意識を高めなくてはならないのはどっち?(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

都は5年ごとに障害者の生活実態調査を行なっている。

対象は

身体、知的、精神障害者そして難病患者。

2018年に行った統計結果は

東京都福祉保健局ホームページ

平成30年度「障害者の生活実態」として

これから公開されるが、

その概要が11/6東京新聞朝刊に掲載されていた。

社会参加を妨げる理由は?

という問いに対し、

「周囲の理解不足」

という答えが

全体的に一番多くなっている。

ソフト面でのバリアフリー化が進んでいないことを表している。

身体障害者にとっては

道路や駅、電車や、バスなどの利用時に

一番困難を感じるという。

ハード面でのバリアフリー化も然り。

これらの回答はいずれも

前回の調査2013年より増えている。

今回調査の3年前、2016年に

障害者差別解消法が施行されたというのに、だ。

都の担当者は

「障害者が社会に出る機会が増え、

意識が高まっていることもあると思う」

と増えた理由を述べている。

ここで💢

チコちゃん、今こそ!出番!

障害者が社会参加することは当たり前のこと

意識を高めなくてはならないのは障害者ではなく

私たち不自由のない人間の方ではないか!

あたかも障害者は社会参加が少ないのが自然であるかのような

発言ではないか。

この発言を

さらりと記事に載せているところにまず違和感を覚える。

この担当者の発言にこそ、根元の問題があり

この発言こそ、心のバリアフリー化ができていないこと

の表れであると考える。

私が記者だったらそう書くだろう。

いずれにしても

当事者とはかけ離れたところで

都はバリアフリー化を行なっているということになる。

2020を意識して

ソフト、ハードの面でのバリアフリー化を推進していると聞くが

当事者意識のない人が何を進めても

お門違いの

やってます風のお飾りになってしまう。

それでよしとする風潮が許せない。

チコちゃん、補助犬拒否の現場こそ叱って!💢

~進まない補助犬への理解(最近の東京新聞夕刊)~

という記事を読んで、

チコちゃんみたいに頭から煙?湯気?

が吹き出しました。

💢 💢 💢 💢 💢

補助犬とは?・・・

🌀介助犬・・手や足が不自由な人をアシスト(全国で65頭)

🌀盲導犬・・目が不自由な人をアシスト(同928頭)

🌀聴導犬・・耳が不自由な人をアシスト(同68頭)(頭数今年3月実績)

紙面より。

さて怒り心頭の理由。

盲導犬を連れた人が

タクシーに乗車拒否された話は記憶にも新しい。

さらに紙面には

家族の通院に付き添うために

介助犬を伴い向かおうとしたところ

「犬は入れない」

と一蹴された人のこと・・・

父親の危篤の知らせを受け

病院に駆けつけたが

盲導犬を伴っての入室を断られた人のこと・・・

が書かれていたのです。

介助犬拒否の病院って何?

今こそ、ちこちゃんに叱ってほしい!

病院は病気や障がいのある人を支える場所ではないのか!

と。

ぼーっと生きてんじゃねーよ!

と言って笑いを誘っている場合ではないです。

余談ですが先日の「うどんのコシってなあに?」

知らなくても問題ないです、チコちゃん。

🍜 🍜 🍜 🍜 🍜

さて話を戻します。

日本盲導犬協会の調査によると

昨年1年間で

回答者の6割が

公共施設や交通機関での

盲導犬の受け入れを拒否されていたといいます。

いっぽう

日本補助犬情報センター実施アンケート(2018/11実施)

