〜久米島離島留学制度〜

 

沖縄県久米島町が島ぐるみで行っている「久米島高校魅力化」事業。高校3年間を久米島高校で過ごしながら、将来の夢を見つけ、その実現に向かって挑戦したい生徒を全国から募集しています。町営の教育寮や営塾もあり、生活面でのサポートや補習と受験指導も充実しています。

我が息子も今年4月に入学、都会を離れ多様な価値観の中で将来の進路を模索中。大自然に抱かれ、その雄大さとたくさんの人に支えられていることを体感することで、自ずと自分と向き合う余裕が持てているようです。尊敬する母校中学バスケ部顧問の先生との遠隔相談も忘れず、いろんな人からアドバイスを受けながらいかに自分を高め、将来どう社会に貢献していくのかを考えながら勉学中。悩み多き青春を送っています。ただただぼんやり毎日を生きていた自分の高校時代を思い浮かべると、我が子ながら意識の高さを感じ、誇りに思います。

留学生を支えているのは、行政、学校、寮に加え現地での親代わりとなる身元引受人です。保護者会や学校行事に保護者として参加、週末には家族として一緒に過ごしたり、本人が参考にできそうな地元の情報を提供してくれたりします。初めての土地でも全く不安がないようにサポートしてくれています。島をあげて子どもの育成、教育に熱心に取り組む久米島の温かさを感じます。沖縄の精神、「ゆいまーる」がここにも!ゆいまーるの「ゆい(結い)」は協働のこと、「まーる」は順番に回っていくこと。一人で行うには多大な費用と労力を要する作業を、集落の住民総出で助け合い、協力し合う相互扶助の考え方です。この姿勢が生活のあらゆる場面で垣間見ることができ、沖縄の人々の懐の深さを尊敬します。

部活の帰り、毎日癒される夕日(息子がスマホで撮影)。明日もまた頑張ろう!と思うそうです。

来年度生徒募集のため、以下の日程で説明会を開催。

  • 7月22日 15:00~16:30 東京国際フォーラム ガラス棟会議室G402
  • 7月23日 13:00~14:30 TKPガーデンシティ仙台 カンファレンスルーム13C

問い合わせ先:

久米島町企画財政課 電話: 098-985-7122 メール: y-saito@town.kumejima.okinawa.jp

我が家は長女も長男も早くから親の元を離れました。次男、お前もか!と、ちょっと寂しい気もしましたが、あえて自ら大海原へ飛び込む決意をした息子にエールを送る毎日です。子どもの精神的な早期自立は親子いずれの立場にとっても心地よいもの。そばにいたら親は要らないことまで口を挟み、子どもはうるせーな、となりますが、距離を置いて互いを支え合う、そんな関係が上の二人の立派に自立した姿(ここでも親バカ披露、すみません!)に結びつきました。次男もさらにスケール大きく、沖縄と日本の架け橋として将来活躍してくれるような気がしています。

琉球新報発行雑誌「うない」に掲載された久米島高校紹介の記事。息子がインタビューされた時のものです。この制度に興味のある方には参考になると思います。

SHJヒストリー1〜小さな勇士たちとの出会いを生んだ「やっぱり学校で英語を教えたい!」〜

SHJを始めた経緯について個人的なストーリーを綴ってみます。

英語教師になりたい!

子育てが落ち着いた頃、幼児や中高生を対象に家庭教師をしていました。いつの日か、学校で教えたいと思うようになり、教室で大好きな子どもたちに囲まれていたいという下こごろを胸に、大学に入り直し、教員免許取得を目指しました。レポートを書くなどは何年ぶりでしょうか。キラキラ輝く子どもたちの瞳を浮かべては、ウキウキ教科書を読んではペンを握る毎日でした。

