〜「置き勉」〜

ランドセル、一番重たい日で9.7キロ!

1~3年生の場合。

教科書4冊、ノート、ドリル、プリント類で、ランドセルと合わせると計5キロ。

さらに両側に給食袋や体操着入れなどをかけたりまた上履きなどを無理やりランドセルに入れる子もいるだろう。結果、平均の重さは約7.7キロ!

家に帰りランドセルを下ろした途端、「肩が痛いから、モミモミして」と訴える子続出!。

「健康や成長に悪いのでは?」と心配する母親の声が聞こえてきます。

荷物が重くなった理由は、

小中学校の授業時間が増えたこと。

教科書のページ数が増えたこと。

教科書協会によると、小学校の場合、2015年度は10年前に比べて3割以上増えたとか。

この増加に反比例するのが夏休みの日数。

机に向かう時間を増やしていったい何が学べるというのか。

詰め込み教育は、自分の人生を切り開くための学びに必要な時間を奪う。

夏休みというのは発見や経験、多様な事を知る大きなチャンス。

自分で見つけて自分で考えて、どうしてだろう・・と思いを巡らす。

どうしてだと思う?

ああでもない、こうでもないと話し合う。

不思議だなあ、と思ったら自分で調べる。自分で聞く。

思いもよらなかった発見があるかもしれない。

果たして教科書の中に思いもよらなかった発見がある?

新しい知識満載!確かに。

しかし、それを楽しむ余裕なんかない。なぜだ?とか考えてる暇はない。とにかく覚えなきゃ。

ここで本題。置き勉とは?

宿題の出ていない科目の教科書を学校に置いて帰ること。

「置き教科書」

ならぬ、

「置き勉(強)」

家で勉強しなくていいならいいのにね。

屁理屈をこねる子なら

「置き勉だから家で勉強してきませんでした~」

なんて言いそうです。

宿題に何が出たかで持ち帰るものを仕分ける、置いておいていいものは?

と判断するのも考える練習になりそうだけど、それなりに十分な時間を確保してほしい。

漢字1つ覚えるより「自分で考える」「判断力」「見通しを持つ」などの力が身につくだろう。

しばらく使わないから家に置き勉しよう、という発想もあるだろう。

文部科学省は小中学生の持ち物の重さや量を軽くするよう、全国の教育委員会に通知したそうだ。

いかにも子どもに寄り添ってる風だけど、矛盾してない?

このままページ数を減らさないなら、

この際、2冊ずつの配布はどうだろう。

1冊は学校に置き勉。もう1冊は家に置き勉。

教科書は無償だから家庭に負担はかからない。

無駄に使っている税金を当てればいいだけ。

これを機会に、ノートも鉛筆も体操着も何もかも無料で配ってくれたら・・。

子どもは何より大切な宝です。

生まれて数年の小さな子を肩こりなんかで悩ませないで、のびのび成長できるように、

さあ!文科省さん、小中学生の荷物を軽くするために

教科書2冊ずつ配布しませんか?

 ~学習机、新一年生にはいらない!?~

娘や息子の時代は当然のようにランドセルと学習机を揃えたもの。

私の場合も、一年生からかは覚えてないけれど、ちゃんと自分の学習机があった。

学習机には引き出しの他に正面にプリントが貼れるようになっていたり、ちょっとしたラックなんかがあったりして、その上には本棚があって、とても機能的でした。そこはまさに「自分の居場所」。

自分の世界で落ち着けた記憶があります。

自分の場所(学習机)に学用品などを収納!し、そして肝心の「学習」は・・・・・

おっと、ここで学習机はいるのか?という問いに納得の答えがひらめいた!

