~若きメッセンジャー現る!~

アートに加え、若いメッセンジャーの出現が嬉しい夏の学生ボランティア体験。東京ボランテイア・市民活動センター主催の学生夏ボラ体験キャンペーンに参加し、SHJとしても夏休み中のボランティア参加者を募集しました。SHJの活動を体験してもらうことで、障がいや病いと闘う子どもたちの存在と支援の現場を知り、周りの人に伝えるミッションを持ち帰ってもらいたかったからです。

今年から夏祭りとクリスマス会でコラボすることになった筑波大学附属病院患者家族会「おしゃべり会」の夏祭りは8月19日、筑波大学病院けやき棟展望ラウンジにて。夏休みを利用したボランティア体験に中1の女の子が2名参加してくれました。

学生にボランティアとして参加してもらうのは初めてでしたが、こちらの緊張をよそにSHJスタッフとして頑張ってくれました。受付のお手伝いが終わるとうちわ作りのコーナーのお手伝い。大学生のボランティアに混ざってだんだんと場に打ち解け、幼児さんや同年代の患者さんたちと笑顔で交流していました。「普段触れ合うことのない、障がいのある子どもたちと触れ合うことができ、たくさんのことを学べた」「自分が体験したことを周りの人に伝えたい」など、頼もしい感想をもらいました。「今回のことを学校で発表することになりました!」という嬉しい報告も!自分と同じ世代の人たちが障がいを持ちながら頑張っていること、そしてそれを支えるおしゃべり会やSHJのことを伝えてくれる若きメッセンジャーが生まれました。若者自ら、社会が障がいを持つ子どもにもっと支援の手を広げていかなければならないことを訴えてくれそうです。今後につながる、新たな収穫のあるイベントでした。

アートないち日~つくば編~

重度心身障害児のお母さんが仲間を集めてたちあげた、筑波大学病院患者家族の会「おしゃべり会」の夏祭りに参加しました。近所の家族も招待してのインクルーシブな交流会。今年から夏祭りとクリスマス会でコラボすることになりました。

スマイリングホスピタルジャパンは各地にあるこんな団体のイベントでもアート活動でお手伝いしています。

この日はピアノ弾き語りとどんなリクエストにも応えるマルチピアノボーカリストの眞理さん。リクエストの嵐に揉まれながら、明るい笑顔を絶やさず子どもたちを満足させてしまうアーティストです。楽譜がなくてもさわりだけ歌ってもらったらあとは「こんな感じ?」と眞理さん。「あ、それそれ!」と子どもたち。持ち前のキャラと子どもたちのお気に入りを常にアップデートする研究熱心なところが好感度の高さの秘訣。リクエストに応えつつ、頃合いを見計らってイントロ当てクイズ、JR駅の案内メロディーでどこの駅かな?、コンビニの入店メロディーでどこのコンビニかな?クイズ・・飽きさせないプログラムはどこの小児病棟でも大人気。

リクエストショーが終わりピアノをしまいかける眞理さんに、数人の子どもたちが待って!とばかりに取り囲むのが常ですが、今日もやはり集まってきました。全盲の女の子は鍵盤のタッチを楽しみながら自分の出した音をうっとりと確かめます。しばらく様子を見て、眞理さんが子どもの出す音に合わせて伴奏を。ここまできたらもう止まらない!二人の連弾は美しく美しく続きます。ふと見ると、たくさんの聴衆に囲まれ、その傍らには次を待つ子どもの列。

こんな光景が大好き!アートと子ども。なんて似合うんだろう。

子どもたちが大満足した後は、お母さんたちがお子さんのピアノレッスンについて、ピアノの選び方について相談に来ました。日々、特別支援学校や小学校、プライベートなレッスンで音楽を教える眞理さん、個々のニーズに丁寧に応じる眞理さんの包容力は心を温かく包んでくれます。

ああ、スマイリングホスピタルジャパン、なんて素敵なアーティストの集まりなんだろう。今日もアーティストと偉大な子どもたちとの優しく美しい光景がちりばめられた、全てがアート!ないち日でした。

〜お母さんの力〜

医療の進歩は目覚ましく、助からなかった新生児の命が救えるようになりました。命を守るために医療がある、という究極の医学のミッションを考えれば、医療の発展は人類の一番の喜びです。しかし、命さえ守ればいいのか・・という問いが頭をよぎる事もしばしばです。

