教室はリビングルーム!『イエナプラン教育』

教室正面の黒板に向かって机を並べる

「一斉授業」のスタイルではない。

子供は机を向かい合わせて島をつくり、

一人ひとりが自分の課題に取り組んでいる。

これは

2019年4月、長野県佐久穂町の

大日向小学校が

日本で初めて取り入れた『イエナプラン教育』

という教育法の一場面。

まるで教室はリビングルーム。

図書室だって

机と椅子があって・・

というスタイルに加え

クッションやソファが置かれていて

おもいおもいの格好で読書ができるという。

姿勢を正しく!

本と目の間は30cm!

なんて先生の言葉が上から飛んでくることはない。

スローガンは、

「子供の主体性の尊重、異なる他者の受容、学校共同体」

目指すのは、

「対話を通して共に生きることを学ぶ学校」

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自立学習が中心。

基本それぞれの状況に応じた課題に個別に取り組み、

グループリーダーが数人集めて教えることもある。

話合いの時間もふんだん。

輪になって、全員がおたがいの顔を見られる状態に座るサークル対話。

話すだけではなく、ひとの発言を終わりまで聞く練習でもある。

全てが双方向のカリキュラムの印象だ。

これによって子どもたちは、

民主主義社会の基本となる対話と合意形成とは何かを学ぶという。

〜子どもたちの自主性が大切にされる学校〜。

これだけ子どもたちに自由を保障している学校では

ナビゲーターとしての

教員の力量が求められると想像する。

それもそのはず

基本のカリキュラムのもと、

各教員の裁量はとても大きい。

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このオランダ発「イエナプラン」は

まさに以前投稿した

「フィンランドの教育」

に趣旨を同じくするところが大きい。

2017/7/12投稿〜フィンランドの教育〜

また、中学校で言えば東京都世田谷区の桜丘中学校でも共通した価値観のもと学校教育が行われている。

→2019/5/9投稿〜正解のない学校〜

これらの基本は全て

愛読書「ティール組織」フレデリック・ラルー著(英治出版)

でも紹介されている

「ティール学校」の考え方に拠る印象だ。

→ 2019/5/13投稿 ティール組織-3-〜学校版〜

長野、広島・・・

日本でもこの教育法が広まりつつある。

この流れが

就学前の教育にも影響が及ぶと確信する。

その例として

日本では幼児教育として存在している

「モンテッソーリ教育」。

主体性を重んじることをはじめとした観点で

イエナプラン教育へはスムーズに移行できそうだ。

モンテッソーリ小学校も増えるかもしれない。

シュタイナー教育への理解も進むだろう。

それによって

フリースクールの立ち位置も明確になり、

その存在意義と価値も

見直されていくような気がする。

こうして教育の選択肢が増えていく・・。

子どもの輝く瞳が増えそうだ。

参考:2019/6/14投稿ブログ〜不登校の子どもを守る!〜にて教育の選択肢を作ることの必要性を「教育機会確保法」を紹介しながら述べました。

〜不登校の子どもを守る!〜

「教育機会確保法」(2017/2/14施行)を知っていますか。

文部科学省サイト

学校に行くのが100%正解ではないということを認めた法律です。

学校以外に学びの場があっていい!

ということ。

この法律の存在を知っている人、多くないような気がします。

2年以上前に施行されたというのに

不登校は

「良からぬこと」「問題行動」

という価値観が未だ固定化している・・

そんな風に思うからです。

文科省の調べによる昨年度の不登校の人数は

✔︎病気と経済的な理由を除いて30日以上学校を欠席している小中学生

=12万6000人以上

✔︎90日以上休んでいる子ども

=7万2000人

✔︎小中学校とも子どもの数は減っているのに、3年連続で増加。

✔︎中学生はクラスに1人は不登校の生徒がいる状態。

こんなにたくさんの子どもが

不当な非難、偏見、差別、孤立化

を余儀なくされている。

学校に行かなければと自分を追い込んでしまう子も多いと思います。

さらに不登校でなくても

・無理に学校に行くことでかえって元気がなくなる

・学校に行こうとするとお腹が痛いなど具合が悪くなる

・実際いじめなどの要因があって本当は行きたくないけど

うちの子に限って・・

という親からのオーラを感じて本当のことを言えない・・。

そんな子も多いはず。

しかしこの法律があれば、

保護者は休ませることを躊躇せずに

法律を根拠に堂々と

「しばらく休ませる」

と学校に言えるようになるし

学校も休ませることを受け入れやすくなる。

そこでフリースクール!