私の場合、アウトドア児だったから机の上にランドセルを放り投げ、おやつもそこそこに外に飛び出したもの。低学年の時に宿題なんかなかった気がするし、その後しばらく学習机ですることと言えば、黙々と好きな工作や手芸をしていろんな素材やガラクタを散らかしていた。

まして、小学校一年生で机にひとり座ってもくもくと宿題をやる、なんて覚えはまるでない。

娘たちの頃も、リビングのソファやダイニングテーブルに母子一緒に座って宿題をしたり、音読などはもっと自由な格好でやったりしたもの。

自室の机の横に家庭教師さながらに親が横にすわって勉強をみるなんていう、絵に描いたような教育ママもいるかもしれないが。

学習机は子供がもっと大きくなって、一人でしっかり集中して勉強するようになってからで十分なんだ!と気づきました(いまさら?

いやいや、習慣は一年生からだよ、という声も聞こえてきそうですが・・。

学習机には振り返ってわかったように、

1 ランドセルの置き場所

2 教科書や学用品の置き場所

3 学校から配られたプリントを入れるケース置き場

という隠れた機能があるんですね。

これだけを取ると、何も決まった形の学習机である必要はなくて1〜3に対応できる棚のようなものがあればいい。スペースも節約でき、整理整頓の習慣もつく。

そして発見

今は学習机の代わりにランドセルラックという便利な収納家具があるそうです。

家の中で「自分だけの場所」というものを子供が持って、そこで持ち物を片づけたりして管理するのは子供にとってとても大切。

子ども専用のスペースがあれば十分なんだといまさら!気づき、先入観に縛られ、形から入ってしまう落とし穴もついでに発見しました💦。

余談ですが、昨日テーマにしたオシャレ高級ランドセルが売れるのは、学習机代が浮いたから、とも取れます。

時代は変わっていきますね。

~ラン活!?~

新学期が始まり、ついこの間まで幼稚園、保育園生だった子どもたちが、ランドセルを背負って、近所の友達と連れ立って登校する姿が見られるようになりました。

園まで送り迎えしていた我が子を玄関先でちょっと心配そうに見送る親御さんの様子は、なんとも微笑ましいもの。

こうやって少しずつ親離れしていく我が子、誇らしさ30%、心配70%といったところでしょうか。

さて、ランドセルの歴史を調べてみました。

大正天皇が学習院入学の時に、当時の首相伊藤博文が皮革製で箱型の通学カバンを特注し献上したのが始まり。130年の歴史があることになります。

かつて、男の子は黒、女の子は赤と決まっていました。

しかし、2001年にイオンが24色のランドセルを発売、その後、刺繍やラインストーンのついたデザインものも出現!.

入学式はそれはそれは華やかでした。

小学生もオシャレになったもんだ!

欧米からの観光客が大人のファッションとして購入するケースも多いことから、メーカー各社、ファッション性も重視したのかもしれません。

サイズも大きく変化しました。

B5サイズだった教科書がA4サイズになったり、2000年代の脱・ゆとりの影響を受け、教科書のページ数や副教材が増え、持ち物の量・数とも増えたからです。

そのせいで、最近では子どもの腰痛が問題になり、メーカーでは大型化と軽量化に苦労しているといいます。

最近は親の目の届くダイニングやリビングで学習する児童がふえ、学習机の売れ行きが激減していると知り、驚きました。

なるほど「学習机とか、必要なものを買ってあげてね」と言って娘に渡した入学祝いが、オシャレランドセル代に流れていたのか!

やけに大事そうに得意そうにランドセルを背負って意気揚々と通学していると思ったら・。

さらに最近ではランドセルにGPS装置を取り付け、位置情報を確認、AIが通学路など児童の普段の行動を学習し、異なる動きを検知すると保護者のスマホに通知されるという機能つきのものもあるそうです。

子どもの安全のためにITが活用されるのはとてもいいことですが、ここまで来たかというのが実感です。

このように、少子化なのにランドセル商戦は活発化し、人気のものが売り切れないうちにあれこれ傾向と対策を練る消費者の研究と店に何度も足を運ぶ活動を、ランドセル活動=”ラン活”というそうです。

ランドセルひとつに子どもを取り巻く社会の変化が反映されているんですね。

学習机を使わなくなった、というところ、この点も掘り下げてみたくなりました。