一斉休校🎒~子どもの過ごし方~

一斉休校中、親が仕事に出ている間の

子どもの居場所を確保するために

児童が過ごせる場所を開く自治体が少なくない。

ある都内の施設を取材した記事が東京新聞に載っていた。

→<新型コロナ>児童、長机は1人ずつ利用 室内、1人で遊ぶよう指導 世田谷の居場所づくり (3/12朝刊)

午前9時半。

マスクをつけリュックサックを背負った子どもたちがやってくる。

会議等で使う長机がずらりと並んだ部屋はまるで試験会場みたい。

ここに座るのは一人ずつ。

前の席と距離を保つため座り方はきちんと互い違いに。

職員が見守る中持参したドリルを出して問題に取り掛かる後ろ姿が載っている。

幼い小さな背中が規則正しく並んでいる。

室内にはボードゲームや本があるけれど、

遊ぶときは向かい合うゲームは避け、一人で遊ぶことが決まり。

外では縄跳びや一輪車、相手と距離が保てるドッジボールなどを。

子どもたちが前を向くと教室のようにホワイトボードがあり、過ごし方の注意が書かれている。

写真からそのまま書き取ることにする。

1 自習中はしずかに、前をむいてべんきょうします。

2 休みじかんはひとりで座ってできることをします。

3 トイレに行く時はスタッフにつたえましょう。

4 せきエチケットをまもりましょう。

5 ぐあいのわるい人はすぐスタッフに言いましょう。

6 本をよむときは1冊ずつもってきましょう。

7 まわりの人にめいわくになることは・・・(この部分は子どもの頭で隠れています)

この様子を紹介する記事で

記者は何を伝えたかったか。

写真を見る限り、子どもたちのなんと従順なことかと感心⁉︎する。

ホワイトボードには注意点が箇条書きで書かれているが、

なぜそうしなければならないのか

彼らは飲み込めているのだろうか。

長机に一人ずつ座らなければならない理由は?

本はなぜ1冊ずつ?

*****

どんな時でも子どもは成長する。

こんな時だから仕方ない、

と大人以上の試練を子どもに与えていいはずはない。

大人たちは満員電車で通勤する中、

経済に直接影響のない教育現場をターゲットにした

今回の全国一斉休校措置。

子どもが大切にされている社会だと感じることが

どんどん少なくなっている中、やはり今回もまずは子どもが犠牲か、

と怒りは収まらない。

写真に写った彼らの後ろ姿が

なんとも健気で切ない。

この我慢の時間がこれからどれほど続くのか、

ストレスを溜めて免疫力が下がり逆効果になるのでは?とまで思ってしまう。

なんども言いたい。

いつでもやり直せる。

早く一斉休校を取りやめ

まめな換気、手洗い、うがいを忘れない

など学校での過ごし方をみんなで考え徹底することの方が

生産的で教育的だと思う。

有事の際の対応や工夫について考える

良い機会と捉え

課題について考え自分にできることを実行したり

友達と協力したりなど

考える時間と学びのチャンスにしたらどうだろう。

関連→3/4投稿 突然の臨時休校要請

  →3/5投稿 全国一斉休校・・子どもを守るために教育を受ける権利を奪っている矛盾

  →3/9投稿 プリント自習の無責任

〜プリント自習の無責任✏️〜

3/5づけ東京新聞朝刊のコラムを読んで大きくうなづいてしまった。

→編集局 南端日誌 「一斉休校要請で国の対応『完全自習の無責任』」(特防部デスク)

休校に伴う家庭学習課題をめぐる記者と小学4年生のため息交じりの会話が紹介されている。

息子:

「これを自分でやっといてね、っていうならそもそも学校いらなくない?」

記者:

「先生にどう指示されたの?」

息子:

「教科書を見ながら問題を解いて、わからなかったらインターネットでも見て補足してね、と言われた」

記者は非常に無責任な子どもへの丸投げだと。

そこで文科省の方針をHPで調べると

「学習に遅れが生じることが予想されることについては、可能な限り家庭学習を適切に課すなど配慮いただきたい」

とした上で工夫の例として

・教科書を再読して感想文を書く

・教科書の反復問題を解いたりする

が挙げられていたという。

未学習の内容を自分でというわけにはいかないから当然復習ばかり。

3週間の未修分どうする?

もしかして今年は夏休み返上か?

悲観的観測もちらほら・・らしい。

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とにかく今はプリントやっとけ!

とプリントの山を家庭に、子どもに丸投げの状態。

現場としては

授業をやっちゃダメ、と言われれば仕方ないのかもしれない。

しかし、ここで思うのです。

そもそも、学ぶということってどういうことだろう、と。

学校教育が

~年生はここまでやらないと

と知識を身につけることに追われ

「知識を覚えること」

「~年生でやるべき計算ができるようになること」

を学ぶことの価値や本質としているから

今回のような場合、

家庭学習をプリントにして丸投げせざるを得なくなるのではと。

家庭も否応なしに一つの価値観に追い立てられてしまう。

少なくとも

それらが今の学校教育だとして

環境が全く違うのに学校でやることをそのまま家庭で・・

というのは無理な押し付けに思えるのです。

そもそも突然の一斉休校という

備えのない要請に多くの自治体が従ったことを残念に思います。

が、それを選んだならば

大変だ!

プリント作らなければ!

と近視眼的になるのではなく

もっとおおらかに

こんな事態だからできること

例えば

ちょっと気になってことをとことん考えたり

興味関心から自分のテーマを決めて

じっくり調べたり

実験してみたり

そんな時間にしてください、

となればいいなあ

と思うのです。

”放っておけばゲームばかりしている”

と子どもを頭っから信用しない大人の態度が

子どもの創造性を否定し

心の世界を潰してしまうのではないかな。

目下の我が家、

2年生の孫とのんびり過ごしています。

なんとプリントは1枚も出さないという学校の方針に

拍子抜けするやら感心するやら。

1年生からの復習をしながら

どんな風に答えを出してるの?

へ~、そんな考え方があるんだね~。

と孫の考えを聞くのが楽しい

非日常になっています。

遠山啓先生の「わかるさんすう」シリーズがテキスト。考える力と概念の形成に力を入れ、イラストもモノクロ昭和な感じで楽しくて。数学教師でもある特別支援学校教員の夫(じいじ)の一押し。