挫折の日々・・

しかし、単位があと半分というところで大きな交通事故に遭遇。衝突の瞬間から意識を失い、気付いたのは救命センターで数日過ごしたあとでした。白衣の姿が忙しそうに動き回る中、家族が心配そうに私の名前を呼びながら覗き込んでいるのを見て事の重大さをぼんやりと察知しました。数日生死の境をさまよっていた私の姿はひと回りもふた回りも小さく見えたと聞きました。奇跡的に、そして医師の懸命の治療の甲斐があって回復。その後は数回にわたる手術を伴う長期入院と1年間のリハビリという生活を強いられました。肩の複雑骨折後、ペンを握ることもできなくなりレポート提出もままならず(17年前の当時はまだ手書きのレポートでした)、一度は退学を考えましたが、子どもたちとの学校生活への夢をどうしても諦めきれませんでした。

転んでも夢はあきらめず・・・

なんとか左手でレポートを作成し、ホッとしたのもつかの間。教育実習では、キラキラ輝くはずだった子どもたちの瞳が、40歳過ぎたオバさんがピチピチの大学生と一緒に実習する私への好奇?の目に差し替えられていて、自分の迂闊さを恨む羽目に。針のむしろ?いえいえ、やっぱりこどもは優しいもの。私を気遣ってあれこれ助けてくれたものです。事故の後遺症で右腕が上がらず板書もおぼつかないことを子どもたちは理解してくれ、見にくい文字に、文句一つ言いませんでした。

子どもってなんて素晴らしいんだろう!。教壇に立って教えるつもりが、最初から子ども達の方が私にとって教師となりました。

病院の子どもたちとの出会い

配属された学校は、難病や障がいで長期入院をしている子供達のための病院内学級。この時ほど「運命」を感じたことはありません。この数年間の苦しみを生徒たちに重ね、まるで同志に会いに行くような気持ちで迎えた初日。

しかし、目の前にいたのはただ痛い痛いと横になっていた自分とは正反対の、勇気を持って病気に立ち向かう小さな勇士たち。甘い甘い、あなたがこどもたちから学びなさい、そして自分の経験を生かすように、との使命を突きつけられた気持ちでした。

目の前の子どもたちの打たれ強さや他人に対する深い思いやり、不条理を受け入れる潔さ、そのすべてに魅了され引き込まれていきました。いかに生きるべきか試され、命の尊さを教えられ、彼らから学び続けたい、一緒にいたいと心から願うようになりました。

続く・・

マジシャンが病棟にhappyのプレゼント!

昨日はあいち小児保健医療総合センターで定期活動が始まりました。アーティストはSHJデビューのチャンプルマジシャン Kanさんこと宮城 貫さん。

お掃除パントマイムでショーが始まり、目の前で見るパントマイムにみんなビックリ。トランプの カードを引いたり、どんどん増えていくお星様を握ったり。子供達を巻き込むパーフォマンスは、みんなの笑顔と「スゴーーイ!」というワクワクの気持ちを引き出していたそう。病室では子供とゆっくり距離を縮め、お話をしながら興味を引いて、最後にはとても仲良くなっていったなど、丁寧な関わり方と、人懐っこい笑顔が素晴らしかったとアシスタントがレポートしてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

決して一方的に見せるのではなく、一緒に遊ぶというスタイル、部 屋に入る前に「入っていい?遊んでくれる?」の声がけに「入っていいよ」って言われてから個室に入る・・友達になる為のコミュニケーションとしての工夫です。

若くて可愛らしい宮城さんはママさんたちにも特別なハッピネスを届けられたようです。

活動をアシストした愛知地区コーディネータは、「私たちの活動は闘病中の子どもたちや保護者の方、そして、病院のスタッフにとって大変価値のあることをしているんだと実感しました」と改めてSHJの意義を再確認したとのこと。今日もSHJ始めて良かった、としみじみするスマイリングな一日です。

Happiness Helps Healing!

活動報告近日中にアップされます!

愛知地区活動報告 http://smilinghpj.org/aichi/

Kanさんプロフィール http://www.smilinghpj.org/artist/aichi.htm

Smiling Hospital Japan Official Website

スマホ育児〜子どもとお母さんが大切にされる社会へ〜

子どもへの悪影響が心配だけれど、機嫌がよくなったり自由な時間ができたりするので育児に多少の時間スマホを使う母親や父親は多いようです。3歳児の6割が利用しているというデータも見つけました。「スマホ育児」という言葉で語られるほど、社会問題として批判されています。でもちょっと待って!

