〜多様性とインクルージブ〜

インクルージブとは?

・・・inclusive「包括的な」「包み込む」・・・

そして国が掲げる「インクルーシブ教育システム」は、

「障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み 」

~文部科学省 初等中等教育局 特別支援教育課 発行(2015/6月)「インクルーシブ教育システム構築事業」より~

と定義されています。

根拠は、

障害のある子供への教育的支援の必要性として、

✔︎全ての国民に、その能力に応じた教育を受ける機会が与えられなければならない。 【日本国憲法、教育基本法】 

✔︎特に、障害のある子供には、自立や社会参加に 向け、一人一人の障害の状態や教育的ニーズに 応じた指導や支援(特別支援教育)が必要。 【教育基本法、学校教育法】 

結果、

現在の重要課題「共生社会の実現との関係」の中で、

「障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み 」

が必要になっということだそうで、

これが「インクルーシブ教育システム」by 文科省。

しかし、そもそものところ、多様性をおおらかに認めあう社会の雰囲気が欠如しているところで、このインクルージブという概念が成立するのだろうかと首をかしげてします。

子どもたち一人ひとりが多様であることが大前提であり、

さらに誰もがその多様性が当たり前だという認識を持っていることが基本。

それがなければ絵に描いた餅に終わるように感じます。

障害の有無にかかわりなく、一人一人の困難が考慮され、地域の通常学級で学べることを目指す教育理念と実践プロセスのこと、のようですが、

実際のところを見てみたい衝動に駆られます。

平成28年4月1日「障害者差別解消法」が施行されました。

さらに東京都では、

東京オリンピック2020を見据え、社会全体で障害者への理解を深め、差別を無くす取組を一層推進するため、

「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」が先日10月1日に、施行されたことで、さらに教育現場における合理的配慮が実行され浸透していくことを期待します。

10/3投稿「学校に多様性はあるか」で引用した東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍氏の言葉、 

「多様性と言いながら、学校の方針そのものが、人間の個性を無視している」

「特別支援学校だって小さな集団指導に過ぎず、結局一斉」

「無理やり一つの箱に入れて効率化」

は、インクルージブがあるべき姿から外れてしまった結果、ある意味弊害ではないかと思います。

・・不登校の子はまさにインクルージブ教育から逃げ出した子・・

という同氏の分析に深く頷いてしまいます。

そんな子たちは物事をちゃんと深く考え、本質に気付く賢い子たちなんだろうなあと。

思考停止、前例踏襲に喝を入れ、本当に幸せになるための生き方を身を以て示していく輝くべき子どもたちだと私は思っています。

多様性とインクルージブ、共存するためには人々の人権意識がそもそもの課題でしょう。