〜夏休み、給食も一休み〜

子どもたちが待ちに待った夏休みに突入、親としては裏腹に、さて長い休みを子どもとどう過ごそうかと非日常の忙しさに追われる家庭も多いのではないでしょうか。毎年変わらないこの時期の家庭の風景ですが、ここ数年別の現象が固定化の兆し。こちらは深刻です。「学校が休みに入る=栄養不足の子どもの増加」という、給食がなくなるために起こる図式です。子どもの7人に1人が貧困、という実態をこのまま放っておけない、と個人や民間の団体が運営する子ども食堂が増えていて、本当に頭が下がる思いです。給食が一休みとなった今、私も立ち止まって学校給食のことを考えてみました。

主食、おかず、牛乳のすべてを提供する方法を完全給食と言いますが、文部科学省の2015年度の調査では、全国の公立中学校での実施率は88.8%で、公立小学校の99.6%に比べて低いことがわかります。

実施していない理由は、財政的余裕がない、弁当が定着している、などだそうです。持参の弁当か、民間業者などが配送する給食かを選ぶ「選択制」を採用する市もあり、その中で給食を選ぶ生徒の割合は、堺(約7%)、和歌山(約20%)、盛岡(約31%)。選択率が低いのは、費用の前払いや予約の手間、「周囲が弁当なのに給食を選びにくい」といったことなどだそうです。

学校給食法は、義務教育では「給食が実施されるように努めなければならない」と定めています。中学校の給食費は月額全国平均4900円前後。生活保護世帯には保護費の教育扶助として支給されますが、就学援助の対象にしていない自治体もあり生活保護に準じる困窮世帯に対しては支えになっていない現状があります。ただ、低所得の子だけ支援すると差別を生み出すかもしれません。行政は全員を対象とした完全給食、給食無償化を目指すべきです。子どもの成長を支えるという国の務めとして当然のことだと思うのです。

家庭環境による栄養格差を縮めるセーフティネットの観点から、そして、栄養を補うことに加え、同じメニューをみんなで楽しく食べるという食育の役割も持っています。食べる、という子どもたちが大好きな、そして生きるための基本的活動の中に、差別や引け目など心の格差があってはなりません。心豊かに、生きることを楽しむ大人に成長するための基本が、みんなで楽しく食べる、という行為に凝縮されているように思います。