幼少期の思い出〜その2〜

感傷に浸るのは夏の終わりのせいばかりではない、年を重ねると幼い頃をふと思い出す事が多くなります。今日は小学生の頃を書いてみよう。 

肌が浅黒く目や鼻が大きい(!)私はどちらの出身ですか?とよく聞かれます。

小学校に上がると外人が入ってきたというニュース!?を知って上の学年の意地悪な男子たちがガヤガヤと1年1組に集合。「ガイジンだ、ガイジンだ!」と囃し立てたものです。

その頃は、まだ外国人が珍しい時代でした。そもそも私の両親はともに日本人、とうぜん私は日本人です。なぜか生まれつき変わった顔つきの私が標的になったというわけです。廊下で足を引っ掛けられる、下校時は通せんぼされる、等々、百歩譲って表現すれば子どもらしい意地悪をされたものです。

もともと一人でいることが好きだった私はいじめられてますます一人でいるようになりました。寂しいな、とかつまらないな、とか思ったことはなかったように思います。

家に帰っても、洋裁で忙しい母は迫る仕上げの期日に向かって年中奮闘、ミシンの方ばかり見ていましたし、出版社に勤めていた父も毎晩帰りが遅く、家庭にいじめられていることなど相談できる空気はなく、幼な心に、自分の中で解決していました。

しぜん、一人でできることで楽しむ術をどんどん身につけていったようです。母の仕事柄、家には布の端切れが日常的に散らかっていましたから、好きな柄のものをもらって人形や袋物を作ったり、綺麗なボタンのコレクションをして秘密の宝物箱を作ったり。近所のおばさんに編み物を教えてもらって夢中で編んだり。お気に入りの空き地を通り抜けたところにあったお習字の先生のところに通い詰めるほど、書道にはまっていたのは確か3年生の頃。鉄棒への情熱は幼稚園時代からも引きずり、跳び箱、水泳、かけっこと進み、毎年リレーの選手だったこともあって、「運動会は私の舞台」と勘違いしてた気がします。

3歳の頃から小学生いっぱいはとにかく運動すること、何かを作ることで毎日が楽しくて仕方なかったんだろうな。

家族の中では、三人兄弟の真ん中で何をやっても目立たない、褒められもしないし叱られもしない、スルーされてたから、それならと傍観者みたいな変わり者を決め込んでいた覚えがあります。

続く・・。