によれば

飲食店、宿泊施設、医療・福祉業の従事者のうち、

回答者の8割近くが

補助犬を伴った人への対応について

「知らない」

と答えたと言います。

💢 💢 💢 💢 💢 💢 💢

いまさら

障害者差別解消法や合理的配慮を

持ち出すのも虚しくなります。

手厳しいかもしれませんが

共生社会が実現できないモラルの欠陥を補うために

法律が作られたようなもの。

あくまでも個人的見解ですが。

さらに

この法律をわかりやすくするために

国の機関、地方自治体、民間事業者に、

障害を理由とした差別を禁止し、

介助犬や盲導犬の同伴などを含む

合理的配慮を義務付けるという具体策を付けているのです。

にも関わらずです。

直接人と接する現場で8割近くの人が

合理的配慮について意識が低いことを知り

ショックを受けました。

💢 💢 💢 💢 💢 💢 💢 💢 💢

いかに

世の中で起こっていることが

そして目の前のぐるりさえも

見えていない人が多いのかと愕然とします。

\\\٩(๑`^´๑)۶////

人権教育というのは

一朝一夕で叶うものではありません。

遠回りのようで

一番の近道は

小さい子どもの時期から

いろんな人が一緒に遊び

一緒に学べる

共生の環境をいち早く作ること。

個人のレベルで意識づけしていくことではないでしょうか。

法律を作っても効果がないのですから。

チコちゃん、

こういう問題こそテーマにして

ぼーっと生きてる人たちに喝を入れて欲しいな。

〜合理的配慮〜

「インクルージブ教育」が

全ての子どもにとって大切であると常々感じており

度々綴っています。

インクルージョンを実現させるためには

「合理的配慮」が欠かせません。

平成28年4月に

障害者差別解消法」が施行されました。

内閣府のリーフレットによると、

「この法律は、障害のある人もない人も、

互いにその人らしさを認め合いながら、

共に生きる社会をつくる事を目指しています」

とあります。

正式な定義は

「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」

で、その内容は

・障害を理由とする差別等の権利侵害行為の禁止

・社会的障壁の除去を怠ることによる権利侵害の防止

このうち、

社会的障壁の除去を実施するために必要なのが

「合理的配慮」です。

8月13日投稿「インクルージブ教育

でも触れた

文部科学省による

共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築のための特別支援教育の推進(報告)概要」

の中にも「合理的配慮」

が謳われています。

「インクルージブ教育」とは、

「障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」で、

まさに先に述べた

障害者差別解消法

の理念そのものです。

この法律と合わせるように

インクルージブ教育の内容は、

1 障害のある者が「general education system」から排除されないこと

2 自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること

3 個人に必要な「合理的配慮」が提供されること

とあります。

1と2を実現させるためにも3の

「合理的配慮」が根底になければならないと考えます。

「合理的配慮」とは一般的に

個々の特性や場面に応じて発生する

障害・困難さを取り除くための、

一人ひとりに合わせた調整や変更のこと。

いわば、

「障害のある人と障害のない人が平等にいられるために作られた仕組み」

のことです。

インクルージョンを進めようとする時

欠かせないないのが「合理的配慮」

ということになります。

しかし

これらも含めて

これまで健常者(この表現は毎度しっくりこないが敢えて)

が障害者の施策を決めていたと考えると

改めて

船後氏と木村氏の当選によって

改革への実行性とスピードが

当事者の力によるものだということを

実感ました。

そう、

当事者でなければ当事者のことはわからない。

これから様々なシステムが変わり

強制的と言っていいほど

バリアフリーが進んでいく予感です。

強制的に!

誰がなんと言おうと!

*****

身近で実現した

合理的配慮を思い浮かべてみます。

院内学級にいた時に受け持った生徒の一人は

心臓の機能が弱くて

階段を登って教室に行くことが困難でした。

家族の訴えにより

通っていた学校に

エレベータが設置されたと聞きました。

時はまだ

障害者差別解消法ができる前のことです。

法律という味方もない中

貫き通した訴えが現場を変えた!

当事者にしかわからない

当事者だからこその説得力がある

本気の改革がありました。

*****

困りごとはどこにでも転がっている

そんな視点で周囲を見渡せば

途轍もない不条理と

人知れず闘っている人たちがいます。

健常者(?)が当事者意識を持ち

他人事とせず

困難とともに生きる人から学ぼうという

姿勢や土壌ができたらいいな、と思います。

草の根の訴えが

社会を変えていけるような。

インクルーシブ教育 2

前回に続きインクルーシブ教育について書きます。

理念先走りで定着できずにいる

日本のインクルージョンの実態を知りたい

と思ったのです。

それほど、ふつうに暮らしていると

見えてこないことって多いんだな、と感じます。

改めて当事者の視点が

国を暮らしやすく豊かにすることに

合点がいき、

新参院議員 木村氏の提唱の重みを感じます。

*****

平成19年4月、

教員になって3年目でしたが

東京都では

特別支援学校の生徒と近隣の普通校の生徒が

交流する趣旨の「副籍制度」というのができました。

これはまさにインクルージョンへの布石だったと言えるかもしれません。

→2017/10/3投稿「副籍制度、機能してる?

東京都では副籍、埼玉県では支援籍、

また横浜市では副学籍と呼びますが

ここでは東京都について書きます。

〜〜〜〜〜〜〜

文科省サイトによると、

副籍制度の定義は、

「都立特別支援学校小・中学部在籍の児童生徒が、居住地域の小・中学校に副次的な籍をもち、直接交流(※1)や間接交流(※2)を通じて、居住地域とのつながりの維持・継続を図る制度」

※1:小・中学校の学校行事や地域行事等における交流、小・中学校の学習活動への参加等

※2:学校・学級便りの交換、作品・手紙の交換、地域情報の提供等

です。

その目的は、

✔︎障害のない子どもは、「心のバリアフリー」を育む。

✔︎障害のある子どもは、「社会で自立できる自信と力」を育む。特に特別支援学校に在籍する子どもは、地域との関係を深める。

と示されています。

特別支援学校(病弱)現職の頃、

その手続きに時間がかかること、

実際運用するのは双方の連携が煩雑でままならなかったこと

などを痛感した覚えがあります。

実施していても学校便りなどの交換など

「間接的な交流」があったくらいです。

地域学校での学習参加を行った小学生のケースがありましたが

継続には至りませんでした。

実態はどうなんだろうと、サイトを読み進めると

その実施率が載っていました。

  • 平成19年度 29.4%(小・中学部)
  • 平成20年度 39.9%(小・中学部)
  • 平成21年度 38.0%(小・中学部)

