〜マニュアルが命を奪う〜

難病「先天性筋ジストロフィー」の生徒、通学バス内で死亡。通報まで16分「教員の力量不足」

5/17 に宮城県の特別支援学校で起こった痛ましい事故。

校長は、

「教員の力量不足だった。もっと短い時間で通報できるよう取り組みたい」と話してる。

ここで疑問と怒りがこみ上げる。

本当に

「教員の力量不足」

が原因なのか。

事故の経緯を追ってみます。

・通学バスに同乗する保安員が、生徒の顔色が優れないことに気付く

・呼びかけても反応が悪いため学校に連絡した

・16分後に学校から119番通報の指示

・保安員が119番通報

・救急車が到着した8時50分には心肺停止状態

この生徒は学校で1日3回の痰の吸引の医療的ケアを受け

10年間問題なくバス通学していた。

だから窒息を想像できなかったという学校の釈明が続く。

ここで大前提としての疑問が湧きます。

特別支援学校の機能が果たせているか。

医療的ケアを必要とする生徒に

いつ なんどき なに

が起こるかわからないという緊張感はどこへ。

そして一番の疑問は

保安員が直接119番通報する選択肢はなかったのか

または、連絡を受けた学校職員がすぐに119番通報する選択肢はなかったのか

ということ。

学校での16分が無駄なのだ。

大きな組織の中で

然るべき担当者を通す

トップダウンの意思決定構造

それを徹底させるための

マニュアル。

このマニュアルに従ったために時間がかかり

重大な事故を引き起こしたのではないのか。

だとしたら安心安全のために作ったツールが皮肉な結果を招いてしまったことになる。

このマニュアルの存在が16分の無駄につながったとしたら・・・。

組織の規則やマニュアルが合理化を狙うあまり思考不要の文化を生む。

マニュアルに縛られ

マニュアルの文言に従って

まるで機械のように動く

立場に見合ったマニュアル通りの業務を淡々とこなす。

その結果

正義感や直観

行動する勇気を

阻む。

今動けば、という想像力や良心が

「マニュアル通りに動け・・」

という社会の中で自分を苦しめる。

それならばと

感じること、考えることをやめる。

思考停止が

命の重みにさえも鈍感になる。

さらに思う。

命と向き合う現場で

気づいた人がすぐに必要な行動(この場合119番通報)に出れば

責任追及や責任逃れも無くなるのではないか。

「教員の力量不足だった。もっと短い時間で通報できるよう取り組みたい」

犯人探ししてマニュアル修正?

何とも歯がゆい。