ある日の電車内での風景。

2〜3歳くらいの幼児がぐずって泣いたり暴れたりしている。そばにいた年配の女性がイライラした様子で睨みつけている。そこで母親はたまらずふとスマホを取り出し動画を見せると幼児はおとなしくなり、お母さんはホッとした様子。しかし追い打ちをかけるように女性がその一部始終にさらに批判の目を向けものすごい形相で今にも爆発しそう。

周囲に迷惑をかけないようにとの苦肉の策だというのに白い目で見られてしまう。ベビーカーで電車に乗ることもまだまだ市民権を得られていない印象だし、スマホ育児を批判するどころか、逆にお母さんたちの苦労を思う。

スマホがこれだけ生活に入り込んだ時代、子どもにはどう付き合わせたらいいのだろう。多くの母親は子どもにスマホを使わせることに後ろめたさを感じているといいます。年配の人たちにもそれをわかってもらいたいなあ。「スマホを子どもに使わせるのは絶対にダメ!」と年長者が若い親を追い詰めちゃダメ。当たり前に手元にあるスマホ。便利になりすぎた時代だからこそ、その文明の利器をどう使うか(健康への悪影響などを考慮し、自分なりのルールを作って守るとか)、周りの年長者も、そしてスマホ育児しちゃう親世代にも、新たな知恵が必要になったということ。

子どもは社会の宝のはず。育てる立場の親世代がもっと大切にされてもいいんじゃないかな。

子どもたちが騒げばテレビをつけておとなしくさせていた頃を思い出す。テレビがあって本当に助かった。スマホ〜を批判している人たちの中にもテレビのお世話になった覚えはあるはず。そしてテレビがなかった時代は・・と遡ってみると、外で暗くなるまで遊ばせても安心な地域のつながりがあった・・・。私の家にテレビが入ったのが3歳の頃。カラーテレビをいち早く購入したお隣へ、近所の子どもたちと押しかけた思い出はくすぐったい。そもそも、テレビよりも体を動かすのが大好きだった幼少期、暗くまで外にいた原風景に思いを馳せてしまうのは歳をとったせいかな。

母が元気だったら、「便利な時代になったわね。お母さんなんか、あんたがあまり遅くまで外にいるもんだから心配したものよ。泥んこをまずきれいにするの大変だった〜」なんて言われそうだ。

〜フィンランドの教育〜

東京新聞6/28日朝刊掲載の「フィンランドの教育」を読んで

チームで協力する姿勢を学んだり、失敗を決して恥ずかしいことと捉えずにそこから学んだり、何度でもやり直したりできる。全国統一テストもなく、あえて落ちこぼれを作るような無駄な競争はない。日本の教育とは随分違う、というのが強い印象。自分の好きなことを見つけて伸ばしたり、コミュニケーションの力をつける機会がふんだんにありそうだ。

学校の自由度の高さは、教師が社会的な信頼を得ているからだそう。国が地域や学校を信頼し、学校が教師を信頼して任せる体制があり、国が定めるコアカリキュラムの中で教師は自由にカリキュラムや授業をデザインできる。生徒も比較的自由に個人の学習計画を立てられる・・。なんだか、自分と向き合う時間が十分に確保されていそうです。子どもの幸福度2位というのもうなずけます。おっと、幸福度も競争じゃないよ!と言われてしまいそうです。就学前から高等学校まで教育は無償。教科書はもちろん、鉛筆やノートに至るまで全て支給される。教育が、子どもがなんと大切にされる社会だろう。しぜん、日本の子どもの貧困問題へと思いを馳せる。

さらに、教師の労働環境。午前8時に出勤、午後2時に授業が終わるので普通は3〜5時には帰るのが標準で、長時間労働とは無縁だ。そして1クラスの子どもの数も日本の平均31人に比べ平均18人と少ない。その上、生徒指導ではカウンセラーやソーシャルワーカーが関わるため、教師一人の責任や負担は日本よりぐっと軽くなっている。

何れにしても、福祉制度や生涯学習が充実したフィンランド、やる気になればいつでも伸びると信じ、それを実現できる風土がある。人権意識の高さや、互いを信頼し合う土壌、文化の高さを強く感じました。