とても残念なことに

このサイトでは21年度までの統計しか見つかりませんでした。

→文部科学省ホームページ資料6

副籍、支援籍、副学籍について(東京都)

文科省ホームページ「副籍制度」

を見ても情報がアップデートされていない、

または情報がないのかな、という印象。

「交流事例&アイデア集」が載っているけれど、

これも平成27年度までに発行されたのが

紹介されているくらい。

副籍制度とは・・

というフライヤーのようなものを見つけましたが

発行元不明のPDF

限定された地域での調査結果や

個人のブログなどで制度への疑問を投げかけているものは

たくさんありました・・。

制度の形骸化を垣間見た気がします。

*****

1994年(平成6年)にサマランカで開かれた

「特別なニーズ教育に関する世界会議」で

障害の有無に関わらず、ともに学ぶ仕組み

「インクルージブ教育」

が打ち出され(サマランカ宣言)ました。

さらに

2006年(平成18年)には

国際連合において

「障害のある人たちの権利に関する条約」が提唱されました。

2007年度(19年度)実施の「副籍制度」は

これを受けてのものだというのは明らかです。

インクルージブへの繋ぎ、という印象です。

この制度の定着が見られないなか、

2010年(平成22年)に文科省により

「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」

が開かれ、インクルージブ教育理念の方向性が示されました。

そして

2012年(平成24年)には文科省の中央教育審議会で

「共生社会の形成に向けたインクルージブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」 

→前回投稿「インクルージブ教育」参照

が提唱されるに至りました。

この中で

💫環境整備

💫合理的配慮

💫学校間連携

というキーワードが光ります。

やっとインクルージョンの夜明けか!というタイミング。

さらに

2016年(平成28年)の

「障害者差別解消法・障害者差別禁止法」施行をみます。

キーワードに見られる理念の反面

停滞している理由は

巷の人権意識の壁でしょうか。

木村氏がリーダーとなり、改革していってほしい。

そして

意識改革には長い時間がかかるかもしれませんが

諦めずに

地道に個人レベルでも話題にしていく必要性を感じます。

〜多様性とインクルージブ〜

インクルージブとは?

・・・inclusive「包括的な」「包み込む」・・・

そして国が掲げる「インクルーシブ教育システム」は、

「障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み 」

~文部科学省 初等中等教育局 特別支援教育課 発行(2015/6月)「インクルーシブ教育システム構築事業」より~

と定義されています。

根拠は、

障害のある子供への教育的支援の必要性として、

✔︎全ての国民に、その能力に応じた教育を受ける機会が与えられなければならない。 【日本国憲法、教育基本法】 

✔︎特に、障害のある子供には、自立や社会参加に 向け、一人一人の障害の状態や教育的ニーズに 応じた指導や支援(特別支援教育)が必要。 【教育基本法、学校教育法】 

結果、

現在の重要課題「共生社会の実現との関係」の中で、

「障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み 」

が必要になっということだそうで、

これが「インクルーシブ教育システム」by 文科省。

しかし、そもそものところ、多様性をおおらかに認めあう社会の雰囲気が欠如しているところで、このインクルージブという概念が成立するのだろうかと首をかしげてします。

子どもたち一人ひとりが多様であることが大前提であり、

さらに誰もがその多様性が当たり前だという認識を持っていることが基本。

それがなければ絵に描いた餅に終わるように感じます。

障害の有無にかかわりなく、一人一人の困難が考慮され、地域の通常学級で学べることを目指す教育理念と実践プロセスのこと、のようですが、

実際のところを見てみたい衝動に駆られます。

平成28年4月1日「障害者差別解消法」が施行されました。

さらに東京都では、

東京オリンピック2020を見据え、社会全体で障害者への理解を深め、差別を無くす取組を一層推進するため、

「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」が先日10月1日に、施行されたことで、さらに教育現場における合理的配慮が実行され浸透していくことを期待します。

10/3投稿「学校に多様性はあるか」で引用した東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍氏の言葉、 

「多様性と言いながら、学校の方針そのものが、人間の個性を無視している」

「特別支援学校だって小さな集団指導に過ぎず、結局一斉」

「無理やり一つの箱に入れて効率化」

は、インクルージブがあるべき姿から外れてしまった結果、ある意味弊害ではないかと思います。

・・不登校の子はまさにインクルージブ教育から逃げ出した子・・

という同氏の分析に深く頷いてしまいます。

そんな子たちは物事をちゃんと深く考え、本質に気付く賢い子たちなんだろうなあと。

思考停止、前例踏襲に喝を入れ、本当に幸せになるための生き方を身を以て示していく輝くべき子どもたちだと私は思っています。

多様性とインクルージブ、共存するためには人々の人権意識がそもそもの課題でしょう。