障がいや重い病気を持って生まれた赤ちゃん。楽しみに待っていた我が子との対面は保育器を通して。しばらく抱く事も、吸う力がなければおっぱいをあげる事も出来ない。それでも命いっぱい懸命に生きる赤ちゃんを見守りながら家に連れて帰る事を楽しみに待つ母。小さな体に点滴をつけながらの長期入院に耐え、待ちに待った退院。はち切れそうな不安を抱えて。人工呼吸器や中心静脈栄養など医療ケアを手放せない在宅生活がスタートします。ここからは訪問医療や訪問看護を受けることになります。

このような子どもは10年前の2倍に増えたというデータがあります。家族は不安を募らせながらケアのために慢性的な睡眠不足や外出もままならないという終わりのない苦労を強いられます。社会から孤立したり体調を崩したりする母親、家庭の不和なども耳にします。シングルマザーになって障がいを持つ子どもを女手一つで育てている家庭を幾つか知っています。そんな母親と懸命に命を育む子どもを病院が社会に送り出した後の社会的支えの遅れが喫緊の課題です。母子は命と引き換えに心が暗闇に置き去りにされていたとしたら・・。医療的ケア児保育を積極的に進める自治体もありますが、全体的に対応の遅れが目立つのが現状。看護師などの医療者の配置が必要だからです。

そんな母親たちが立ち上がり、医療や支援機関と連携をとりながらともに語り合い支え合う団体を立ち上げています。情報交換、子ども同士の交流・・。当事者としての経験が原動力になって、全国にたくさんのグループが誕生しています。我が子のために決して労を惜しまない行動力には圧倒されます。母は本当に強いのだ!苦労しても苦労しても笑って吹き飛ばす肝っ玉母さん。決して髪振り乱してなんかいないところがまた素敵だ。娘世代のお母さんばかりだからますます応援したくなります。

若いお母さん頑張れ!我が子から命のレッスンを受けながら学んだことを、親子メッセンジャーとしてどんどん発信してほしい。地域で安心して育てていけるよう、そして困難を抱える人たちが社会の中でともに生きることが当たり前の社会を目指して!

⬛︎スマイリングホスピタルジャパンが活動している重症児の会

「NPO法人重症心身障害児者の自立支援活動ひまわりHAUS」

「特定非営利活動法人なかのドリーム」

「NPO法人かすみ草」

「杉並重度心身障害児親子の会 みかんぐみ」

「児童デイサービスPrimo」

「筑波大学附属病院小児患者家族のおしゃべり会」

⬛︎スマイリングホスピタルジャパンは在宅訪問によるアートデリバリーも始めました。現在東京、千葉、広島市内で行っています。今後他地域にも広げる予定です。

 

〜蝉しぐれ〜

鬱蒼とした蝉しぐれの中佇む母のホーム。最近忙しさにかまけて会いにいけてなかったことを悔みながら、ケヤキと桜、満開のサルスベリの間を歩く。ここは私が通った幼稚園の近く。園でプレゼントを作り、何度か慰問に訪れた原風景の1つでもある。お昼の時間に母が作ってくれたお弁当を食べてから園児揃って出かけたこと、ここへ来るたびに蘇る。鉄棒が好きで誰よりも早く登園し、お気に入りの高さの棒を占領したあの思い出の次に強く印象に残っているのがこのホーム訪問。あの頃は蝉の声に感傷的になるはずもなくひたすら野生児のような毎日だった。猿よりも上手いと言われた木のぼり。このサルスベリも私のやんちゃを覚えているだろうか。鉄棒陣取りに余念のない私のために早くお弁当を作って送り出してくれた母。そんな母が今、このホームに。

ユーモアのセンスが抜群だからコミュニケーションがとれなくてもその明るさとお茶目な笑顔が癒してくれる。

幼いときは3人兄弟の真ん中という立ち位置が幸なのか不幸なのか、勉強しなさいと言われた記憶がいっさいないほどほったらかしにされて育った私。姉は初孫だからおじいちゃん、おばあちゃんはじめ親戚の注目の的。弟は念願の男の子で末っ子だから母は溺愛?!してたなぁ。私はといえば、ひとりの世界に没頭するのが常で、それが自由でかつ不思議な幸福感をもたらしてくれた、そんな記憶がある。家族といてもなんだか溶け込んでなかったのだ。

そんな私も、成人してからは何かと母に相談するようになった。結婚も子育てもそして再婚も!おっと、これは決意後報告。なぜだったか・・・。戦後、父親がシベリアに抑留され、長女の母は6人の兄弟を連れてか弱かった母親をかばいながら満州を命からがら引き揚げ、その後も壮絶な苦労を重ねた。毅然と前を向く近寄り難さの中に知らず知らず畏敬の念のようなものを感じていた気がする。私が物心ついたときから徹夜で洋裁の内職をしたり、洋裁教室を開いたり。地域の暮らし向上のために社会活動をしていた姿も眩しかった。貧しい暮らしの中、生活の糧を得るのに必死ながら、いつも夢に向かって自己実現を果たしていた後ろ姿に、無言の秘めた憧れが募っていたのかもしれない。

