医療でない立場で病棟に存在しうるためには

医療現場とは、

敷板が高く、最も遠い場所かもしれない。

長期入院を強いられる子どもたちのいる

小児病棟に至ればなおのこと。

私たち、入院中の子どもたちと関わるNPOは、

医療者ではない立場で病棟に存在するわけですが、

だからこその意義があることを前回書きました。

その一方で、

医療行為や科学と全く関係ない、対極にあるような立場にとって、

病棟に身を置く上での課題は満載。

そして緊張感はつきものです。

すでに活動に参加してくださった方にしてみれば、

ええっ、とてもリラックスして楽しそうだけど。

と思われるかもしれません。

まず、小児病棟への面会が許されるのは、両親だけです。

一般的に中学生以下の兄弟も病棟の外で待たなくてはならない。

(→2018/6/20投稿~兄弟の気持ち~)

それは小さな子どもであるほど、感染症を持ち込む危険性が高いからです。

恐ろしい院内感染を未然に防ぐことは医療現場において最大の注意点の1つです。

そこへ医療と無関係な、どこの馬の骨ともわからない人たちを入れるということ自体、

病院にとってはとてもハイリスクなことです。

勇気ある決断と言っていいかもしれません。

もちろん、感染予防のための準備(抗体検査&抗体不足の感染症はワクチン接種、年に1度の健康診断)

は全員が行なっています。

しかし、物理的な基準は満たしたとしても、

果たして、この人たちは闘病中の子どもたちや

障がいと闘っている子どもたちに

無神経な言葉がけや対応をしないだろうか、

デリケートな状態にある子どもにふさわしくないもの、

時に危険を伴うものを持ち込みはしないだろうか。

あるいは、子どもたちのプライバシーに首を突っ込んだりしないだろうか。

という不安は、間違いの許されない現場にとって当然あるでしょう。

最初の頃、遠慮がちなどこか卑屈な気持ちになってしまっていたのは

そんな現場の危惧が痛いほど伝わってきたからです。

所狭しと置かれた医療機器の隙間に入って活動をすることもあります。

そんな状況の中、医療の妨げにならないようにと、

小さくなっていた。

自分自身がやろうと決めたことに、

共感してくれる仲間が少しずつ増えてきたというのに。

必要だと確信していた自分がこんなに小さくなっていては

せっかく思いを共にしてくれるアーティストたちを戸惑わせてしまう。

何より、現場の子どもたちをがっかりさせてしまうだろう。

そんな当初の葛藤に終止符を打つことができたのは、

病院と信頼関係ができ始めた頃。

活動が始まったのを機に、

🌀今まで泣いてばかりいた子が笑っている・・・。

🌀締め切ったカーテンの中に閉じこもり誰とも口をきかなかった子が、カーテン全開で隣の子とおしゃべりしている・・・。

🌀プレイルームに遊びに出ることすら気乗りしなかった子が頻繁に部屋から出てくる・・・。

🌀笑わなかった子が楽しそうに歌っている・・・。

そんな様子を見た現場のスタッフたちが、

私たちを歓迎し、期待をかけてくれるのを感じるようになりました。

さらに、

🌀お父さんも子どもと一緒にはしゃいでいる・・・。

🌀お母さんが感動の涙を流している・・・。

🌀子どもの笑顔を喜ぶ家族・・。

🌀家族の笑顔にホッとする子ども・・。

その様子は、医療者にとっては

こんな時間が必要だったんだ!

