〜SHJヒストリー2 母親向け雑用代行ボランティア〜

交通事故による多発性外傷とリハビリのための長期入院を経て必死でとった教員免許。配属された学校は、図らずも難病や障がいで長期入院をしている子ども達のための病院内学級。

「運命」ってこのことでしょうか。

この数年間の苦しみが生徒たちに重なりました。

知らないこと、分からないことずくめの毎日、子どもたち、先輩教員から学びつつ、彼らとの生活に次第にのめり込みました。

目の前の子どもたちの打たれ強さや他人に対する思いやり、不条理を受け入れる潔さ、そのすべてに魅了され引き込まれていきました。命の尊さを教えられ、彼らから学び続けたい、一緒にいたいと心から願うようになりました。

結果がSHJ立ち上げとなったわけですが、そこに至るまでの子どもたち、お母さんたちとの日常を振り返ってみます。

院内学級に慣れる間もなく、子どもたちの付き添いをするお母さんたちの苦労を日々目の当たりにするようになりました。

ランドリーでの洗濯やベッドまわりの整理整頓、そして生活用品の買い出し、各種振込のために郵便局へ、合間に治療や検査の結果について医師から説明を受け、時間を見て兄弟のために一時帰宅、再び病室へ、簡易ベッドで添い寝etc・・。

院内学級に子どもが行っている間に諸々を忙しく済ませるお母さん。

かたや、安静が必要な子どもは基本週6時間のベッドサイド授業、欠席の場合はつきっきりとなり、用事を済ませることができず、それもストレスの素になったりします。

お母さんたちのそんな日常を見、悩みを聞くうち、いつか母親向け雑用代行ボランティアグループを作ろう!と考えました。加えて、子どもの安静時間に、または子どもを保育士さんに預けてお母さんたちのほっとする時間を作る。趣味やお茶の会を組み合わせて・・。とプランは膨らみました。

思い立ったら吉日。

放課後、職員室での書類作りを一気に済ませるとお母さんたちのもとへ。

まずは新しい服を買いに行く暇もないお母さんたちの不自由な生活に少しでもうるおいを、と考え、通販のカタログを回覧して注文を取り、商品が届いたら病室へ届ける(当時はネット通販が今ほど一般的ではありませんでした)、教員の業務の合間に代わりに買い物に行く、帰宅途中でオムツを買って帰り、次の日届ける・・オムツを持って職員室に出勤するわけにはいかないので、そんな時はいつもより早く家を出てまず病室へ。細々とですが職員室には内緒で思いを実行に移していました。

こっそりお母さんたちと飲みに行ったこともありました。子どもたちが寝るまで私は職員室で教材作り。頃合いを見て玄関外で待ち合わせ。それぞれの子どもたちの生の毎日、治療の経過を聞かせてくれたお母さんたち。時には夫婦関係の悩みまで。

病室を離れたお母さんたちはちょっと心が解放されたようです。 

涙はいつも一緒でした。

続く・・。

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