物事の本質はいつも子どもから学ぶ👦

”いつでも、どこでも

子どもたちは正直で

物怖じせずに貴重な知識を授けてくれた”

「国をつくるという仕事」

西水美恵子氏著 英治出版 より

出版10周年記念イベントでお会いしてから

西水さんの人生観や物事の捉え方に

深い頷きと共感

インスピレーションをいただいた

衝撃の夜!から3週間が経とうとしています。

→11/18投稿「国をつくるという仕事」著者 西水美恵子さんと語り合う会

→11/20投稿「「国をつくるという仕事」著者 西水美恵子さんの想いに触れて

元世界銀行副総裁という肩書きを見ただけで

”物怖じ”してしまった私。

それもそのはず

私が米国の銀行(現チェース・モルガン銀行)

に入行し

Treasury Back Officeで

主に外為事務をちまちまと行なっていた時に

西水さんは世銀に入行して

途上国の貧困対策のために

世界中を飛び回っていたのだから。

さて、冒頭のくだりは

西水さんが

トルコやバングラディッシュ、スリランカに出張中に感じたこと。

早朝の子どもたちの登校に頻繁に参加し、

時にはなかなか先生が来ないクラスで

臨時英語授業をすることもあったと。

地域を知る、また

子どもたちとの雑談の中から

その国の教育事情

政治の歪み

女子教育に対する軽視・・・

様々な課題をキャッチしたそうだ。

途上国内の格差是正へのヒントを得る事に大いに役立った

ということが書かれている。

こんなところに西水さんの現場主義が如実に表れているなあと感じる。

📕 📗 📘

子どもは本当に屈託無く

正直に心の中を伝えてくれる。

もっとも、小学校高学年にもなると

テレが邪魔をしてそうもいかないところもある。

”子どもは正直で物怖じせずに意見を言う”

西水さんが現地にいた40数年近く前の日本でも

同じように子どもは伸び伸びしていたような気がする。

なんだか自由で泥臭くて

太陽の香りがするような

そんな存在だった。

さて今。

子ども特有の素直さや正直さ、怖いものなさが

失われつつある、というより子どもたちもまでが

大人たちにそんたくする事で

貴重な意見を心の中にしまってはいないか、

と気になる時がある。

そうしているうちに

言葉にすることの大切さや重みを感じるチャンスを失い

ものを言うことへの

気恥ずかしさや

責任が先に立って

ものを言う機会そのものや

自分を表現する場を逸し

その力が失われていくような怖さを感じる。

ものを言うことへの圧迫感が

低年齢化しているとしたら

それは

「国をつくる」

と正反対の作用となりそうで怖くなる。

もしかしたら

西水さんは

途上国で伸びやかに話す子どもたちを見て

この国は大丈夫。よくなれる。

と確信したのかもしれない。

📕 📗 📘

ここで話は少々飛ぶが、

少し前に紹介した

「教えない授業」氏著 英治出版

で綴られている

対話型授業。

→9/13投稿「教えない授業」

対話を通して子どもの発話を促し

思考停止を食い止め

話すこと伝え合うことで

自ら学び課題意識を持ち

発信し合う。

知識偏重ではなく

考える隙間の時間を大切にする

という基本理念は、教育現場でなくてはならない本質的なものと感じる。

子どもに自由に話せる時間を!

意見を言い合うことの喜びを!

なぜって、

本当に大切なこと

本当に本当のことは子どもが教えてくれるから。

そして

物事の草の根は全て子どもにあるのだから。

「国をつくるという仕事」著者西水美恵子さんの想いに触れて📗

前回、英治出版イベントにて

世界銀行副総裁として途上国のために現場主義を貫き

貧困削減や開発支援を目ざし

本質を見抜き人々を救うために必要と思ったことに向き合い

権威に立ち向かった西水美恵子さんの生き方に触れ

大きく心を動かされたこと

勇気をたくさんいただいたことを綴りました。

そして

西水さんの

「いつの時代も変革は行政でなく草の根から起こる。

ほんの一か所を輝かせることで道はおのずと拓ける」

という言葉に

自分が信念を持って

しかし地味に地道に取り組むそのありように

太鼓判を押してもらったような

大きな励みをいただいたことを綴りました。

📘 📙 📗

そんな西水さんの著書

「国をつくるという仕事」を読む時間は

こんな風に生きられたら、

という思いの連続です。

そんななか

まず

「はじめに」

に書かれていることが

しょっぱなから自分の体験に重なり

胸が高鳴りました。

西水さんがアメリカの大学で教鞭を取っていた頃

その年の夏から始まる1年間の研究休暇を

世界銀行の研究員として過ごさないか

と誘いを受け

カイロで現場を体験した時のこと。

路地で看護に疲れていた母親から抱きとった幼女が

極悪な衛生環境のため下痢を起こし脱水症状が進み

医療が間に合わず

そのまま息を引き取った・・・。

西水さんは

カイロという大都会を重ねました。

最先端をいく技術と優秀な才能と

膨大な富が溢れる都会。

しかし西水さんの腕の中には命尽きた幼女がいる・・・。

悪統治に”脊髄に火がついたような”怒りを感じ

そのまま世銀に残る決意をしたそうです。

幼女の死を無駄にしたくないと。

その後世銀での仕事は

このナディアという幼女が尺度になった

と書かれていました。

何をしてもナディアに問うのが習慣になったと。

「生きていたら喜んでくれるかしら。

あなたを幸せにできるかしら・・・」

📘 📙 📗

現在執筆中の原稿に、

院内学級で初めて担任した少年に

何もできないまま

悲し別れが訪れ

自分の無力さに腹が立った。

その後

病と闘う生徒たちのためにすべきこと

闘病中に楽しい時間を作るにはどんなことがしたいか

「キミだったら」

といつも少年に問い、

彼はいつも耳元で囁いて教えてくれた

というくだりがあります。

もちろん、最先端の医療現場ですから

すべき医療はすべて行い

医師たちは可能な限りの努力をしたけれど

残念ながら治療の甲斐がなかったのです。

私の怒りは自分に向けて、

そして幼い子どもが重い病気に罹り

命を失うという不条理に向けたものでした。

その後、私も西水さんがナディアにそうしたように

少年に

「キミなら何がしたい?」

と自然に問う日々でした。

まさに少年との出会いと

関わった数週間が

その後入院する子どもたちとの生活の指針になったのです。

教員になってわずか1ヶ月後にもたらされたショックは

今後この現場で

少年からもらった課題に向き合っていくのだという使命に変わり

熟成され

結果が今の活動に繋がっています。

西水さんとの対話の中で得た勇気が

著書を読み進めるほどに

りんりんとその熱量を増しています。

「国をつくるという仕事」英治出版