と気づく瞬間であるとともに、

治療に専念できる安心感に繋がっていると確信します。

子どもたちを楽しませたい一心でやって来る、

というシンプルな真心が伝わった実感が持てました。

全ては子どもたちが、態度で、表情で、証明してくれています。

まずは子どもたちに感謝。そして、

リスクを覚悟で子どもたちのために私たちを迎え入れてくれる病院に

感謝しなければなりません。

いつも変わらない

医療でない立場で病棟に存在する上での使命・・・

●子どもたちが、アート活動があるからこそ治療を頑張れる、困難に立ち向かえるのだということを身を以て示してくれるような価値ある活動でなければならない

●緊張の連続を強いられる医療者に対しても癒しや楽しみを提供できる存在でなければならない

●医療の妨げにならないような立ち位置で最高のパーフォマンスをするよう努めなければならない

●子どもが主体的に表現しようとする活動でなければ、私たちの存在は意味を持たない

折に触れ、

「芸術活動を病院や施設の子どもに届ける活動」

を愛する仲間たちと共有したいと思います。

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〜なぜアートなのか〜

「医療現場にアートを持っていくことでどんな効果があるのか」

これは団体趣旨の核心となる問いです。

まず、生活の中で心を豊かにするものといえば、

自然とアート

と考えます。

人間の手によって作られたものがアートであり、その反対が自然。

この対極にあるものが満足や精神の安定をもたらしてくれるというのは、

面白い現象だな、とふと思います。

さてそのうち、

団体のテーマであるアートについて考えます。
私の考えるアートとは・・

「アートの豊かさや多様性は、日常の中に反映させることができるもの」

「気分が落ち込んでいる時、体調がすぐれない時に無意識と言っていいほど自然に求めるもの」

「アートの価値は心のままに表現すること。だからアートに取り組んでいるとき、精神は自由でいられる」

こう考えるとどんな環境にいてもアートの多様性を持ってすれば日常を豊かにできる。

だからとても自由で開放的で個別的な価値を持ちます。

病棟やベッド上という極めて限られた空間にいても、一旦アートに向き合えば心は自由でいられるのです。

病院での生活は、与えられるもので過ごしたり、治療を待ったりと受け身になることがほとんど。

毎日が成長過程にある子どもにとって、

感性を呼び覚ますような情操活動は不可欠です。

もちろん、病気を治すために入院、治療します。医療は最優先であることには変わりありません。

しかし、それだけでは痛みや辛さ、閉塞感などに心が折れてしまいます。

白衣、電子音、冷たい機器に囲まれ楽しむことを諦めてしまいます。

子どもを救い、守るための現場が、子どもの心にかえって傷を負わせてしまっては本末転倒です。

見るだけ、聞くだけではこれも受け身となります。

ですから入院中には特に

アートが主体的な創造活動でなければなりません。

やりたい!

と思うような質の高いプログラムを、

専門家がファシリテートします。

その結果、

高揚感 

感動

自発的な行動

をもたらし、

生きる力、生きる喜びにつながります。

クリエイティブな活動が心も脳も活性化させ、愉快な気分になり、

できた!

という達成感や自信につながります。

この自信があったからこそ闘病を乗り越えた経験が

入院生活を前向きに捉え、

生涯の生きる力に結びつきます。

もう一つの自発的アート効果は、

活発なコミュニケーションを生むこと。

閉鎖空間においてのインクルーシブな社会づくりや、

ダイナミズムや感動をきっかけに、共感が生まれ

孤独感や疎外感を吹き飛ばします。

新しい仲間意識も生まれるかもしれません。

入院中は気分も落ち込んで人に会いたくない、と内向してしまうことが多いものです。

そんな時、

「スマイリングホスピタルジャパン

 アーティストと遊ぼう!

ごご2時から プレイルームにて」

そんなポスターを見てたまたま集まった子どもたちは、

一緒に歌ったり、楽器を奏でて1つの音楽を完成させたり、

ものづくりでは自分の世界に没頭し、作品が完成すれば周りの子たちの作品が気になり

互いに見せ合ったりアイデアを参考し合ったり・・。

大道芸で笑いを共有し、飛び入り参加して人気者になったり・・。

一緒に活動し交流するうち、同じ病室であることに初めて気づき、

それからはそれまで締め切っていたカーテンを全開にして

入院中のさまざまな思い、

好きなこと、

元いた学校のこと・・など、

対話が生まれ、

生き生きとした人間関係が生まれます。

活動を通したコミュニケーションによって、

入院生活の質向上や心の安定をもたらすこと。

この意味に置いても、

SHJならではの大きな価値を見出すことができます。

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