〜幼児教育に望むこと〜

幼児期から文字や数字の概念を

自然事象の中で

また

感覚教具などを使って

身につけることは

大事なことだ。

幼稚園や小学校受験のための予備校!から

英語プリスクールに至るまで

就学前の早期教育はずいぶんと

定着した。

体験的な活動を通した

自然との触れ合い

コミュニケーションの養成

など全人教育を目指すところも

少なくない。

ここに加えてほしい分野?がある。

障害理解教育。

ある調査によれば

幼稚園や保育園で

障害理解教育をしていないところは65%にのぼる。

その理由は

✔︎やり方がわからない

✔︎人手が、足りない

✔︎必要がない

✔︎時間がない

大きく改善してほしいと

切に願う。

では

障害理解教育を、少なくとも

幼児教室と呼ばれる施設で

積極的に取り入れてはどうか。

数字や文字を習得する前に

自分が生きているこの世界は広いこと、

ぼく、わたしはそのほんのひとつぶに過ぎないこと、

でも一人ひとりがかけがえのない存在として

世の中はできていることを

知ってほしい。

そんな共生社会の成り立ちを

肌で感じられる機会をたくさん作ってほしい。

スポンジのように素直に吸収する

純粋な時期に

目の前のことに駆り立て

自分の能力!を高めること

ひいては幼い頃から

競争意識を持たせるような教育はいらない。

   みんな違ってみんないい

という金子みすずさんの

あまりにも有名な詩が浮かぶ

人は一人ひとり違う。

生きていればどんな人だって

いろんな困難に出会う。

まず自分でやってみてそれでも解決しないときに

助けを求めるちからをつけることで

ひとと協力し合うことの素晴らしさを学ぶ。

いろんな状態の人と一緒に生活することが

当たり前と考える。

ここが大前提にあれば

他人の痛みに気づき

何ができるか一緒に考え、

人が困っているときは自然に

手を差し伸べる人に成長するのではないか。

障害とは?

障害者とは?

などという教育はいらない。

誰にでも困難はあって

困難にもいろいろあって・。

その中に

例えば

車椅子で生活する人

目が見えない人

自分で思うように身体を動かせない人

思うことがうまく表現できない人

がいることを

肌で感じるような時間をたっぷりとる。

人形遊びを通して

絵本の読み聞かせを通して

という方法が一般的だが、

障害者はできない人

お世話が必要な存在

と思わせることで

自分が優位に立ち

分断した立場という認識を

持たせる危険かあるように思えてならない。

自分にもできないことがたくさんある

お世話してもらいながら生きている

とにかく

お互いに助け合おうよ

という心根が育つような

幼児教育を望みます。

もちろん、

幼児教室だけではなく

幼稚園や保育園で

そして家庭で。