学校に行かなくていいよ、と

休むことを認めるならばその受け皿となる場所として代表的なもの

フリースクールを

運営しやすいように

行政が支えるのは当然のことです。

当初は法案に、

子どもたちの居場所となるフリースクールや

自宅など学校以外の学習も義務教育として認めることが

盛り込まれていたようです。

しかし、具体的にカリキュラムや運営主体、設置基準を設ける以前に、

「学校に行かないことを安易に認めるべきではない」

「学校に行かないことを助長する」

という意見が多く、見送られたとわかりました。

行政と

不登校の子どもを守り

学校に行かなくても自分の世界を作る機会を工夫する

フリースクールとが

対立してしまう構図が浮かびます。

大人の事情で

結局は子どもたちを守れない

悲しいことです。

当事者に寄り添う精神論的な法律ができても

その先の受け皿がない、作れない。

民間で受け皿を用意しても国が寄り添わない。

行政は真剣に取り組んでいるのか!

甚だ疑問です。

今こうしている間にも

偏見や自己を肯定できない苦しみに

苛まれる子どもたちが数十万もいるということ。

想像してみてほしい。

 〜おじい、おばあたちの学校〜

沖縄戦の混乱と貧困で、義務教育を受けられなかった高齢者のための夜間中学。ここでおじい、おばあが学校をやり直しています。

フリースクールの2階にある学びの場が、東京新聞特集~貫く人たち~で紹介されていました。

口べらしに漁師の網元に奉公に出された79歳の男性。父親が戦死し、戦後マラリアで母、兄弟をなくした84歳の女性。

「読めない字が読めるさね。わかるようになるって楽しいさ。卒業証書をもらった時は体が震えた。こんな夢みたいなものあるかって」

設立したのは戦後間もない東京で生まれた星野人史さん。

東京で教師を。しかし、1995年の米兵による少女暴行事件をきっかけに、沖縄のために自分に何かできないかと、移住を決めたといいます。学力向上ばかりを目指す学校でなく、思索する力、表現力や想像力を育む教育をする小規模の学校を沖縄の人と作りたかったと。

そこで立ち上げたのがフリースクール「珊瑚舎スコーレ」。

言葉や文章を書くこと、芸術、自然体験に力を入れ、沖縄の歴史や文化、言葉を学び、自分の言葉で表現する力をつける学校。

「学びは他の生徒や教員と一緒に自分を創ること。学校はその手助けをする場所で、知識を教え込む場でも競い合う場でもない」

そんな思いで作った学校の2階に、おじい、おばあたちの学校があるのです。

学校が持つ純粋な喜びを、日々生徒たちに教わっている、といいます。

「無学のままの60年は真っ暗だった」

「鉛筆はドラム缶より重い」

「勉強ってわくわくすることなんだね」

おじい、おばあたちの言葉です。

発見の喜び、学ぶ喜びが自分を変えてくれる、と。

やりがいと楽しさ、そしてその意味を実感しながらの学び、これぞ学校生活のあるべき姿!

おじい、おばあたちの勉強をフリースクールの子どもたちが手伝っている。おじいたちの真剣な姿も生徒たちに影響を与える。助け合い、支え合って学んでいます。

「学校は多様な他者、生徒や教員が集い、思索と表現と交流をする場。授業はそこに集まった人間で何ができるかだ。一緒に学校をつくろう」

さらに、

「フリースクールなどの学びの場で、義務教育や卒業が公的に認められるといい。制度が優先されるのではなく、人が優先される世の中を作り続けなくては」

と星野さんは結びました。

本物の学びのかたち、教育や生き方の本質を突きつけ、今の教育制度、画一的な価値観に則った日本社会の大きな課題を投げかけているようです。