

自ら選んだ活動に没頭し、満足した時の顔は自信に満ちているようでした。

モンテッソーリの教具には完成が必ずあって、その道筋を提示されると見通しを持って活動ができます。そのため、安心感と満足感があり、もう一度やってみよう、という気持ちになります。

何度も何度もやって満ち足りた気分になると、心なしか背筋までピン!

もとどおりの場所にきちんと戻します。他の子がすぐに使えるようにという他者への思いやりが育ちます。

続く・・。

 

〜SHJヒストリー4 始めて担任したTくんは心の先生〜

そんな東大病院での生活の中で特に印象に残っているのが、教員になって初めて担任として受け持ったTくんとの出会いです。

難病を発症して既に数ヶ月の入院生活。化学療法中で白血球値が下がっていて、ベッド上を無菌状態にする透明ビニールのカーテン、クリーンウォールを通しての始業式となりました。

手指の消毒をし、無菌室用のガウン、帽子、マスクを着用して校長先生と入室。形式的なやり取りを済ませ、午後ゆっくりと病室訪問。

お母さんが、「ほら、先生が来てくれたよ」と声をかけると、「先生?来てくれてありがとう」と。なんと礼儀正しいのだろうと感心していると、次に耳にしたのは、

「先生、ごめんね。僕もう目が見えなくなって、せっかく来てくれたのに先生のことが見えないんだ」

この時の気持ちを表現する言葉は見つかりません。

クリーンウォールに入って一緒に活動することはできるのか、消毒すれば物を持ち込んでいいのか、音楽は?どのくらいの時間ならそばにいていいのか・・・主治医に質問攻めにした覚えがあります。怒りこそ込もっていたかもしれません。先生、なんとかしてください!と言わんばかりの。

とにかく残された時間を楽しいことでいっぱいにしようとあれこれ考える。

だけど新米教員は、自分の運命を受け入れ静かに病と闘っている少年を前に、非力さを思い知らされ唇を噛むばかり。

時間は過ぎる。そして3週間後。悲しい日が訪れました。

何もできなかった。

何も。

時間が過ぎ、Tくんに何もできなかったことの埋め合わせをするかのように、何か面白そうなことを週末のたびに探し求めました。Tくん、君だったら何がしたい?

Tくんは私がするべきことを教えてくれました。

小学生の間ではその頃「怖い話」が流行っていて、短編集を買っては小学生男子の部屋へ。お話の世界にぐーっと入り込んで、なぜか恐怖感に心が躍りました。病院で?と賛否両論あり。でも確かにNくんとJくんと3人、はしゃいだ思い出は宝もの。

フエルトやビーズetc.を買い込んでは中学生女子の部屋へ。手と一緒に口も忙しく動く・・。やっぱり作るって楽しいね。おしゃべりもなぜかはかどります。

流行りの洋楽をCDにコピーしてはRくんのところへ。部屋で一緒に聞きながらリズムをとったなぁ。

そのうち、英語の授業を通してカーペンターズの”Top Of The World”が大流行(するように仕向けた?!)。

英語教員になってよかった✌︎。堂々と自分の好みの洋楽を教材にできる。

余談ですが、学校で採択する教科書は生徒に配布しますが、実際は元の学校に戻るために一人ひとり自分の持っている教科書を使います。ですから実質個別授業。でも見事に全ての教科書にこの”Top Of The World”が載っていたんです。

タイムスリップしてすっかり中学生気分。ダイアトーンポップスベスト10を一人懐かしむ。

みんな一生懸命歌詞を覚えて、中学生全員合唱を披露するまでになりました。ゴズペル調にからだごと。

Such a feeling’s coming over me….There’s wonder in most everything I see….

こんなことが続き、中学2年のSさんとの日々も重なり、いつの日かお母さんの雑用代行はどこかへ飛んでしまいました。

夢はひとつにまとまった!本格アートを子どもたちに!

続く・・。

Smiling Hospital Japan Official Website