下戸の母だけど、お酒を飲みながら話を聞いてもらうのが好きな私にお茶で付き合ってくれた。時には明るくなるまで話し続けたときも。もちろん母の恋バナも面白くて仕方なかった。発明に凝ってもう少しで特許を取れるところだった悔しい話も。

夕暮れとともにますますさかんな蝉しぐれに浸りながらホームをあとにした。

容赦なく時は移り変わっても、いつまでも変わらないもの失われないものが時間の流れに重なる。

育ててもらった時代から私を誰かも認識しない今に至るまで、母はメッセージを送り続けてくれる。これからも老いについて身をもって示し続けてくれるだろう。老いても背筋をまっすぐ、そして使命を貫きたい。そして母みたいに可愛いおばあちゃんになろう。

世は諸行無常。でも確かに変わらないものがある。蝉しぐれにかき消されることの決してない大切な何かを背中でしっかりと感じながら帰路についた。

〜大人と子どもの争い〜

子どもが一人で活動できるようになると始まるのが大人と子どもの争いとモンテッソーリは言います。それまでは五感で生活を味わっていた小さくて柔らかい癒しの存在、安心してかわいがっていたのに・・・。

「触っちゃダメ!」「危ない!」「なん度言ったらわかるの?」懐かしいなあ。今でも孫が来ると同じようなことを言っているような気がします。せっかくばあばの家に遊びに来てくれたのに・・。

子どもがしゃがみこんで何かしています。モンテッソーリが近寄って見ると、そこにマンホールのふたがあって、その子はそのマンホールのふたのでこぼこをしきりに触っています。医者である彼女は手のひらと大脳とが発生学的に同じ胚葉からできていることを知っており、子どもがデコボコを感じていることは同時に大脳にも刺激が与えられていることがわかっていました。感心してみていたのもつかの間、お母さんが「汚い!」といって乱暴に子どもの手をとって汚れを払い手をひっぱってさっさと歩き始めました。

子どもの行動をなじり否定して自分のペースで引っ張っていく大人の身勝手さにモンテッソーリはさぞがっかりしたことでしょう。このような光景は日常よく見られます。自分に置き換えてみても、忙しいのにゆっくりと付き合っていられない場合がほとんどでした。子どもがもっとやりたい、感じたい、動きたいと懸命に抗議しても子どもの世界を知ろうともせず、まるで力づくで支配していたかのようです。夢中になって感じながら大切なことをじっくり学び取っていたに違いないのに・・。

大人がそんな子どもの活動をただのわがまま、未熟な意味のないこと、不従順な困った行動と取り続け、やがて暴君となれば子どもにとって精神的苦痛の原因になってしまいます。「幼い時に心を踏みにじられた人は大きくなった時必ず復讐します」とモンテッソーリは言っています。「大人が押しのけて子どもの意思を拒否し、自分の気の済むようにした時、それは子どものこころを押しのけていたのだ」と。

今目の前で夢中になってやっているのは何を学ぼうとしているのかな・・。

幼児の一見意味のないこと、と思えることには、自然の法則を学ぶという大きな意味がありそうです。イライラを抑えてまず深呼吸、そして科学的に考えてみる必要があるようです。子どもの立場になってみる、子どもの宇宙を観察してみる、という感じ。体全体でいろんな事象の仕組みを学習していると捉えれば、それをしやすくなるように環境を整えてやる工夫もまた楽しくなるかもしれません。時々遊びに来る孫たちと今度は何をしよう。しかし、こちらがお膳立てするまでもなく、不思議と思ったりやってみたいと思ったりしたことに自ら挑戦する彼らです。生活にある身の回りのものすべてが興味の対象。どこまで彼らが自ら学ぶ環境を作ってあげられるか・・・楽しみです。おばあちゃんと孫の争いに決してならないように!

モンテッソーリ教育に興味を持たれたら是非読んでいただきたい一冊を紹介します。マンホールのエピソードはこちらから引用しています。

モンテッソーリの幼児教育「ママ、ひとりでするのを手伝ってね!」相良敦子 講談社

子どもをどう観察してどのように寄り添えばいいのか、具体的な工夫の仕方などが詳しく書かれています。